欠点とフローラ
エレノアが作り出した十二体の魔鋼人形はエレノアがこれまで戦って来た魔鋼人形の特性を反映させてある。それをエレノアが全て統制している。
一体だけだったなら、レイヴンが魔剣から吐き出した二十体の魔物の一体には敵わない。けれども、近距離から中長距離に至るまで様々な状況に対応可能なエレノア独自の戦力はそれらを補い合い相手を圧倒していく。
「レイヴン!聞こえますか⁈ 私です!エレノアです!」
レイヴンは俯いたままだが、エレノアの声に反応する様にゆっくりと立ち上がった。
魔剣に埋め込まれた心臓は、一度鼓動したきり沈黙している。
「くっ……!邪魔です!そこをどきなさい!」
『主よ。分かっていると思うが、この力はあまり長く使用出来無い。限界まで魔力を使ってしまったら……』
「ええ。早々に決着をつけます!」
ユッカが言おうとしたエレノアの能力の代償。それはエレノアが作り出した十二体の魔鋼人形の魔核にある。
作り出す魔鋼人形はエレノアの記憶と戦闘経験を元に構築される。制御を聖剣デュランダルに移譲してエレノア自身の負荷を軽減したとしても、問題はその先。
魔鋼人形の心臓部は魔核。強引に共鳴を起こして魔力を集めた代償として暴走し易い状態になっている。限界を超えた魔核はやがて魔物堕ちと同じ現象を引き起こす。
「限界を超えるまでに敵を殲滅出来れば良し。もし、それが無理だったら……」
「今度は力を使い果たして無防備なところを十二体の魔鋼人形に襲われちゃうわけよ!」
「呆れたわね……」
「でも、今回みたいな状況になる事なんて先ず無いんだし、大抵の場合は能力を使わなくても済むんじゃないかしら?」
ユッカとフローラの発明?した装置は非常に危険な物だ。
使い方を誤れば、フルレイドランクに相当する魔物を生み出す装置となる。
しかし一方で、エレノアであれば仮に魔物の大群が襲って来ても十分に応戦し、或いは殲滅してしまう事も出来る。
「諸刃の剣とはよく言ったものだ。それを見越して、俺に護衛をさせる事まで織り込み済みだった訳か」
非常に強力である事は確かだ。
が、こんな物は危なくて使い物にならない。
「ちゃんと完成すれば大丈夫よ。うちの国で生産している人工魔核を使用すれば、共鳴なんて起こらないし、ユッカが構築してくれた回路のおかげで臨界状態に達すると緊急停止する様になる“予定” だから」
「予定?」
「もしかしてって言うか、気付いてはいたけど、これは未完成品なの?」
ユキノとフィオナの疑問を受けてユッカが装置の欠点を話し始めた。
「人工魔核は魔力を保存しておけるという点では非常に便利なんですけど、内包出来る魔力の限界値が低過ぎて、レイヴンさんを相手にするには出力が全く足りないんです。あっ、フローラ様が言われた通り、人工魔核は共鳴を起こして暴走なんて心配もありませんよ?だけど、そんな事言ってられなくて……」
思い付いたのは良いが、人工魔核では話にはならない。そこで、急遽天然の魔核を調達して使用する事にしたのだ。
「なるほど。実用化すれば、天然の魔核に替わる魔力源として非常に有用な代物だ。だが、俺としてはその装置は容認出来ない。エレノアであれば問題無いだろうが、他国にも普及させるつもりがあるなら四ヵ国議会に申請して協議するべきだ」
「ちょっと!ちょっとちょっとちょっとちょっと!何でアンタにそんな事言われなくちゃならないわけ⁈ 私は一応、これでも魔鋼の国の代表なわけ!私がちょーっと、リヴェリアに話せば簡単よ!」
「え?もしかしてフローラ様……この方の事をご存知無いんですか?」
「え?魔人だし、レイヴンの知り合いかなんかでしょ?」
「「「……」」」
