ツバメちゃんとルナの秘策
メテオレインの直撃を避けたミーシャはランスロット達の支援に回っていた。
回復薬の類は持てるだけ鞄に詰め込んである。
戦況を一気に覆したルナの魔法には驚いた。しかし、ミーシャは禁呪を使ってもこの程度なのかという感想を抱いていた。
「レイヴンさんがどれだけ凄いのか再確認しちゃった気分です……」
「く、くるっぽ……」
ミーシャはレイヴン達にくっついて旅をする中で色んな危険に巻き込まれて来た。どれもレイヴンがいなければ死んでいてもおかしくない事ばかりだ。
だからこそ思うのだ。レイヴンであれば、この未曾有の魔物の大群でさえも一撃で薙ぎ払ってしまうだろうと。
「最初はレイドランクの魔物一体に怯えていたのに、すっかり慣れちゃいましたよ……。でも、それだけレイヴンさんに守られていたって事ですよね……」
危険な目に遭いもしたが、冒険者の一団を雇っても命の保証は無いと言われる世界で旅を続けて来られたのは、本当にレイヴンのおかげだ。
いつものように“問題無い” と呟いて魔剣を発動させたレイヴンが、次の瞬間には無愛想な顔をして事もなげに立つ姿が目に浮かぶ様だ。
「でも、私はやっぱり皆んなと同じ景色が見たいです」
魔物混じり達にとっての憧れでもあるレイヴンに同行出来るのはミーシャにとって幸せな事だったし、皆んなはミーシャがいてくれて助かったと言ってくれる。けれど、ミーシャは不満だった。
肝心な時に役に立て無いのは嫌だと必死で薬学を学んだ甲斐あって、薬もカレンに認められるくらいには良い物が作れる様になった。それはミーシャにとって大きな前進であったし、自信になった。
戦う事がミーシャの本分では無い事くらい自分が一番よく分かっている。
これは我儘だ。
「レイヴンさんは諦めませんでした。私が憧れた人は本当に凄い人です。だから私も、せめて後一歩を踏み出す勇気を振り絞るんです。ツバメちゃん、私に力を貸してくれますか?」
秘めた想いが叶わなくても、少しでも近くに居たい。
ーーーミーシャ、その言葉を待っていましたよ。
ミーシャの頭の中に響く優しい声。
初めて聞く筈なのに懐かしい気がする。
精霊王翡翠に貰ったペンダントが強い光を放ち始めた。
「ツバメちゃん……」
胸の辺りに感じる温かさは、初めてツバメちゃんが目の前に現れた時と同じだ。
ーーーさあ、契約の呪文を唱えて下さい。私はいつでも貴女の側にいます。
ミーシャはペンダントを握り締めてツバメちゃんに出会えた事を感謝した。
「ランスロットさん!これを!」
「うわっ!とととと……!鞄?何だよ、お前の大事なもんだろ?」
ランスロットは突然放られた鞄を受け止めた。
この鞄はミーシャがずっと大事にしていた物だ。
「私、ちょっと行って来ます!」
「はあ?行くって何処へだよ⁈ 」
「決まってるじゃないですか!私も隣に立ちたいんですよ!」
ミーシャはレイヴン達のいる場所を目指して空高く上昇して行った。
未だ爆炎の燻る中心地には無傷のまま佇むレイヴンの姿があった。
「うはぁ……大丈夫だとは思ってたけど、流石レイヴンだね。傷一つ付いて無いや」
あれだけの魔法を浴びて平然としていられるだなんてレイヴンらしくて呆れるが、今はそうも言っていられない。
レイヴンの体を貫いた魔剣は脈動して世界の理を書き換える事に専念している様だ。
『そうであろうな。あの程度でどうにかなるなら、世界は滅びを迎える事など無かったのじゃから。しかし、魔物の血に体を明け渡したという事は、つまりーーー』
「クレア!」
「分かってる!」
クレアとルナの姿を見た途端にレイヴンが咆哮を上げで突っ込んで来た。
魔剣が刺さったままだというのに、動きが衰えているどころか一段と速くなっている。
しかも、今度は素手のレイヴンが相手だ。
「エターナル!お願い!もう一度私に力を貸して!」
魔剣エターナルが反応を示すよりも早く、クレアは咄嗟にリヴェリアの構えをとった。
剣は正眼の位置に、体は半身だけ開き余計な力は入れない。
(今のレイヴンは物凄く速い。後の先だけじゃ間に合わない。だったら!)
