表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
282/313

第三の管理者と姿の無い依頼者

 

 聖剣と魔剣。二つの超常の力を持つ剣を一つの剣にしてしまった代償は、製作当初にステラが想定していなかった事象を内部で引き起こしていた。

 レイヴンの魔物堕ちと同調した事が最悪の事態となる引き金となったのは確実だったのだが、まだ誰もその事に気付いてはいなかった。


 アラストル達と戦うレイヴンの精神を支配している意思は二つある。

 聖剣と魔剣にそれぞれ宿る意思だ。それはステラが完全に消し去った筈の意思。神と悪魔から受けた呪いとは別の呪い。


「では、その呪いが解けた可能性があるという事か?」


 リヴェリアは冒険者の街パラダイムに転移して来たマクスヴェルトの治療を行いながらステラから事情を聞いていた。

 リヴェリア、マクスヴェルト、シェリル、ステラ、カレン。かつて共に旅をして来た仲間は、予定よりも早く再会を果たしたが、今はその事を喜んでいる場合では無い。


「あの魔剣を作るに当たって、相性の問題を克服する必要があったわ。そこで最初に手をつけたのが魔剣の意思を完全に封印する事よ」


「でも、それはルナの心臓を移植する事で解決したんじゃあ……」


「その筈……だったんだけど……」


 二本の剣を一つの魔剣として鋳造し直した時に魔剣が受けた呪いを中和する役割を持つ媒介が必要だった。要は身代わり。生贄というやつだ。


『あれは我々とは違う。過去の大戦で使用された事の無い魔剣が、何故神と悪魔達から呪いを受けている?』


 聖剣デュランダルの疑問は最もだ。


「ステラ……全部話してくれないか?僕達は互いの後悔を乗り越えていけるだけの強さをレイヴンから貰った。もう隠し事は無しだ」


「でも……それは……」


 マクスヴェルトらしく無い静かな怒りを込めた声はよく響いた。

 魔剣の鋳造にルナの心臓を使った事。そこから先に起こった出来事はステラももう気付いている。


「話し難いのなら僕から話そう。僕は、ルナだ」


「マ、マクスヴェルト……?何を言ってるの?ルナは……」


「し、しかし!ルナは今クレア達と共に……本当なのですか?」


 シェリルとエレノアは何が話されているのか理解出来ないでいた。しかし、二人以外は暗い表情をしたまま口を閉ざしている。

 その沈黙は、マクスヴェルトがルナと同一人物である事を肯定していた。


 マクスヴェルトは指を鳴らして魔法を発動させると、黒く長い髪と白く透き通る様な肌を持ったルナが現れた。


「これが僕の本当の姿さ。さあ、話してよ。僕があの魔剣の中にいた時、呪いは確かにあった。だけど、今思えばあれは憎悪の塊だ。魔剣の内部から漏れ出す恨みの感情。外部から受けた物じゃない。あの話はでっち上げだ」


 重たい沈黙が場を支配していた。

 ステラとしてもマクスヴェルトに説明する責任があるとは分かっていても、その解決法があると知っていても。どうしても話せない事情があった。


『第三の管理者が必要だったのだ』


「デュランダル、それはどういう事なのですか⁈ 」


『ルナの心臓を埋め込んだ本当の目的は呪いを引き受ける事では無く、意思を封じ込めた聖剣と魔剣を統制する擬似的な人格を埋め込む事にあったとしたら?その人格を媒介に力を引き出す為の魂の移植。大方そんな所だろう。ここから先は私の憶測に過ぎないがーーー』


「私から話すわ」


 聖剣の声を遮ったのはステラだ。


 ステラはマクスヴェルトを真っ直ぐに見つめた後、皆の顔を見回してレイヴンの魔剣について説明を始めた。


 先ず、大前提として当時のステラはレイヴンが魔物堕ちする事を望んでいた。それはレイヴンが持つ“願いの力” を発動させる為に膨大な量の魔力が必要だったからだ。

 魔物混じりは魔物堕ちする事で本来持っている何倍もの魔力を得ることが出来る。その力を使えば願いの力を発動させる事は十分に可能だと考えた。

 しかし、ただ発動させたのでは意味は無い。願いの力には本人の強い意思が何より重要になる。レイヴンが破滅を願うのか、理想の世界を願うのか。それはステラには分からなかったが、いずれにしてもレイヴンが望む世界が構築されるのは間違い無い。