フローラが今まで勢いで捲し立てていたのは、緊急時故の事だと思っていた三人は一様に顔を見合わせて溜め息を吐いた。
議会を通じて各国には代表者の素性を記載した資料を配ってある。
当然、その資料には妖精王アルフレッドが、今は亡き魔王の実弟アラストルであることも書かれている。
血縁で言えばレイヴンの叔父にあたる人物でもある。
どうやらフローラはその資料にちゃんと目を通していなかったらしい。
「え……何で皆んなして黙るの⁈ はっ⁈ 何⁈ もしかしてヤバい奴なの⁈ 」
見かねたユキノがフローラに真実を耳打ちすると、フローラの顔が見る間に青くなっていった。
無理も無い。
小人族やドワーフ族も元を正せば妖精種の末裔だ。その頂点に立つ妖精王に対して傍若無人な態度を連発していたのだ。如何に四ヵ国の代表同士とは言え、格が違い過ぎる。
「構わない。そんな事をいちいち気にしたりはしない。肩書きなど役割りに過ぎん。レイヴンも言っていだだろう?」
アラストルの言葉を聞いたユキノとフィオナは互いに笑みを零した。
レイヴンもリヴェリアもそういうところは全く同じ考えだ。
だからこそ、ユキノ達はリヴェリアについて行く。
「聞こえて無いみたいね……」
アラストル達は、白目を剥いて気を失ったフローラを放っておいて、早くも戦いも終盤に差し掛かろうとしているエレノアへと視線を移した。
二十体いた魔物は残り三体にまで数を減らしていた。
「デュランダル!まだ行けますか?」
『魔力の消耗が予想より激しい。次で決めろ』
「あと一撃……」
エレノアは残り僅かになった魔力を掻き集める為に魔鋼人形達の制御を中断した。
デュランダルを鞘に納めて重心を低く構える。
『やれるのか?アレは見た目程簡単な技では無いぞ?』
「クレアもこの技を見ただけで体得したそうです。負けていられません。彼女との決着も私の楽しみの一つですから」
見様見真似だが、今なら出来る気がする。
レイヴン程では無いにしても、手負いの魔物を倒すには十分な筈だ。
『補助は?』
「無用です」
深く息を吸い込み集中力を高めていく。
イメージするのは全てを斬り裂く斬撃。
空間すらも斬り裂いて立ち塞がる敵を薙ぎ払う。
「もっと剣先に意識を集中して。そうよ……頭に描くのは敵じゃない。もっと遠く。地平線まで届かせるつもりで」
言葉のままにイメージを膨らませたエレノアの魔力が最大にまで高まった時、全身全霊を込めた一撃を放つ。
「一閃ッ!!!」
眩い光と大気を斬り裂いた様な甲高い音の後、三体の魔物は体を細切れにされて大地に伏した。
「お見事」
「シェリル。来ていたのですね。おかげで上手く行きました」
エレノアの背後にはシェリルと共にステラとリアーナの姿があった。
「それにしても、今のはどうやったの?剣気一閃は切断に特化した技だけど、あんな斬撃は見た事が無いわ」
『私だ。手を出すなと言われたが、面白そうな技だったので少し手を加えてみた。“かまいたち” という圧縮した空気で斬り裂く技をダンが使っていたのを思い出したのだ』
「そうでしたか……」
『怒ったか?』
「いいえ。おかげで何か掴めた気がします」
かなりギリギリだったが、エレノアは見事に二十体もの魔物を倒してみせた。
魔剣とレイヴンから漏れ出していた魔力も、暴走し始めた時に比べればかなり消耗している。それでも未だに桁外れな力を内包しているのは間違い。
後はレイヴン次第。
エレノアの声に反応出来るまでにレイヴンの意識が戻って来ているのなら、あともう一押しきっかけが欲しい。
ステラはリアーナの手を離さない様にしっかりと握り直した。
「覚悟は良い?」
「……はい」
リアーナは変わり果てたレイヴンを見て覚悟を決めると、ステラの手を強く握り返した。