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呼び声

 

(此処は何処だ?)


 魔剣ミストルテインの力を発動させたレイヴンの意識は不思議な空間に迷い込んでいた。

 これまでも様々な精神世界に足を踏み入れて来たが、此処はやけに現実味がある。


 見渡す限りの草原の中を当てもなく彷徨っていると小高い丘が見えて来た。

 丘の上には大きな木があり、その横には小さな家があった。


 ステラとルナの三人で暮らしていた家に似ている気がする。


(中に誰か居るのか?)


 明かりの灯る窓から中を覗いて見ると、テーブルの上には花瓶に生けてある白い花と一人分の食事が用意されていた。

 まだ湯気が立っている所を見ると家の主人は中にいる様だ。


(あの花……)


 特に何があるという訳でも無い質素な家。

 誰かが生活しているのは間違い無いのだが、此処が何処なのかも知りたい。


 レイヴンは何故か無性に興味を唆られた。

 こんな事をしている場合では無いのに、どうしてもこの家の主人に会ってみたいと思った。


「もしかして、レイヴン……?」


 背後から不意に声をかけられたレイヴンは、聞き覚えのあるその声に体を震わせた。


 今でもはっきり覚えている。


 忘れる筈が無い。

 忘れられる筈が無い。


 他人とどう接すれば良いのかも、感情の在り方も知らなかったレイヴンに心を教えてくれた人。

 生まれて初めて自分が無力な人間だと思い知ったあの後悔の日から、一日だって忘れた事は無い。


「エリス……」


 振り返るとあの日と何も変わらないエリスが立っていた。

 手には白い花と水を汲んで来た桶があった。


 どうしてこんな所にエリスがいるのだろう。

 これは幻に違い無い。


 そう思おうとした時だった。

 エリスの白い手がレイヴンの傷だらけの手に触れた。


 伝わって来る温かな体温は記憶に残っている優しいエリスの手に違い無い。


「久しぶりだね、レイヴン」


「あ、お、俺は……」


 上手く言葉が出て来ない。

 伝えたい事、話したい事が沢山ある。エリスが居なくなってからの事も、面白い仲間が出来た事も、もう二度とエリスの時の様な悲劇を起こさせない為に“魔物堕ちという現象そのもの” を消し去った事も。

 頭では幻だと分かっていても、伝わって来る体温がそれを否定する。


「相変わらずだね。あの頃より傷が増えてる……」


「……」


「此処は“死者の都” 死んだ人間の魂が集まって新しい命に生まれ変わる刻を待っている場所」


(死者の……なら、やはり……)


 エリスが指差した先には街の様な建物が見える。


 レイヴンは思い切って一つの提案をしてみる事にした。

 魔神喰いと呼ばれた魔剣は新たな意思を持つ魔剣ミストルテインへと生まれ変わった。死んだ人間を生き返らせる事が禁忌だとしても、願いの力を自在に操れる今なら可能だ。


「エ、エリス!い、今なら俺の力で……!」


 だが、レイヴンの口をエリスの細い指が塞いだ。


「それ以上は駄目。私はもう生まれ変わる事を受け入れているの」


「そんな……。だ、だが!そんな物は俺が!今の俺ならエリスを……リアーナだって喜ぶに決まって……」


 エリスの赤い目は真っ直ぐにレイヴンを見つめていた。

 怒っている訳でも、悲しんでいる訳でも無い。

 その目はいつだって優しくレイヴンを迎えてくれた。


「私はもうこれ以上レイヴンの後悔でいたくないの。最後のお別れくらいさせてよね」


「最後……?」


「ほら、レイヴンを呼ぶ声が聞こえるでしょう?」



 ーーー頑張ってクレア!もうちょっとだよ!


 ーーーやってるもん!


 ーーークレア!俺達の魔力も使え!引き篭りのレイヴンを引きずり出してやれ!!!


 ーーーレイヴン!戻って来てレイヴン!待ってるから!私も、ルナちゃんも!ミーシャお姉ちゃんも!皆んなレイヴンが帰って来るのを待ってるから!だがら、お願い!届いてっ!!!


 ーーー俺の名前は言ってくれないのかよ⁈


 ーーーちょっとランスロットさん!力が抜けちゃうから笑わせないで下さいよ!


