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冒険者登録と独り言

 夜明け前、陽が昇り始めた頃に出発したレイヴン達は昼過ぎには無事にドワーフの街にたどり着いた。

 ランスロットは以前来た事があると言っていたが、実はレイヴンも何度か来た事がある。


 魔物混じり二人と人間の組み合わせで歩いていても誰も気にしない。

 ドワーフは多種族や魔物混じりに対する偏見を持たない。金さえ払えば誰であろうと客。

 分かり易くて助かる。


 街の中にある冒険者組合を目指す途中、市場で売られている様々な物に興味津々のクレアは目を離すと直ぐに何処かへ行ってしまって連れ戻すのが大変だった。

 ランスロットが上手く誘導してくれてはいるが、さっさと目的地へ行きたいレイヴンは苛々するばかり。


 これも経験というやつなのだろうか。この先もずっとこの調子だと身が持ちそうに無い。

 別に子供が嫌いという訳ではないのだ。裏表のない子供の相手をするのは好きだ。

 なのに、どうしてなのかクレアに対して上手く接する事が出来ない。

 クレアの目を見ているとソワソワして落ち着かないのだ。

 そんな事ばかり考えていた。



「先にクレアの冒険者登録を済ませる」


「あーう!」


「あれか。面倒だしさっさと終わらせようぜ。ていうか、レイヴンも冒険者登録するのか?」


「俺は既にこの街での登録は済ませている」


「……。だからよお、そういう事は言えよな。実は何度か来てるんだろ?」


「初めてだ」


「何で時々、見え透いた嘘つくんだよお前は……」


「……」


 ダンジョンに入るのに許可は必要無い。

 魔物と遭遇しても倒して素材を剥ぎ取るのも、お宝を見つけて持ち帰るのも好きにすれば良い。ただし、森であれ山であれ、ダンジョンであったとしても、魔物の素材を売る為には冒険者組合への登録が必要となる。

 登録に必要なのは名前と簡単な戦闘力試験だけ。


 戦闘力を見るというのは建前で、金の卵が居れば唾をつけておきたいというのが組合の本音だ。

 優秀な人材であれば、質の良い依頼を優先して斡旋し、高ランク冒険者パーティーへの紹介もある。

 ただし、人間が相手ならだ。魔物混じりの場合は大抵、簡素な形だけの試験をして終わり。

 元々普通の人間より身体能力が優れているのもあるが、本音は他の冒険者の囮役を増やしたいだけ。


 この街の冒険者組合にも裏口から入る。

 ドワーフは寛容な種族だが、組合には普通の人間も、中央出身の人間もいる。



「冒険者登録をしたい」


「あんたは……。確か既にこの街での登録を済ませている筈だが?」


「俺じゃない。この子だ。名はクレア。登録を頼む」


 受付の男はクレアを見ると露骨に顔を顰めた。


「正気か? 魔物混じりが普通の人間より強いのは知ってるが、まだ子供じゃないか」


「あーう……」


「問題無い。さっさと試験を受けさせてくれ」


「……ついて来な」


 受付の男に案内されたのは地下にある広い空間。

 組合の試験官が直接戦って実力を測る。


「クレア、お前は今からあの男と戦うんだ。勝たなくても良い。それから、好きな武器を選べ」


「あう……」


「ここまで来ておいてなんだけどさ、やっぱまだ早いんじゃないか? お前だって戦闘はまだ無理だって言ってたじゃねえか」


 一度も武器を持った事の無いクレアに形だけの試験とは言え、戦闘はまだ早いと思う。けれど、これは形だけの試験。そのくらいなら今のクレアでも大丈夫だ。


「人間相手なら大丈夫だ。動きを見て加減を覚える訓練にもなるだろう」


「加減って。見ろよ、剣の重さでふらふらしてるぞ」


 クレアが選んだのはレイヴンの持つ魔剣と同じ長さの鉄剣だ。

 クレアの身長ではまだ振り回すのは難しい。

 

