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vs暴走レイヴン④

 

 此処は何処だろう?


 エレノアが気が付くと知らない森の中で木にもたれて座っていた。

 体のあちこちに痛みがある。立ち上がろうとしても足が妙に重い。


「マクスヴェルト?シェリル?二人共何処ですか?」


 聖剣デュランダルの声を聞く。

 マクスヴェルトはそう言って魔法を発動させた。


 きっと近くにいる筈だと思って気配を探って見ても、感じられるのは虫や獣の気配ばかり。

 どうやら付近には魔物も数体潜んでいる様だ。


 エレノアは腰に下げていたデュランダルを抜き放って周囲を警戒する事にした。

 しかし、手に持ったのはデュランダルでは無く、その辺りに落ちている木の棒だった。


「これは……」


 よく見てみるとエレノアが着ていた服と鎧はボロ布へと変わっていた。

 所々破けて肌が見えて血を流している。


 それは紛れもなく子供の体で、長かった髪も白髪では無かった。


 徐々に思い出される古い記憶。

 幼い日のエレノアは森に迷い込んで彷徨った挙げ句、魔物に襲われた。

 逃げる事も抵抗する事も出来なくて、魔物に体を食いちぎられていく自分の体を薄れていく視界で眺めていたのを覚えている。


「マクスヴェルト!シェリル!何処ですか⁈ 私は此処です!私は……」


 その時だ。

 茂みから突然飛び出して来た小型の魔物がエレノアの腕を引っ掻いた。


「……ああッ!」


 普段ならどうという事は無い弱い魔物。いつものエレノアなら簡単に倒せる相手だ。

 けれども、小さな子供の視覚には小型の魔物がやけに大きく強大な存在に感じられた。


 瞬間的に悟ったのは己の無力さ。


 “勝てないかもしれない”

 “死んでしまうかもしれない”


 小さな体と傷付いた腕。碌な防具も無いままに、頼りない木の棒だけで魔物をどうにかしなければならない。

 エレノアは姿勢を低くしていつでも反応出来る様に構えた。

 腕をダラリと下げ、木の棒は地面すれすれを保つ。


(そうだ……)


 エレノアはハッとして息を呑んだ。


 魔物を前にして自然と取ったその構えはレイヴンと同じ構えだ。

 何の力も無い自分が魔物を相手に生き残る為に編み出した構え。どうにかしなければという強い思い、生きようとする意思がこの構えへと導いた。


(どうして忘れていたんだろう……)


 レイヴンも同じだ。

 こうやって自分よりも強い相手に立ち向かって来た。

 勝てる勝てないじゃ無い。

 生き延びる為に、今を生き延びて明日という日を迎える為に。


 それはいつの間にか忘れていた“生きる事への執着心”

 必死になって生きようと踠いていた頃の気持ちだ。


(私は自惚れていた……)


 フローラによって命を取り留め、最強の魔鋼人形とまで呼ばれる様になった。

 レイヴンに敗れ、自分の心にも負けて魔物堕ちまでしてしまった。


 願いの力によって新しい体を手に入れて、聖剣デュランダルまで貸し与えられた。


 “自分は強い”

 “もう誰にも負けない”


 生と死とは無縁の自己満足。

 自惚れ以外の何でも無い。


 自分よりも強い存在は幾らでもいる。

 そんな簡単な事ですら忘れていた。


「うおおおおお!!!」


 小さな体に目一杯力を溜めて、一歩を踏み出した。

 流れる景色は止まっているかの様に遅く感じられる。意識が先行している様な、そんな不思議な感覚が鮮明に分かる。


 木の棒で魔物を倒せるのか?

 違う。倒すしか無い。

 生き延びる為には必死になって足掻くしか無いのだ。


 魔物はそんなエレノアを嘲笑うかの様にエレノアの攻撃をヒラリと交わして足に噛み付いて来た。


 幼い体に魔物を振り払う力は無い。ならば喰いつかせていれば良い。

 どうせこの傷付いた足では魔物を追えない。


 渾身の力を込めて木の棒を振り下ろす。


 何度も何度も何度も何度も。

 何度でもだ。


 それでも魔物は怯まないどころか、遂にはエレノアの足を喰いちぎってしまった。

 魔物の硬い表皮は木の棒の殴打などものともしない。どれだけ打ち付けても、血の一滴すら流させる事が出来無い。


 エレノアは直ぐ様ボロ布を破いて足を縛りつけた。


「それがどうした……!」


 こんな所では死ねない。

 レイヴンを救った後もやりたい事が沢山ある。


 エレノアの気迫に気圧されたかに見えた魔物は、口に咥えていた足を放り投げて突進して来た。


「うぐあああっ!」


 片足で立つエレノアが魔物の突進に耐えられる筈も無く、枯れ枝の様に細く痩せこけた体は軋みをあげて大地を転がった。

 泥と自分の流す血で片目の視界がはっきりしない。落とした木の棒を拾おうと手を伸ばすエレノアに魔物は容赦しなかった。


 エレノアは魔物に咥えられたまま引き摺られ、体にはもう殆ど痛み以外の感覚が無くなっていた。

 それでも諦めない。

 今、生きる事を諦めたら何も残らない。


 いつしかエレノアの頭には聖剣デュランダルの事もレイヴンの事も、マクスヴェルトの事すらも消えていた。

 エレノアの心にあるのは“生き延びる事”

