ドワーフ流
採取系の依頼を受ける前に、ランスロットに頼んでクレアの基礎訓練をしてもらう事にしたレイヴンは一人で街の武器屋に来ていた。
目的はクレアの新しい剣を買う為だ。
登録試験の最後に弾き飛ばした剣には大きなひびが入って使い物にならなくなっていたのだ。一応リヴェリアが用意してくれた予備もあるが、やはりある程度強度のある武器を持たせるべきだと思い、武器屋へ足を運んだという訳だ。
店の中には冒険者らしき客が数人、何やら店員を相手に揉めている様だ。
レイヴンは構わず店内に置かれている武器で一番品質の良さそうな剣を探す事にした。
クレアの成長を考えれば最低でもオリハルコン程度の強度が望ましい。
弾き飛ばした程度で使い物にならなくなる剣は不要だ。
「おい、もしかしてレイヴンじゃないか!」
「あんたは……」
「やっぱりそうだ。レイヴンだ。随分と久しぶりだな。またこの街で依頼を受けるのか?」
話しかけて来たのはこの店の店主。
名前は確か……
「ガザフだ。相変わらず人の名前を覚えるのは苦手か?」
「……」
「で?今日は何本いるんだ?」
「一本で良い」
「一本? どうせ直ぐに折っちまうんだから纏めて買っとけ。昔のよしみだ、安くしといてやるぜ?レイヴンはうちのお得意さんだからな」
この街に来た頃、まだ魔剣『魔神喰い』を持ってはいなかった。
その頃に世話になっていたのがガザフの店だ。
魔物を倒せても剣やナイフが無ければせっかくの素材を台無しにしてしまう。そうなってしまうよりはマシだと考えて、剣が折れる度に新しい武器を買いに行く事を選んでいた。背に腹は代えられないというやつだ。
そんな時、毎日のように剣を買いに来るのを面白がって声を掛けて来たのがガザフだった。
「おいおい、遠慮する事ないぜ?あの頃より更に腕を磨いたからよ。お前さんの力にもそれなりに耐えられるぞ」
ガザフは今でこそドワーフの商人やっているが、自分でも時々武器を作っているそうだ。
腕前は一級品。以前はドワーフ族の中でも一二を争うくらい巨大な工房で、弟子が何十人といたそうだ。
けれど、ガザフはある日突然工房を畳んで商人の道を選んだ。
せっかく作った一級品の武具が量産品の様に転売されていくのを見て嫌気がさしたのが理由だそうだ。
『価値の分からない金持ち相手の商売にはこのくらいで充分だ』というのはガザフが酒に酔って話した言葉だ。弟子や見習い鍛冶師が作った武具を高値で処分出来ると言って笑い出した時には流石にどうかと思ったが、ドワーフ製の武器はたとえ三級程度の物であっても人間が作る準一級品程度の強度があるので問題にはならないだろう。とにかくそうした経緯でドワーフの街に唯一の武器屋を開いた。
世間で言うドワーフが気に入った相手にしか売らないと言うよりも、“ガザフが気に入った相手にしか売らない” という方が正しいと思う。
昔はもう少し細かった体型も今ではすっかり肉がついている。後ろ姿だけでは他のドワーフと見分けがつかない。
「欲しいのは俺じゃない。なるべく折れ難い剣があればそれで良いんだが」
「何言ってやがる。俺の店の商品はお前からしてみれば二級三級ばかりだが、人間の作った剣より強度は断然上だ。木の枝みたいに簡単に折ってくれやがるのはお前さんくらいのもんだぜ」
「……」
「……ん?おい、その腰に下げてる剣。そいつは、もしかして魔剣か? ちょっと見せてもらっても良いか?」
「見るだけなら。触ると魔力を吸われる」
「ほう、そりゃ正しく魔剣だな。よし、裏にある俺の工房へ来てくれ。そこでじっくりと見たい。安心しろ。お前はお得意さんだからな、お礼に後でとっておきの剣を持って来てやる」
「分かった」
店員と揉めている客の横を通って裏口へと向かう途中、俺の顔を見た貴族風の男が他の客にも聞こえる声で喚きだした。