 魔物混じりは、出来るだけ普通の人間であろうとするあまり、無意識に力を抑えている。

 武器を持てば武器を壊さない様に。フォークを持てばフォークを曲げない様に。と言った具合に加減している。

 クレアの場合も同じだ。使い慣れていない武器だからこそ余計に加減する。

 むしろ何も言わなかったのは、相手をする試験官の身を案じての事だ。


「では、これより冒険者登録の試験を行う。内容は模擬戦。力を見るだけなので、何度か打ち合ったら終了とする。理解したか?」


「あう」


「頑張れクレア!レイヴンと一緒に見てるからな!」


「あーうー!」


(へぇ、クレアの奴…案外動じて無いんだな)


 試験官と向かい合うクレアは意外な程に落ち着いていた。しかも、驚くべき事に体の重心を低く沈めてだらりと剣を下げる構えはレイヴンそっくりだ。


「あの構え、レイヴンが教えたのか?」


「教えていない。()()()()()んだろう」


「まさか、あの時に?」


 魔物堕ちして錯乱していた間に一度見ただけのレイヴンの構えを覚えていたとは恐れ入る。これは将来が楽しみだ。



 試験官の男は内心で時間の無駄だと感じていた。

 魔物混じりと言っても、まだ子供。自分の子供といくつも違わない少女に何が出来ると言うのか。


(適当にあしらって終わりにするか)



「始め!!!」


 立会人の合図でクレアが勢いよく飛び込んだ。

 大抵の場合、戦闘経験の浅い者ほど足が止まってしまう。慎重に状況を見極めようとして、相手の動きを気にするあまり、受け手に回ってしまうのだ。


(は、早い…! 斬られる⁈ )


「あーーー! わっわわわわわわわ!!!」


 勢いのつき過ぎたクレアは試験官の横を通り過ぎ、後ろの壁に激突してしまった。


「クレア! 大丈夫か!?無理に動かなくてもジッとしてれば試験は終わる」


「あーうー……」


「ふう、大丈夫そうだな」


 ヨロヨロと起き上がる少女を見た試験官の男は内心冷や汗を流していた。

 戦闘経験の全く無い子供の動きに反応出来なかった。もしも、あの出鱈目な速さで剣を振り抜かれていたら、自分は今頃死んでいたかもしれない。


(こちらから攻めてさっさと気絶させるなりして終わらせた方が良さそうだ。登録試験で本気で仕掛けるのは組合のルール上禁止されているが、防御を見る為だとでも言えばいい事だしな。悪く思うなよ……)


 クレアが武器を構え直した直後、試験官の剣がクレアを目掛けて振り下ろされる。


「うー!」


 どうにか攻撃を防げてはいるが、見るからに危なっかしいぎこちない動作で、剣を落とさない様に必死に握っているのがやっとだ。


「良くねぇな。初めてだし、ジッとしてろとは言ったけど完全にビビッて目を閉じちまってる。あれじゃあ駄目だ」


 ランスロットの言う通りだ。

 戦いの最中に敵を見失っては活路を見出せない。だが、今それをクレアに言ったところでどうしようも無い事だ。

 クレアに限った事でも無い。誰でも最初はこんなものだ。


(今後の課題だな。ランスロットに相手をさせるか)


 試験官の男は何度も繰り返し剣を振り下ろす。

 本来ならここまで激しい攻撃をする必要性は全く無い。男は今、我を失いかけていた。先程のクレアの攻撃で死んでいたかもしれないという現実が、焦りとなって男を動かしていたのだ。それにさっさと気絶させたいのに、絶妙なところで攻撃を防がれてそれも出来ない。


