あの場所へ立つ為に。
幾重にも重なって展開された魔法陣が輝くと天空より無数の星が降り注いだ。
それらが夜空を流れる流れ星であったなら、どれほど良かっただろう。
宵闇の迫る、まだ夕陽が地平線に残る薄暗闇に輝く星を見上げて願いを口にする。
そんな浪漫は微塵も無い。
「お、おお……これは凄まじいな……」
「ルナちゃんやり過ぎだよ……」
真っ赤に燃える隕石群は、情緒も糞も無い轟音を立てながら大地を穿っていった。
魔物の大群にそれらを防ぐ手立てなどある筈も無く、地平線の彼方まで埋め尽くしていた魔物の大半を瞬く間にただの肉塊に変えてしまった。
「ルナ!てめえ、この野郎!俺達まで殺す気かよ!」
遠くでランスロットが抗議の声を上げていた。
幸いな事に街から離れた地点に向けて発動したので、どうにか皆を巻き込まないで済んだようだ。
「だからその魔法は駄目だって言ったのに……」
「マ、マクスヴェルト様!今の魔法は一体……?って、なんじゃこりゅああああああ⁈ 」
城壁に登って来たモーガンの視界には一面に広がる穴だらけの荒野。
あれだけいた魔物は半分以下に減り、傷付いた体の再生が追い付かない魔物も無数に大地に転がっていた。
一方で惨状を引き起こした張本人も想像以上の威力に冷や汗を流していた。
「いやぁ……僕もここまでとは思って無かったんだけどなぁ……」
『術式が複雑な割に、消耗する魔力が思いの外少ないとは思っておったが……狙いなど端っから考慮しておらんかったからじゃのぅ……。いやはや、これではマクスヴェルトの奴が使わぬ筈じゃ』
ルナが使った“メテオレイン” は、異世界の魔導書に記載されていたものだ。
範囲を指定する事はおろか、細かな威力の調整も狙いも定める事が出来ない非常に危険な魔法なのだ。
それ故、マクスヴェルトが禁呪として厳重に保管しておいたのだが、ルナに書庫の閲覧を許可した際に、ちゃっかり禁呪にまで目を通していたらしい。
出鱈目な威力の割に扱いが難しく、都市や城を陥す目的以外には全く使い道の無い魔法だ。戦略的な価値はあっても戦術的にはただ単に後始末が大変なだけという代物だ。
「も、もう一発いっとく?」
『止めておけ。次はこちらに死人が出かねん』
「だ、だよね……」
ルナも流石にこれでは不味いと思ったのか、禁呪はもう使わないでおこうと密かに誓っていた。
リヴェリアの方はというとこの状況を満更でも無いと思って分析を始めていた。
惨状はどうあれ数を大きく減らせた事は有り難い。流石にフルレイドランクの魔物を完全に仕留める事は出来なかったが、余計な力を割かなくて良いのは助かる。
「レーヴァテイン、状況を」
『はっ。禁呪メテオレインの発動により約半数が蒸発、または行動不能に陥っています。内、再生中の個体は二割ほどかと』
見た目は派手な魔法だったが、やはり狙いが定まらないのでは半数を削るのが精々だった様だ。二発目を放ったとしてもまばらになった魔物に当てるのは困難だろう。
「まあ、初めて使ったにしては上出来か。では、こちらも始めるとしよう」
盛大に巻き上がった土煙りが晴れるのを待っている訳にはいかない。
魔物達が動きを止めている今、ここで畳み掛けて本命に辿り着かねば意味が無いのだ。
「リヴェリアさん、私が周囲の魔物を引き付けます。リヴェリアさんはその間にレイヴンを」
クレアとルナはリヴェリアの隣に歩み出た。
悔しいがレイヴンを抑えられるのは、やはりリヴェリアしかいない。
「まあ待て。クレアはルナと共にレイヴンを目指せ。そこまでの露払いは私が請け負う」
「でも……」
『リヴェリアよ。ここは体力の温存を図るべきであろう。妾達がレイヴンまでの道を切り開く。その間に行くが良い』