「おい、これはどういう事だ? あんな薄汚い魔物混じりには、とっておきとやらを見せて! この私には見せない! 売らないと言うのか? どう考えても私の方が金を持っているだろう! そうか、どうせ魔物混じりの穢れた力で稼いだ金を店主に渡しているに違いない!」
くだらない。
この手の輩は無視するに限る。時間の無駄だ。
だが、俺の前を歩いていたガザフが突然ピタリと止まって振り返ると、鼻息を荒くして貴族風の男に向かって歩き始めた。
「な、なんだ⁈ この店は店員が客を威圧するのか?」
ガザフは無言のまま拳を振りかぶり、そのまま男の顔面に拳を叩き込んだ。
「な、まさか…止め……! へぶぎゃあ!」
男は何とも珍妙な声を上げて商品の棚へ盛大な音を立てて突っ込んでいった。
「こいつは俺の客だ! くだらねぇことぐだぐだ抜かしやがって。この俺が金や種族で客を選ぶ訳ねぇだろ!」
「こ、こ、こ、この私が、アルドラス帝国伯爵レオノラス・グランドと、し、知っての事だろうな⁈」
(アルドラス帝国? )
「はんっ! 伯爵がどうした? ここはドワーフの街だ! お前が誰かなんて関係ねぇ! 気に入った奴にしか売らねぇのを知らないとは言わせねぇ。出て行きやがれ!」
「おのれ……許さんぞ貴様!!! お前達! 何をボサっと突っ立っている! その無礼なドワーフを斬ってしまえ!」
呆気にとられていた護衛二人が剣を抜きはなった。
こんな狭い店内で剣を抜くとは馬鹿な連中だ。
(仕方ない…ここは俺が……)
狭い店内で剣を振れないとは言え、ガザフでは厳しいと判断したレイヴンは、素手のまま一足飛びに護衛の懐に入ると剣を叩き落として無力化した。
後は摘み出して終わりなのだが、レイヴンが手を伸ばすより早く、ガザフと店員が手慣れた様子で三人を店の外へ放り出した。
動きからして相当な数の客を放り出して来たのだろうという事が伺える。
まったく大したものだ。
「こ、こんな事をしてタダで済むとは思うなよ!」
「二度と来るんじゃねぇ!!!」
お決まりの台詞を吐いた三人は、待たせていた馬車に乗って西の方へと去って行った。
「すまんな。近頃ああいう馬鹿な客が多くてな」
「構わない。それより、あの男が言っていたアルドラス帝国というのは?」
「ああ。とっくの昔に滅んじまったって言われてる国さ。ここから更に西へ行った場所にあった国らしいんだが、魔物に滅ぼされちまったのさ。ま、つっても言い伝え程度の話だがな。第一、こっから西は森しかないんだぜ?レイヴンも知ってるだろ?」
「ああ。俺も一度行ってみたが、ずっと森が続いているだけだった」
「だろ?……だが、最近気になる事があってな。さっきの奴みたいに、俺は貴族だってぬかす連中が後を絶たないんだ。どいつもこいつも西から来たって言いやがる」
「ほう」
「実はレイヴンが来る前にも別の奴が来たんだ。あんまりしつこいから、一応仲間に警戒させてるんだけどよ。西の方から来るって事以外何にも分からないんで困ってるんだ」
「西……」
「おっと、今のは忘れてくれ。そんな事はどうでも良い話だ。せっかく久しぶりに顔見せたんだ。俺に付き合えよ。じっくりとその魔剣を見てみたいしよ!」
ドワーフの街から西には果てしなく森が広がっているだけで何も無い筈だ。
アルドラス帝国という名も聞いたことが無い。
そもそも世界には国という物は存在しない。
強いて言うなら、世界そのものが国だ。
中央にいる王族が世界を管理しているというのが共通認識の筈だが……。
「とにかく助かったぜレイヴン。工房へ行くとしようか」
工房につくなり魔剣を調べ始めたガザフは真剣な顔で何度も唸っていた。
「信じられん……この魔剣は生きてる。魔力を吸うってのも、魔剣にしてみりゃ食事と一緒だからな。そういう意味じゃあ、魔剣は全部生きてるとも言えるんだが。こんなに力の強い魔剣を見るのは初めてだ。
しかも、使ってる素材が全く分からねぇ。ミスリル、オリハルコン、アダマンタイト、虹鉱石……どれも違うな。レイヴン、こいつを一体何処で手に入れた?正真正銘、オリジナルの魔剣だ」