本能剥き出しの状態であるなら、今のレイヴンは魔物と同じだ。
衝突する瞬間に意識を集中する後の先では一手遅れてしまう。ならば訓練の時にリヴェリアがやっていた先の先をやるしか無い。
全神経を研ぎ澄まして先を読む事に集中する。
今を見ているだけでは駄目だ。視線、体の状態、重心の僅かな変化から次の次を予測する。
リヴェリアのようには出来なくても、今のクレアなら真似事くらいは出来る。
レイヴンが間合いに入る直前に半歩踏み出して重心をずらす。それと同時に体を前方へと捻りながら突進の勢いを殺すのだ。
「やあっ!!!」
どうにか初撃をいなしたものの、ほんの微かに触れたレイヴンの腕は異様に重たかった。
「やった!流石クレア!」
『いや、まだじゃ!』
躱した筈のレイヴンは、すれ違い様に地面に爪を立てると、突っ込んで来た勢いをそのままに急速反転して来た。
最小の動きで相手の懐に飛び込む無茶苦茶な挙動。素手のレイヴンが魔剣を扱う時よりも強いとは知っていたが、本当に別物だ。
レイヴンの力に鎧の方が耐えられないのか、ミシリと鈍い音を立てた。
体を護る為の防具が持ち主の力に耐えられないなど馬鹿げている。
「まだだもん!簡単にはやられないよ!」
だが、レイヴンがそう来る事は既に予測済みだ。
下から突き上げる様に迫る拳を紙一重で躱して反撃に転じてみせた。
「私、もうレイヴンに認められたくて我儘を言ったりしないよ。だって……」
クレアが目指した場所は遥か高みにあると思い込んでいた。しかし、それは間違いだったのだとようやく気付いた。
階段の入り口はいつでも自分の足元にあったのに、それに気付かないまま上ばかりを眺めていた。
「今すぐ行くよレイヴン!私はここにいる!」
翡翠はクレアの奮戦を見て感嘆の溜め息を漏らしていた。
『見事じゃな。距離を詰めたまま戦う判断もそうじゃが、全て紙一重で躱しておる。まさに天賦の才、じゃな……』
どんなに危険でも、レイヴンを相手に距離をとるのは悪手だ。
一撃でももらえば、それだけで戦闘継続は困難な状態となる。
クレアはそれを直感的に感じ取り、密着した状態から最小限の動きで対処するのが最も安全だと判断した。
「何呑気に感心してるのさ!僕達ももっと援護するよ!」
ルナは近接戦闘は殆ど出来ない代わりに、クレアとであれば互いの欠点を補い合う事が出来る。要はニブルヘイムで魔物堕ちした女王と戦った時と同じ事をすれば良い。
ただし、レイヴンが相手である以上、一切の加減は出来ない。
『援護は妾に任せよ!』
「魔力の使い過ぎに注意してよね!」
『……お主がそれを言うか?』
無謀にもレイヴンと交戦中のクレアの隣に飛び込んで行った。
息もつけない攻防が繰り広げられる中で、ルナに出来る事はレイヴンの動きを鈍らせる事。
直接的なダメージを与えられないのなら他にも戦い方はある。
ルナは防御魔法に細工をして自分とクレアでは無く、レイヴンに対して付与した。
「何をしたの⁈ 」
「安全対策!」
「あ、安全対策???」
レイヴンは低い姿勢を維持したまま地を這う様に攻撃を繰り出している。
そこに防御という概念は無い。というより、動きそのものが鉄壁の防御と言って良い。
踏み込み一つで地面に亀裂が入るほど強烈な脚力が生み出す拳の威力はまともな手段では防げない。
であれば、それを利用しない手は無い。
ルナは強引にレイヴンに近付いて、その小さな拳を突き出した。