確実な勝利を掴むならリヴェリアが決着を着ける方が良い。その意図は理解出来るのだが、リヴェリアは最後はクレアとルナに……そう思っていた。
「ふむ……ならばーーー」
翡翠がそう言うのならと思いかけた時だった。
思いがけない増援がリヴェリアの元に現れた。
「あら、ここまで来てレイヴンの独り占めは駄目よ?」
「これからはこの子達の時代になる。そうでしょう?」
「久々にこの面子で戦うのも悪く無いわ。旅の肩慣らしには丁度良いと思うのだけれど、どうかしら?」
増援に駆けつけて来たのはシェリル、ステラ、カレンの三人だ。
魔物が大きく数を減らし、結界の維持に人員を割く必要が無くなったのを受けて駆け付けてくれたらしい。
「お前達……良いのか?」
この戦いはリヴェリアの我儘が発端となって起きたと言っても過言では無い。
散々皆を振り回して、現在に至る迄の画を描いてきた。
「リヴェリアは考え過ぎなのよ。じゃ、お先に!」
「あ、抜け駆けは駄目よカレン!」
「支援するわ!」
リヴェリアは飛び出して行ったカレンとシェリルに支援魔法を付与したステラを見て懐かしい光景が蘇っていく事に胸が踊っていた。
カレンが敵を引き付け、シェリルが片っ端から薙いでいく。後方からはステラが状況に合わせて攻撃と支援を行う。
マクスヴェルトが合流する前にあった光景だ。
『我が主……』
「ああ……。クレア、ルナ。すまん、さっきの発言は撤回する。お前達がレイヴンの元へ行ってくれ」
『第六までの封印術式を再実行。……完了しました。お帰りなさい、我が主』
「ああ、行こうか!」
レーヴァテインの封印によりリヴェリアは赤毛の姿へと戻った。
その分、力は半減するが心配は全く必要無い。
四人の動きは全てが連動している。
視線を交わす必要すらも無い自然な動きで魔物達を倒して行く。
「すご……」
「う、うん……お互いの事が全部分かってるみたい」
四人の動きはフルレイドランクの魔物が相手であっても変わらない。一人一人が特別な技を使っている訳でも、突出している訳でも無い。寧ろリヴェリアが自身の力を抑えた事でバランスが良くなり、絶え間ない攻撃を可能としている。
『あの領域に立つのは並大抵の事では無い。が、驚くほど簡単な事でもある』
「……簡単って、あんなの凄すぎるんだけど」
『レイヴンやリヴェリアは確かに突出した力を持っている。どちらもその気になれば世界を手中に治める事も、滅ぼす事も出来る。じゃが、それに一体何の意味がある?主達が目指すべきなのはあの者達が立っている場所じゃよ。そして、レイヴンもまたあの場所を欲しておる』
「レイヴンが?」
突出した力を持つが故の孤独。
何者をも退ける力は、それ自体が孤独な事だと翡翠は思う。
もしかしたら、無闇に力を振るわないのも、誰かの為にと足掻くのも、自分という存在が無駄では無いと、孤独では無いのだと思いたいからではないだろうか。だとしたら、隣に誰もいないのは不幸な事だ。
そんな二人が共に歩む者が欲しいと思うのは自然な事だ。
リヴェリアは失ったかつての仲間達とは別に理解者を集めた。
レイヴンは自らの存在意義を肯定する為に足掻き、友を得た。
『分からぬか?レイヴンは待っている。お主達と共にあの場所に至る事を。頼りにしている、隣に立つという事は、詰まる所そういう事じゃろう?』
「「……ッ!」」
クレアとルナの目の色が変わったのを見た翡翠は優しく微笑んで二人の背中を押した。
『証明して来るが良い。妾も最後まで力を貸そう』
ただ強くなるだけで隣に立てる訳じゃない。
二人は決意を新たにしてレイヴンへと立ち向かうのだった。