 そしてもう一つ、レイヴンの力を十全に発揮させる為に必要だったのが新たな魔剣の存在だ。

 元になった聖剣はシェリルが使っていた魔を喰らう聖剣と、アイザックが使っていた神を喰らう魔剣。二つの要素を持つ魔剣を鋳造する事で『魔神喰い』を完成させる。

 これはレイヴンがシェリルとアイザックの二の舞になる事を恐れたからだ。

 神も魔も全て喰らい尽くしてしまう魔剣の存在は、シェリルとアイザックの命を奪った者達にとって脅威になる。しかも、その使い手が二人の血を引き、願いの力を持つレイヴンともなれば、迂闊に手を出す事は出来ないと考えた。


「そこまでしても魔剣を制御するには至らなかった。二つの意思をルナの魂が受け止めた事。それは私の目論見通りだった。けど、あれは……失敗だったのよ。ルナの魂だけではデュランダルの言うような第三の管理者としては力不足だったの」


 そこまでは良かった。殆ど計画通りに進んだ魔剣製造で問題となったのが、元となった聖剣と魔剣の意思だ。この二つはどうやっても反発してしまう。そこでステラは二つの意思を封印する事にしたのだ。だがしかし、二本共シェリルとアイザックの意思に共鳴出来る程の強力な剣だ。完全に封じ込める事が出来なかったステラは、ルナの魂に管理をさせる事でレイヴンには直接害が及ばない様に細工をしようとした。


「そうか……だから遺跡に封印していたのか」


 結果は失敗だった。

 ルナの魂は聖剣と魔剣の発する邪気に耐えられず、心臓は魔力を循環させる為だけの装置となった。故に、ステラはレイヴンには魔剣を渡さず遺跡に封印した。


「理論上は意思の無い魔剣であれば、ルナの魂が第三の管理者として機能する筈だった。でも、憎悪は呪いとなりルナの魂を蝕み続ける事になってしまったの」


 しかし、聖剣の魔を払う性質がルナの魂が魔に堕ちてしまう事を許さなかった。その事がルナを苦しめる事になってしまったのだ。


「待て。では、レイヴンが魔剣を使えていたのは何故だ?正確にはステラが呪いを解いてからだが……」


「確かに……。私の魂はずっとレイヴンの魂と一緒だったけど、魔剣の方に移ったのはレイヴンが願いの力を扱える様になってからだわ」


「レイヴンにしか扱えない魔剣だと言うのは分かるけど、ルナの魂を解放する以前から使えていた理由が分からないわ。そもそも、何故レイヴンはあの遺跡に魔剣があると知っていたの?依頼だと聞いた事はあるけど、依頼を出した人物がステラでは無いのだとしたら一体誰が?私達はまだ何かを見落としているのかもしれないわ……」


 依頼であった以上、ステラが作った魔剣の存在を知る誰かがいた筈だ。

 その人物がレイヴンが魔剣を入手する様に仕向けていたのだとしたら……。


「そうか、アイザックか……」


 沈黙を切り裂いたリヴェリアの呟きは、シェリル達の心に大きな波紋を引き起こした。


 シェリルの魂がレイヴンと共にあったのは、産まれる前のレイヴンがまだシェリルの胎内にいたからだ。魔王とまで呼ばれたアイザックの魂が何らかの形で今も存在しているのなら、レイヴンを魔剣へと導いたとは考えられないだろうか。


「どうして今まで気付かなかったの……」


「だとしたらアイザックは生きている?」


「アイザック、確かレイヴンの父君の名……」


 では、アイザックの魂は何処に?

 その疑問が皆の頭に浮かんだのは自然な事だった。


「そんな筈無い!アイザックは……あの人を最後に看取ったのは私だもの……生きてる筈無いわ……」


 シェリルはそんな皆の考えを振り払う様にして叫んだ。


「……すまない。辛い事を思い出させてしまった……」


 泣き崩れたシェリルをステラが支えて抱きしめた。

 ステラとてその可能性を考えなかった訳では無い。シェリルの魂を探した時、当然アイザックの魂も探そうとした。しかし、見つけられなかったのだ。


「今はレイヴンがどうして魔剣を手にしたのか考えても仕方ないよ。早く暴走を止めなくちゃ……」


「それはそうですが、どうやって?」


「今の話を聞いて結論は出た。要は第三の管理者を用意すれば良いのさ。もっと早く気付いていれば良かったよ」


 マクスヴェルトは少年の姿に戻ると指を鳴らして魔法を発動させた。


「行くな!まだ他に方法がある筈だ!」


 マクスヴェルトが何をしようとしているのか察したカレンの手は、転移魔法を発動させたマクスヴェルトの残像を掠めて空を切った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