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闇を照らす月

 

 世界樹の様に巨大な木がそびえる灰色の世界に彼はいた。


 体に巻き付いた棘はもがけばもがく程に食い込んで締め付けていく。


 それでも彼は踠き、足掻き続けていた。

 体が裂けそうになりながら、歯を食いしばって棘から抜け出そうとしていた。


 魔剣の制御を取り戻すには彼のいる場所を越えて行かなければならない。

 だけど、その前にちゃんと伝えておきたい事がある。ずっと言えなかったけれど、もう隠しておく必要は無くなった。


「やあ、助けに来たよ。レイヴン」


 レイヴンの目は獣の様に鋭く、かつて照れ臭そうに笑いかけてくれた面影はどこにも無かった。


 それでも良い。

 マクスヴェルトとして生きて来たのはこの時、この瞬間の為だった。


 レイヴンが世界の何もかもを滅ぼした時、当時のマクスヴェルトには抗う力も、レイヴンを救う手段も無かった。

 もうあの時の無力な自分じゃない。

 今、この世界に生きているルナを犠牲にしなくても済む方法がある。


「あの時のレイヴンと今のレイヴンは違う。僕も違う。だけど、どうしても変えたかったんだ。……違うな。僕はきっと、見たかったんだ。レイヴンがレイヴンらしく生きて行くのを……」


 たとえその場所に自分の居場所が無かったとしても、レイヴンが生きてくれさえすればそれで良い。

 あり得たかもしれない未来を見られるなら、手が届かなかった光景をもう一人の自分が笑って生きて行けるのなら……。


 そう思っていた。


「見ているだけで満足出来てたら良かったんだけど……僕は駄目だな。欲が出ちゃった。……最後まで嘘をつき通せなかったよ。レイヴン、僕はーーー」


「お前はマクスヴェルトだ」


「……」


 レイヴンは掠れた声で真実を告げようとするマクスヴェルトの言葉を遮った。


「帰れ。此処はお前が来ていい場所じゃない……」


 それは明らかに全てを分かっている声だった。


「もう良いんだよ。分かってるんでしょう?僕はーーー」


「お前はマクスヴェルトだ!!!」


「……ッ⁈ 」


 レイヴンは牙を剥き出しにして叫んだ。

 少し動くだけでも、棘は容赦無くレイヴンの体を蝕んでいく。


 外の世界で暴走して暴れていた原因はどうやら棘による激痛の様だ。


「此処はもう“お前の居場所じゃない” お前はマクスヴェルトだ。待ってろ……今すぐに此処から助けてやる」


 レイヴンは全身に力を込めて棘を引き千切ろうとし始めた。


 巨大な木がミシリと音を立てても、体に巻き付いた棘はビクともしない。

 力を込めれば込める程、レイヴンの魂は傷付いていく。


 レイヴンの体を締め付けているのは聖剣と魔剣に宿る意思。

 どちらも既に魔物堕ちの影響で壊れてしまっている様だ。


 これではレイヴンが制御し切れないのも無理は無い。寧ろ、今までよく自分の意思で制御出来ていたものだと思う。

 願いの力が作用し続けていたのもその要因なのかもしれない。


「止めてよ!そんな事したらレイヴンの体が……!魂が壊れちゃうよ!魔剣の制御は僕がやる!そうすれば魔剣に振り回される事も、魔物堕ちから元に戻る事だって!」


「黙れ……!何度でも言ってやる。お前はマクスヴェルトだ。リヴェリアやカレン達が待っている……」


 今のマクスヴェルトは元のルナと呼ばれた頃の姿に戻って見えている筈なのに、レイヴンは頑なにマクスヴェルトがルナであるとは認めようとしなかった。


「どうしてさ……レイヴンを助けに来たのは僕の方なのに……。何でレイヴンがそんな事を言うんだよ……」


 もう一度魔剣に埋め込まれた心臓にルナの魂を宿せば魔剣の制御を取り戻せる。

 その為に肉体を捨ててまで、この灰色の世界にやって来た。なのにレイヴンはマクスヴェルトをルナだとは認めないばかりか、逆に助けると言い出した。


 いくらレイヴンでも魔物堕ちした状態から、聖剣と魔剣の両方からの拘束を解けるとは思えない。


「お前に、生きていて欲しいと願うからだ」


 今までビクともしなかった棘は、ミシリと音を立てて、一つ砕け散った。


「何で……」


 どうしてそんな事を言うのだろう。

 気付いていない筈が無いのに。

 マクスヴェルトなんて人間はいないと分かった筈なのに。

 今はレイヴン自身が大変な時なのに。


 どうして、そんなに真っ直ぐな目をしていられるのだろう。

 どうして、自分の事よりも他人の事を想えるのだろう。


 突然信じられない力を発揮したレイヴンは、全ての棘を砕いてみせた。

 もはやレイヴンを拘束するモノは何も無い。


 レイヴンは膝をついて涙を流すマクスヴェルトの小さな頭を優しく撫でた。


「俺は皆から教えて貰った。誰かの為になら、不思議と力が湧いて来る。もう駄目だと思っても、踏み止まれたんだ。だから俺は誰にも負けない。負けてやらない」


「だからって……」


 アルフレッドは言った。

 レイヴンの優しさは呪いだと。


 本当にそうなのだろう。

 しかし、その呪いこそがレイヴンという人間を形成している全てだと言っても過言ではない。


「マクスヴェルト……お前が“そう” だと気付いてからも、俺は否定し続けた。そしてこれからも。ずっと否定し続ける。だから、これが最初で最後だ」


「レイヴン……」


 やはりそうだ。

 レイヴンはマクスヴェルトをルナだと認め無い事がマクスヴェルトを肯定する鍵だと気付いている。


 理屈じゃない。

 レイヴンにはそれが分かってしまう。


「ありがとう、ルナ。お前の気持ちは受け取った。後は俺に任せろ」


 ああ、この感じはいつものレイヴンだ。

 レイヴンはいつだって誰かの為に壁を越えて来た。


「酷いや……それじゃあ、僕は無駄死にじゃないか」


「そうでも無い。おかげで俺は、お前の頭を撫でてやれた」


「うん……」


 自分の為には輝けなくても、誰かの為になら輝く事は出来る。


 それまるで、夜空を照らす『月』の様に。


 明るく闇を照らすのだ。



 ーーードクンッ!



 灰色の世界に響く心臓の鼓動を合図に、レイヴンは高らかに叫んだ。


「お前が神と魔を喰らう魔剣なら!自らの闇を喰らって、あるべき姿へと還れ!!!さあ、目を覚ませ相棒!此処からが本番だ!喰らい尽くしてみせろッ!!!」


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