 その時だった。

 防御し損ねた試験管の剣がクレアの頬を斬ってしまった。傷は浅いものの、血を見たクレアに異変が起きる。


「う、あ、あ、あ、あ、あ……!!!」


 肩を震わせ、閉じていた目は見開かれ怒りに染まっていく。

 剣を持たない手で男を突き飛ばしたクレアは怒りのままに剣を振りかぶり追撃する。


「ぅあーーーーーーーーッ!!!」


「ひいいいいいい!!!」


 試験官の男にクレアの剣が突き立てられようかとした瞬間、地下室に剣のぶつかり合う音が響く。

 レイヴンの剣がクレアの剣を弾き飛ばし、ランスロットがクレアの体を押さえて動きを止めたのだ。


「そ、そこまで!」


 あっと言う間の出来事に立会人が試験終了の合図を宣言する。立会人と試験官の男は逃げる様にその場を立ち去って行った。


 激しく呼吸を乱したクレアは、剣を振り下ろした姿勢のまま自分の手を見て震えていた。


「あ、あぶねー!ギリギリだったな」


「クレア。もう終わったぞ。良くやった」


「うわあぁぁぁん!!!」


 レイヴンの声を聞いたクレアは、大声で泣きながらレイヴンに抱き着いた。

 わんわんと泣きじゃくるクレアを優しく抱きしめてやる。


 自分の血を見たクレアが取り乱した理由は恐らく、魔物堕ちした時の恐怖が蘇ったのだと思う。

 幼いクレアが感じた痛みと恐怖は計り知れない。

 もっとその事を考えてやるべきだった。


(すまない、クレア……)


 けれど、その気持ちが言葉に出来ない。言葉にしようとしても、上手く出て来ない。

 考えが足りない自分への苛立ちが募るばかりだ。


 ランスロットもそれを察していた。

 さすがにこんな結果は予想していなかった。レイヴンばかりは責められない。

 クレアは魔物混じりの中でも特殊な存在なのだという事に留意しておくべきだった。


「俺が登録証を受け取って来るから、二人は先に宿屋に行っててくれ」


「分かった」




 ようやく泣き止んだクレアを連れ、宿を目指して街を歩く。

 最初に感じなかった住民達の視線がやけに多い。原因は分かっている。

 組合を出てからずっと、クレアがレイヴンの体にしがみ付いて離れないのだ。


「人さらいか?」


「いや、でも女の子がしがみ付いてるから違うんじゃないか?」


 参った…。

 悪意の視線や言葉には慣れているが、これは違う。どうにも居場所がない様に感じて落ち着かない。

 宿屋に着いてもクレアはレイヴンから離れようとしなかった。泣き止んではいるものの、掴む手の震えが止まらないでいた。

 こんな時、ランスロットやリヴェリアならどんな言葉をかけてやるのだろうか…。


「戦うのが怖いか?」


 クレアは首を横に振って応える。

 戦うのが怖い訳では無いのなら、やはりあの時の恐怖が原因なのだろう。


 レイヴンは自分がクレアに何が言ってやれるだろうかと考え、ゆっくりと話し始めた。


「クレア、俺はお前に一人でも生きていける強さを身に付けて欲しいと思っている。冒険者登録の事は悪かった。別に殺し方を教えたい訳じゃ無いんだ。けど、力は必要だ。それは他人を傷付ける為の力じゃない。自分の身を守って生き抜く為の力だ」


「……」


「逃げたいなら逃げても構わない。誰もお前を責めたりしない。でもな、逃げられ無い時がある。守る為にだ。前にしか進めない時がある。前にしか道が見えない時がある。たった一人、暗闇の中を進まなければならない時がある。それでも前に進むしか生きる道は無い。立ち止まれば死ぬしかない。そういう世界に俺達冒険者は生きている。だから、その……生きろ、クレア。死なない為の力を身に付けるんだ。お前ならきっと出来る筈だ」


「……」


「す、すまん。喋り過ぎた。あまりこういうのは慣れていないんだ。今のは俺の独り言だと思ってくれ……」


(俺としたことが、らしくない。長々と喋って何をやっているんだ……)


 


 らしくない言葉は、少しはクレアに届いただろうか?

 一度植え付けられた恐怖はなかなか消えない。けれど、恐怖を乗り越えることが出来たなら、それはクレアにとって生きる強さの糧になる。

 がむしゃらに前へ進むしかなかった自分と違って、クレアには後ろへ退がる道もある。本当は立ち止まったって良い。

 自分には選択肢が無かっただけだ。何もクレアが自分と同じ道を進む必要は無い。


(分からない……。どうすればいいんだ……)


 レイヴンは気付かない。

 いつの間にか、クレアの手の震えは止まっていた。

 その手は優しくレイヴンの体を包んでいた。

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