vs暴走レイヴン⑤
「へくちっ!あー……また誰かが私の噂をしているな」
リヴェリアは冒険者の街パラダイムの城壁から西の空を眺めていた。
時折空を赤く染める強烈な閃光と、それを打ち消すかの様に広がる黒い閃光。
黒い閃光を放っているのは、おそらくアストラルだ。
魔界でも指折りの実力者だったアストラルが妖精王をやっていると聞かされた時には何の冗談かと思って耳を疑った。
それも、今この時の為だったのだろうと想像すると、なんだかとても嬉しい様な気持ちになる。
「あの、誰かが噂してるとか、分かるんですか?」
「ん?まあ、なんとなくなのだ。そんな気がする。たまにそういう事を感じる事はないか?」
「私は……」
リヴェリアの少し後ろに立っているのは、冒険者リアムの街に滞在している筈のリアーナだった。
レイヴンの魔剣が発動して、リアーナの体を蝕んでいた魔の力は消え去った。
孤児院の子供達にも同様の現象が起きているのは喜ばしい事だ。これで皆と同じ様に生きていける。魔物混じりである事を理由に迫害を受ける心配も無い。そして何より、子供達に魔物堕ちの恐怖に怯える日々を過ごさせる事が無くなった事が嬉しい。
けれども、リアーナはそのことを素直には喜べなかった。
「レイヴンの事が心配か?いや、すまん。……当然か」
レイヴンは自らの魔物堕ちと引き換えに魔物混じり達を元の普通の人間に戻した。勿論、そんな事はレイヴンにしか出来ない特別な事だ。だが、肝心のレイヴンは魔物堕ちしてしまったままだ。リアーナは、そんな状況で自分だけ喜んでいる訳にはいかないと思っていた。
「陛下はどうしてそんなに落ち着いていられるんですか?」
「リヴェリアで良い。お前には名前で呼んで欲しい」
「……」
リアーナが浮かない表情を浮かべるのも無理は無い。
ここへ連れて来たのも半ば無理矢理だった。
「(ふむ……)ここは一つ腹を割って話そうではないか。先ずは私からだ」
城壁の下ではモーガン達が慌ただしく住民の避難を行っているが、西の城壁は人払いをして貰ってある。
リヴェリアがレイヴンとの戦闘場所に選んだのは西に広がる広野。
見渡しが良く、岩や木などの遮蔽物が殆ど無い。
「私は正直に言って、レイヴンと戦うのが楽しみで仕方がないのだ」
「え?」
思いがけない言葉を聞いたリアーナは、思わずリヴェリアの顔を覗き込んだ。
魔物堕ちしたレイヴンを止める為に、今多くの仲間や冒険者達がレイヴンの為に命懸けで戦っている。リアーナからしてみれば、この街にいる冒険者達も屈強でとても強いのだろうという事くらい分かる。そんな人達があんなに慌てて準備をしているというのに楽しんでいる場合では無いと思う。
「レイヴンをどうにかしてやろうと思っていた頃の私は、自分の後悔と世界に住む人々の平和と平穏を本気で願って天秤にかけていたのだ。しかし、レイヴンは変わった。私も記憶を取り戻し、後悔を乗り越えて行く覚悟を持つ事が出来た。レイヴンのおかげで世界の平穏にも希望が見えた。後は気ままに旅をする事が私の望みなのだが、その前に決着をつけておきたい」
「……決着?あ、あの!レイヴンは今大変で……!今はそれどころじゃ無いんですよ⁉︎ 私はそんなに落ち着いていられません……もしも、もしもレイヴンがエリス姉さんみたいになったら……私は……」
レイヴンが各地を転々としている間、リアーナにも沢山の出会いがあった。
それはとても大切な出会いで、魔物に怯えて暮らしていたリアーナにとって心の拠り所となっていた。誰一人として居なくなって欲しくない。特にレイヴンが居なくなるのは耐えられない。
「“問題無い” 」
「それって……」
「レイヴンならばきっと、そう言うだろうと思ってな。リアーナ、お前を此処へ連れて来たのは何かをさせる為では無い。ただ、見ておいて欲しいと思ったからだ。実際に見るまでは安心出来ないだろうが、じきに分かる。レイヴンはきっと此処へ来る頃には、殆どいつものレイヴンに戻っている筈だ」
