魔剣エターナル
ランスロット達はドワーフが戦場のど真ん中に即席で築き上げた簡易拠点を利用しながら、残った魔物の討伐を続けていた。
ドワーフ一人一人の戦闘能力はそれ程高くは無いのだが、彼等の装備が通常では考えられない程に強力な補助の役割をしている事もあって冒険者顔負けの戦果を上げている。
「ガハハハ!このくらい出来ないとレイヴンの手伝いなんて無理だからな!」
「おい!そっちの奴を片付けたら補給路の確保だ!戦線を東側へ移すぞ!」
「「「おおっ!!!」」」
拠点の確保から戦闘まで卒なくこなす様子は、さながら訓練された兵士の様に見事だ。
「頼りになる連中だぜ」
「残りは比較的弱い魔物が多い様だな」
「ですが、このままではジリ貧ですよ。小型の魔物に囲まれるのだけは避けたいですね」
大型の魔物であれば数を絞れもする。けれど、小型の魔物に数で来られては立ち所に身動きが取れなくなってしまう。ダンジョン内にある様な狭い通路に誘導出来ない以上、それだけは何としても防ぐ必要がある。
「城壁からの援護があってもひとたまりもないからな。うげえ、考えただけで寒気がするぜ」
「では、我々もレイヴンの所へ行くか?」
「「「……」」」
「すまん…場が和むと思ったのだが……」
レイヴンの所へ行きたいのは皆同じだ。足手纏いになると分かりきっている。ドワーフ達を残して行く様な真似をすれば、それこそ後でレイヴンに小言を言われるに違いない。
「慣れねぇ事すっから。俺達は俺達に出来る事を死ぬ気でやるだけさ。リアムを見習えよ。黙々と戦ってやがるぜ……って、あれ?リアムの奴何処行った?」
ーーー彼ならそこでノビてるよ。苦戦しているみたいだね。僕も手伝おう。
「お前は……」
何処からともなく現れた白い猫はランスロットの肩に上がって赤い目を光らせた。
すると、魔物達が同士討ちを始めたではないか。
互いに喰らい付いた魔物は見る間に数を減らしていく。
「これはもしや、北の?」
「どういう風の吹き回しだ?」
ーーーレイヴンに貰った命と体だ。このくらい容易い事だよ。それと、あまりジロジロ見られるのは好きじゃ無いんだ。悪魔が対価も無しに人間に力を貸すのがそんなに珍しいのかい?
白い猫の正体はカイトという名の悪魔だ。
「まさか、お前が来るとは思って無かったからよ。助かるぜ」
ーーー勘違いしないでくれ。僕はレイナの分までレイヴンに恩を返しに来ただけだ。
「さいで。んじゃ!とっとと終わらせようぜ!」
ーーーーーーーーーーーーーー
クレア達の方もどうにか戦闘を継続出来てはいたものの、レイヴンとの戦いはどちらも決定打を与えられ無いまま持久戦の様相を呈していた。
クレアはレイヴンの凶悪極まりない攻撃を尽く躱しているが、反対に攻めあぐねてもいた。
ただ一つ変化が現れたとすれば、レイヴンの動きが鈍くなって来ている事だ。
「やっぱり魔物の意思だけじゃ、大き過ぎる力を持て余してるみたい」
魔物堕ちの欠点を上げるなら、人間の意思が消えた状態ではいくら力が強くなっても技術を必要とする戦闘行為が出来なくなる事だ。
もっとも、レイヴンの場合は元から本能で戦うタイプなのであまり意味は無い。それでも多少は影響がある。
「だけどこのままじゃ、僕達の方が先にへばっちゃうよ。って!うわぁあああ!」
「油断しちゃ駄目だよ!」
本能だけで動き回るレイヴンの動きは変則的で予測し難い。
かと言って迂闊に距離を離せば格好の餌食だ。
「仕方ない、出し惜しみなんてしてる場合じゃないもんね。翡翠!空間魔法を使うから手伝って!」
『うむ。じゃが、少し待つが良い。もう一人頼もしい援軍が来てくれた』
「援軍?」
ルナはクレアに対して支援魔法をかけながら翡翠の視線の先を追った。
空中に浮かぶ丸くてモフモフな鳥が夜空に輝いている。
ミーシャは集中しているのか、翡翠に貰ったペンダントを握り締めて詠唱準備に入っている様だ。
「ミーシャちゃん⁈ ルナちゃんでも止められ無いのに無茶だよ!」
『そんな事は無い。あの娘に渡したペンダントの効果を忘れたか?』
「それってまさか……」
クレアとルナは顔を痙攣らせた瞬間にソレは起きた。
ーーー我が名はミーシャ!風の精霊よ、私の願いを叶え賜え!皆んなを守る為の力を貸して下さい!顕現せよ!四大精霊の一柱にして風の最上位精霊!そして、私の大親友!ツバメちゃん!