「悪いが詳しい事は言えない。とある依頼で行ったダンジョンの中で見つけた」
「ふむ……ダンジョンねぇ。確かに古い遺跡がダンジョン化したような場所になら眠っていてもおかしくねぇか。因みにこいつの名前は分かってるのか?」
「正式な名前は知らない。魔神喰いと呼ばれている」
「魔神喰い……魔神喰い…ああ! くそ! 駄目だ。昔、どっかで聞いた覚えがあるんだが、思い出せねぇ。歳はとりたくねぇな。とにかく見せてくれてありがとうよ。それじゃあ、とっておきの剣がある場所へ行くか」
「この工房には無いのか?」
「まあな。今から見せるのは俺が自分で鍛えた剣だ。俺の家の地下に保管してある。お前の持ってる魔剣には到底敵わないが、そんじょそこらの剣とは物が違うぜ。眼鏡にかなう筈だ」
「ほう……」
ガザフの家の地下に案内されたレイヴンは部屋に入るなり異様な空気を感じていた。
この場所は魔力がやけに濃い。危険を感じる程では無いが、少し落ち着かない。
「これだ。長さはお前の持っている魔剣と同じくらいだな。素材は最高の虹鉱石。斬れ味も強度も文句無しの逸品だと自負してる」
ガザフが持って来た剣から先程感じた魔力と同じ波動を感じる。見た目は普通の剣と然程変わらない。柄や鞘の装飾が控え目なのはガザフの趣味だろう。
(悪く無い。しかし……何か違和感がある)
「へへ、気付いたか。流石、俺の見込んだ冒険者だ」
「……」
「察しの通り、こいつは普通の剣じゃねぇ。この剣は持ち主の魔力に反応して成長する魔剣だ」
「魔剣だと?」
「人造魔剣ってやつだな。魔剣と呼ばれる剣にもいろいろある事くらい知ってるだろ?それに成長すると言っても見た目が変わるとかって話じゃねぇ。使い手の魔力と技量次第で斬れ味や強度が増していくんだ。世に知られる伝説級の魔剣、そのオリジナルに比べたら玩具みてぇなもんだがよ」
確かにレイヴンやリヴェリアが持っている魔剣に比べれば、内包している魔力は微々たる物だ。しかし、この剣は紛れも無く魔剣と呼べる代物だと言える。
市場に出回っている様な魔具と組み合わせた弱い魔法剣とは比べ物にならない。売りに出したなら、破格の値がつくのは間違い無いだろう。
(良い剣だ。歪みの一つも無く、魔力の通りも良い)
この剣は見た目よりも随分軽い。これならクレアの力でも充分に扱えそうだ。
だが困った事に、今のレイヴンにはこんな高価な剣を買う金は無い。
惜しいが、他の剣を探すとしよう。
「ガザフ。すまないが俺には今ーーーー」
「レイヴン。こいつをお前にやる。受け取ってくれ。代金はいらねぇから心配するな」
「だが……」
「なんというか、こいつは俺の勘だ。理屈じゃねぇ。この剣は、お前が渡す奴に必要な剣の様な気がするんだ」
「どうして?」
「そんなすげぇ魔剣をぶら下げておいて今更俺とこの剣が必要だなんて普通変だと思うだろ」
「……」
「それにな、俺の勘は良く当たるんだ。お前がわざわざ訪ねて来たくらいだ。きっとこいつが必要になる。俺はお前が気に入ってるからよ!ドワーフの流儀みてぇなもんだ。気にせず受け取ってくれや」
「……」
「ほれ、受け取れ。こんな地下にずっと飾ってあるより、冒険に使ってやってくれ」
ガザフから手渡された剣がレイヴンの魔力に反応して淡く光りだした。
やはり凄い剣だ。剣全体に淀みなく魔力が伝わっていくのが分かる。ここまで鍛えられた剣は見た事が無い。
それだけにこれでは釣り合わない。
ガザフは自分を気に入っていると言ってくれたが、レイヴンはガザフに何か特別な事をしてやった覚えが無い。
いくらお得意様だとしても、それだけだ。
「分かった。有り難く貰っておく。しかし、これではこの剣の礼には釣り合わない。俺は暫くはこの街にいる。何かあれば宿屋に知らせてくれ。力を貸そう」
「馬鹿野郎。んな事は気にしなくて良いんだ。だがまあ、そうだな。覚えておくよ」
名工ガザフの造った名もなき魔剣を手にしたレイヴンはクレアとランスロットの所へ戻る事にした。