そんな事を言われても到底信じられない。
戦闘の事なんて何も分からないリアーナにだって、近付いて来る異様な気配はこれまで見て来た魔物のどれよりも悍しい物だと分かる。
その後のリヴェリアは、リアーナがどれだけ言っても、レイヴンの口癖と同じ“問題無い” を繰り返すばかりで、西の空を楽しそうに眺めていた。
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聖剣デュランダルの加護を得たシェリルと愛刀は鬼神の如き猛攻を見せていた。
シェリルの刀に付与されたのは聖剣と同等の強度と魔を払い浄化する力。
それだけだ。
本人の身体能力を強化しているのはカレンの加護だけ。
なのに先程迄とは別人の様な動きで、確実にレイヴンの魔剣から魔力を削ぎ落としている。
「いつ見ても凄いわね……」
カレンはアラストルの猛攻を受けても一歩も動く事の無かったレイヴンが、シェリルに“動かされて” いる光景を目の当りにして感嘆の声を漏らした。
シェリルの動きや魔力はエレノアやアラストラルに比べると些か力で劣っている。それでもレイヴンが最も反応を示すのはシェリルに対してだけだ。
「エレノアも相当だけど、シェリルのは全く別物ね」
エレノアは確かに強い。聖剣デュランダルに正式に認められた事で、今まで以上に聖剣の力を使いこなしている。それに、これまでとは一撃の重さもまるで違う。小手先の技や速度に頼らないどっしりと安定した立ち回りと、レイヴンの様な不規則で変則的な動き。その切り替えのタイミングは見事の一言に尽きる。
では、どうしてシェリルとエレノアの二人に差が生まれるのか。
一言で言えば『格上の存在との戦闘経験の差』というやつだ。
結界を維持したまま、各自の防御を担当していたステラとマクスヴェルトもまた、カレンと同じくシェリルの動きに魅了されていた。
「おかげで予定通りにレイヴンを誘導出来てる訳だけど、アラストルは休憩かい?」
「馬鹿を言うな。義姉上の邪魔にならない様に下がっただけだ。レイヴンの動きも次第に変わって来ている」
レイヴンが移動を開始してからあっという間にルナ達との距離が詰まって来た。これ以上進み過ぎると追い着いてしまう。
「僕が言うのもおかしいけれど、正直此処までとは思わなかったよ。昔より格段に強くなってる。流石レイヴンの母親だよ……」
「当然だ。義姉上は俺と兄者を相手に互角に渡り合った事もある」
「へえ……それは知らなかったよ。ていうか、それ凄すぎない?」
魔王と魔王に匹敵する実力者を相手に渡り合ったという話は初耳だ。もし、それが本当なら、全盛期のシェリルはマクスヴェルトも知らない実力を隠していた事になる。
「マクスヴェルト。アラストルのシェリルに関する話をあまり信じちゃ駄目よ。あの場には私とリヴェリアもいたんだから」
「あ、成る程……」
アラストルはどうにもシェリルに対して心酔している節がある。
マクスヴェルトはステラの言葉をしっかりと覚えておく事にした。
「マクスヴェルトッ!!!結界の出力を上げて!!!」
どうにかなりそうだと楽観し始めたのも束の間。
順長にレイヴンと戦っていた筈の三人が物凄い形相で後退して来た。
「いやいやいや……不味いでしょ、コレ」
かなり消耗していた筈のレイヴンの魔力が唐突に膨れ上がっていく。
その勢いは赤い雷を放っていた時の比では無い。
レイヴンは重心を低く落として見覚えのある構えを取っていた。
あの構えが記憶の通りなら防御も結界も意味をなさない。
「全員伏せてーーー!!!」
シェリルの叫び声が聞こえるか否かの一瞬の出来事。
レイヴンから放たれた強烈な魔力の波動がマクスヴェルト達に襲いかかかった。