なんともミーシャらしい契約詠唱が終わると、吹き荒れる風がレイヴンの体を拘束して動きを封じてしまった。
どれだけ強く拳を打ち付けても、風は如何様にも姿を変化させてレイヴンの体を絡めとってしまう。
「ええ……何それ……翡翠より凄いんだけど」
「こ、これが、あのツバメちゃん⁇ 」
姿を現したのは夜空を覆い尽くしてしまいそうな巨大な羽を広げた美しい鳥だ。
その神々しさは筆舌に尽くし難く、まん丸モフモフだった頃の面影は無い。
漂う威厳と圧力はルナが召喚している精霊王翡翠の比では無い。これではどちらが精霊王なのか分からなくなる。
翡翠は二人のそんな思いを見抜いたのか、酷く憤慨した様子で頬を膨らませていた。
『失礼な。あのペンダントは一度だけ妾の力を使える精霊界の秘宝。言わば、ツバメちゃんが纏っているのは妾本来の力なのじゃから、凄いのは当然であろう!』
レイヴンの動きを完全に封じたミーシャとツバメちゃんは正に大金星。
早くも風の最上位精霊の力を遺憾無く発揮して使いこなしている。
「ルナちゃん、クレアちゃん!今の内に早く!動きを止めるだけで精一杯だってツバメちゃんが言ってますぅーーー!」
「く、くるっぽ……!」
「ええっ⁉︎ 声はそのままなの⁈ 」
最上位精霊の力を持ってしても、レイヴンを止める事だけに全ての力を注ぎ込まなければならないなんて……。今更驚きはしないが、これならレイヴンの攻撃を気にしなくても済む。
ルナとクレアは手を振って応えると再びレイヴンに集中した。
「……やるじゃん、ミーシャ。おかげでどうにかなりそう。ね、クレア?」
「うん!」
クレアは動けないレイヴンから距離をとって魔剣エターナルに意識を集中していった。
深く静かにエターナルの心とクレアの心を同調させていく。
慎重に、慎重に。
心を守る為に砕かれた魔剣はフローラ達の手によって再び蘇った。
レイヴンに追い付きたい一心で第四の魔剣として誕生したクレアの愛剣。レイヴンに貰った大切な剣だ。
(我儘でごめんね。私はもう大丈夫だから……。もう一度私に力を貸して欲しいの)
薄っすらと見える光のイメージは曖昧ではっきりとしない。
だが、確かにそこにエターナルの心がある。
ーーー魔剣エターナルの主、クレア。私の声が聞こえますか?
(え、この声……)
クレアの頭の中に響いて来たのは、意外な事にリヴェリアの愛剣レーヴァテインだった。
ーーー新たに生まれた第四の魔剣エターナルの意思はまだ弱く、貴女の力に応えるには少々心許ない。今は私が代わりに力を貸しましょう。
(だ、だけど……まさかリヴェリアさんが貴方を?)
ーーーいいえ。我が主はご存知ありません。しかし、主は貴女がレイヴンと出会った事をとても喜んでおられました。そして、こうも仰られていました。
『レイヴンを呼び戻すのはクレアの役目だ。世界に生まれた二つの特異点。その絆が我々の希望になる』
(レイヴンと私が?)
ーーー今は理解出来ないでしょうが、いずれ分かる日が来ます。さあ、意識を集中して下さい。
レーヴァテインが話し終えると頭の中に膨大な量の知識が流れ込んで来た。
おびただしい数の能力がクレアの中にイメージとして刻まれて行くのが分かる。
ーーー魔剣エターナルの本質は“永久” そして、特性は“模倣” です。貴女とエターナルが経験した事は永久に失われる事無く蓄積され、オリジナルに限りなく近い精度で再現可能になります。無論、これらの能力が今直ぐに全て使える訳ではありません。それはこれから先、貴女が魔剣エターナルとの対話の中で見出して下さい。最強の魔人に認められた貴女であればきっと出来ます。
(……レーヴァテインさん、ありがとうございます)
ーーーお気になさらず。私も貴女と我が主の対決を楽しみにしていますので。
(ふふふ……)
中央にいた約一年。リヴェリアとは幾度も剣を交えて来た。けれども、一度もリヴェリアの本気を引き出すには至らなかった。
今思えば、“早く此処まで来い” そう言われていた気がする。
クレアがイメージするのは、魔と神を喰らう特異な能力を持った魔剣。
世界に二つとない超常の力を再現するなんて無謀かもしれない。でも、不可能じゃ無い。ほんの僅かな可能性でも手を伸ばし続けて来たレイヴンの背中をずっと近くで見て来た。
「僕の魔力もクレアに託すよ」
ルナの手からレイヴンへの想いと一緒に魔力が流れて来た。
「ありがとうルナちゃん」
誰よりも強くて、誰よりも弱いレイヴンを追いかけて来た。
憧れた背中に追い付く刻は今。
今、それを証明する。
クレアは意識を浮上させて魔剣エターナルへと全魔力を注ぎ込んで叫んだ。
「貴方が永久の名を冠する魔剣なら!私の想いに応えて力を貸して!レイヴンを蝕む魔を喰らい尽くせッ!!!」
ーーードクン!
聞こえない筈の魔剣の鼓動が世界に響いた。