 ーーーうっせえ!笑わせようとしたんじゃ無えよ!ほら!リアーナも来いよ!レイヴンの奴を叩き起こしてやれ!


 ーーーレイヴン……待ってるから!エリス姉さん、私に力を貸して!もしもレイヴンがそっちに行っちゃってたら追い返してよ!!!



 騒がしくて、賑やかで、心地良い。

 オルドとの出会いから始まった歩みを経て、多くの仲間が出来た。

 この出会いは何物にも替え難い宝だ。


「ふふふ、リアーナったら……。分かったでしょう?此処はレイヴンが来て良い場所じゃ無いわ。さ、皆んなの所へ帰って。皆んながレイヴンの帰りを待ってる」


(エリス……)


 そう言っていつもの様に微笑んだエリスは、レイヴンの手に白い花を渡してそっと口付けした。


「……さよなら、レイヴン。たまにで良いから私の事も思い出してね」


「……ああ、問題無い」


 忘れるものか。

 後悔では無い、大切な思い出としてエリスの魂は心の中で生き続ける。




 鮮明になって行く視界に映ったのは魔剣エターナルを手にしたクレアと、それを後ろから支える様にしているルナ達の姿だった。


(本当にありがとう……)


 レイヴンが胸に突き刺さったミストルテインを引き抜くと漆黒の鎧が砕け散った。


「「「「レイヴン!」」」


 クレア、ルナ、リアーナの三人がレイヴンの胸に飛び込んで来るなりわんわんと泣き出した。


「ありがとう。待たせて悪かった……もう大丈夫だ」


 三人の頭を撫でる手は人間の手に戻っていて、魔物堕ちから無事に生還した事を教えてくれた。


 自分とミストルテインの力だけでは決して戻って来る事は出来なかっただろう。

 皆がいてくれたおかげで再び人間として戻って来る事が出来た。


「馬鹿野郎が。待たせ過ぎなんだよ……。ていうか、何で花なんか持ってるんだ?」


「エリスがくれた。此処は俺の居て良い場所じゃないと追い返されたんだ。それに、お前達の声が聞こえた」


「……そっか」


「ああ」


 あの場所は常世を超えた魂が生まれ変わりを待つ場所だ。

 あの世界そのものが魂を惹きつけてしまう。

 皆の呼び声が無ければ、我儘を言ってでもエリスのいる死者の都に留まってしまっていたかもしれない。


「ようやく戻って来たか。クレア達のおかげだぞ?」


 埃まみれのリヴェリア達もレイヴンの元へやって来た。

 マクスヴェルトとステラを含めた五人組のパーティー。本来ある筈だった形に落ち着いた様で良かった。


「レイヴンはそこで休んでて。残りの魔物を片付けて来なきゃ」


「ま、朝までには何とかなるかな」


「どうかしらね。一度パラダイムへ戻って魔物が集まって来るのを待ってからの方が良いんじゃな?魔力の回復もしたいし」


「ミーシャの用意してくれていた回復薬も使い切ってしまったからな……」


 周囲には依然として魔剣から漏れ出した瘴気によって生まれた魔物が数え切れない程蠢いていた。

 これを殲滅するのは今のリヴェリア達には酷な話だ。


「ミストルテイン、行けるか?」


 ーーードクン。


『やれやれ。主殿はまだ私を働かせるつもりか?世界の変革はまだ完全では無いのだがな』


「それだけ喋れるなら問題無いな」


『……本当に我儘で困る。だが、良いのか?暫く起き上がれなくなるぞ?』


「構わない。とっとと片付けてしまおう」


 レイヴンは泣き続ける三人を抱きしめる様にして魔剣ミストルテインを発動させた。


 ーーードクンッ!!!


 世界を振動させる魔剣の鼓動は心地良く皆の体にも響いて来た。

 パラダイムの冒険者達も手を止めて鼓動のする方を見つめていた。


 赤い雷の様な魔力が夜空を赤く染め変えて行く。


「さあ、これで本当の終わりだ。お前が全てを喰らう魔剣なら!この手に届く全ての魔を討ち滅ぼせ!穿て!ミストルテイン!!!」



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