 ただそれだけだった。


「負けるものか…私は……生きる!生き延びてフローラ様や国の皆を守るんだ!お前なんかに殺されてやるもんか!」


 ようやく掴んだ木の棒を魔物が開けた大きな口を目掛けて突き出した。

 片目が塞がっているせいで距離感はあてにならない。


「いっけええええ!!!」


 だとしても、エレノアに迷いは無い。

 この攻撃を外したら?当たったとしても倒せなかったら?そんな疑念は何も無い。

 ただ真っ直ぐに突き出せば良い。


『見事だ』


 短く響いた無機質な声が聞こえた瞬間に、エレノアの視界を眩い光が覆い尽くした。


 次第にはっきりとしていく視界。


 エレノアの目の前には元の自分と同じ、聖剣デュランダルを腰に下げた白い髪のエレノアが立っていた。



「……これは」


『力に溺れてしまう様な軟弱な者に、私の主たる資格は無い。目は覚めたか?』


「ま、魔物は⁈ 魔物は何処に⁈ 」


『落ち着け。全てお前を試す為の幻だ』


「幻⁈ で、でも!あの痛みは確かに……」


 もう一人のエレノアは困惑するエレノアの体を指して、千切れた筈の足がある事を確認させた。


『一度しか言わないからよく聞いて覚えておけ。私は確かに封印や補助を得意とする聖剣だ。が、しかし……その本質は鏡だ。姿形を変える事など造作も無い。望むなら天馬にでもなろう。だが、忘れるな。私はお前の心を映し出す鏡なのだという事を。全てはお前の心の在り方次第だ』


「鏡……」


『何を惚けている。さっさと立て』


 もう一人のエレノアはそう言って手を差し出した。


「で、ですが、私は魔物混じりで……」


『ふん。くだらん事を気にする奴だ。“それがどうした” お前がそう言っただろ?』


「……」


 目の前の戦いにばかり気を取られて、自分自身が生きる意味を蔑ろにしていた。

 レイヴンを救う事は恩返しだ。やりたい事は他にもある。生きて皆の待つ国へ帰るのだ。魔鋼の匂いと熱気の漂うあの街へ。


 エレノアは握り締めたままの木の棒をしっかりと掴んで、もう一人のエレノアの手をとった。


『宜しく頼むぞ。我が新たな主。光〈エレノア〉の名を魂に刻む者よ。私を失望させてくれるなよ?』


「勿論そのつもりです!さあ、行きましょう!デュランダル!」



 再び眩い光に包まれたエレノアは現実の世界へと戻って来た。


 周囲に広がる尋常で無い魔力の渦。

 レイヴンとアラストルの戦いによって生じた剣撃の音が衝撃となってエレノアの肌に叩き付けられる。


「流石。リヴェリアが認めただけの事はあるね。万が一って思ってたけど、僕達の出番は無かったね」


「まさか本当に聖剣に認められるだなんて驚いたわ。でもきっと、リヴェリアにはこうなる事が分かってたのね」


「心配をおかけしました。しかし……竜王陛下には、なんと言ってお詫びをすれば……」


 聖剣デュランダルはリヴェリアから借り受けた竜人族の秘宝だ。

 無事にデュランダルの声を聞く事は出来たものの、果たして自分の物にしてしまって良いのだろうか。

 エレノアはそんな事を考えていると、デュランダルが口を開いた。


『気にするな。私はもうお前を主と認めた。ずっとあの爺の元で退屈していたんだ。あのお天馬娘が何か言って来たら、“手放したお前が悪い” とでも言ってやれ。それに、私はあいつの持つレーヴァテインが嫌いだ。この間はよくも私の術式を……!』


 デュランダルはリヴェリアの持つレーヴァテインが相当に嫌いらしい。

 お喋りなマクスヴェルトが口を挟む余地の無いまま、つらつらと不満を口にしていた。


「ま、まあ、とにかく良かったよ。リヴェリアもきっと最初からエレノアに渡すつもりだっただろうから……」


 今はとにかくレイヴンの魔力を少しでも消耗させる事が先決だ。


 エレノアはデュランダルを宥めて魔力を込めた。


 今までとは明らかに魔力の流れ方が違う。デュランダルの持つ情報が頭の中に流れ込んで来る様だ。


『理解したか?それが私の力だ』


「はい。シェリル、マクスヴェルト。始めましょう。皆が待っています」


 エレノアは自信に満ちた表情で聖剣デュランダルの力を解放した。



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