vs暴走レイヴン②
戦斧を握る黒い影は、レイヴンよりも更に巨大な体躯をした偉丈夫だ。
落下の衝撃と戦斧の一撃の破壊力は絶大な破壊の力をを齎す筈だった。それをレイヴンは無造作に掲げた左腕一本で受け止めてしまった。
「……今のを受け止めるか」
だが、それでも効果はあった。ぶつかり合う衝撃でレイヴンの立っていた周囲一体の地面が陥没して飛び立つ事を阻止する事に成功したのである。
「な、何⁈ 」
「魔人がもう一体⁇ マクスヴェルト!ステラ!説明を!」
焦ったエレノアはカレンとシェリルの腕を掴んで半ば無理矢理にレイヴンから距離をとった。
レイヴン一人を相手にするだけでも手に余るというのに、この状況で魔人がもう一体出で来るなど想定外も良い所だ。
シェリル達の表情を見る限り敵では無い様に思われるが、説明を聞くまでは安心出来ない。
マクスヴェルトはエレノアに落ち着く様に合図をすると、巨大な戦斧を構える偉丈夫に向かって言った。
「やあ。もう妖精王は辞めたのかい?アルフレッド……いや、魔人アラストル」
戦斧を振って土煙りを払った偉丈夫はマクスヴェルトには目もくれずにレイヴンの方を見つめていた。
レイヴンと同じ漆黒の鎧。背中にはコウモリの様な黒い翼が生えている。手に持つ戦斧は鈍器の様に重厚で一目見ただけで普通の人間には到底扱えない代物だと分かる。
「勘違いするな。俺をアラストルと呼んで良いのはこの作戦が終わる迄だ」
体からみなぎる魔力は加護を受けたカレンとエレノアを優に凌ぐ。
知らない者からすれば、まさかこの偉丈夫が妖精王アルフレッドと同一人物だなどとは夢にも思わないだろう。
「ええ⁈ え……ア、アルフ……ええ⁈ 」
混乱するエレノアを他所にマクスヴェルトは話を続けた。
「その様子だと、力は衰えていない様だね」
「……当然だ。いずれこの日が来る事は分かっていた」
魔力ではレイヴンの方が圧倒的に勝っている。けれど、単純な力比べであればレイヴンの動きを止められるだけの力がある。
それだけでもアラストルが駆け付けてくれた意味は非常に心強い。
「アラストル!来てくれたのね!」
「はい。もう義姉上だけを戦わせはしません。俺の後悔はここで拭わせてもらう」
「アラストル……ありがとう!貴方が来てくれて心強いわ!」
レイヴンの父親であるアイザックの実弟にして、かつて魔界における実力者として名を馳せていた化物。一説には兄である魔王アイザックすらも凌ぐ戦闘力を持つとまで言われた豪傑。それが現妖精王アルフレッドの正体だ。
このタイミングで現れたのは元の姿に戻るのに時間がかかったからだろう。
「それで?その姿になったからには何か良い案があるんでしょうね?」
「ふん。相手は暴走状態のレイヴンだぞ?そんな都合の良い策がある訳が無いだろう。死力を尽くして全力で戦うだけだ」
「よね……」
それもそうだ。
カレンは苦笑いを浮かべてアラストルにも加護を付与すると、レイヴンとの戦闘に専念する事にした。
今のレイヴンを相手に小手先の技など何も通用しない。かと言って無闇に力を使い過ぎれば足止めどころでは無くなってしまう。
悶々とした時間が流れる中、アラストルは果敢にレイヴンを攻め立てた。
魔力では敵わなくとも、アラストルの剛力はレイヴンにも十分に通用する。
「ちょ、ちょっと一人じゃ駄目よ!アラストル!」
アラストルは強引にレイヴンを押し込む様にして戦斧を振り下ろし、思いの丈を叫んだ。
「レイヴン!俺が妖精の森でお前に言った事を覚えているか!」
「……」
ーーー願いの力を持つ存在はいつだってそうだ。願いの為に生き、願いを叶える為に生き。自分の為に生きる事をしない。まるで他人を生かす為だけに生まれ来た様な存在だ。
覚えておくと良い。知っておくと良い。心に刻むと良い。それは優しさでも無ければ慈愛でも無い。自己満足でも自己犠牲ですらも無い。ただの悲劇なのだと。
呪いにも似た君の優しさは毒でしかない。他人と自らを滅ぼす猛毒だ。狂気と言っても良い。
自分の為に生きられない存在が、どうして幸せになれるだろうか。世界をどれだけ照らしても、世界にどれだけ花が咲き誇ろうとも、君の世界が自ら輝く事は無い。
勘違いしないで欲しい。最初に言った様に私はそんな君を尊敬し、尊いとさえ感じている。
他人の幸せを願う事が悪いのでは無い。他人を生かす事が悪いのでは無い。私は君にこう言いたいのだ。
自分を殺し続けるのは止めるべきだと。
レイヴンを見たアラストルが最初に感じたのは存在の希薄さだった。
超常の力を持ちながら、他者の為に力を振るう。それは誰にでも出来る事では無い。しかし、肝心のレイヴンから生きる事以外の欲求が殆ど感じられ無かったのだ。それをレイヴンが望むのならそれでも良い。けれども、レイヴンはもう一人では無い。レイヴンの帰りを待ち望んでいる仲間がいる。
「もしも、あの言葉を覚えているなら、もう自分を殺すのは止めろ!いいかレイヴン、人はお前が思っている程軟弱では無い!お前が出会って来た者達は皆、弱かったか?」
「……」
アラストルはレイヴンの赤い目が僅かに揺らいだのを見逃さなかった。
魔剣の支配を受けていても、レイヴンの意識はまだそこにある。
「そうだ。人は暗闇に囚われたままの弱者では無い。人はいつか歩き出す。お前の父はどんな状況にあっても歩き出す人間の可能性を信じていた。種族は違えど、同胞を同じ様に導けたならと、口癖の様に言っていた。ならばお前も歩き出せ!人の為では無い、自分の幸せの為に!!!運命など捻じ伏せてしまえ!戻って来い!レイヴン!!!」
ーーードクンッ!!!
魔剣の鼓動が鳴り響くと、それまで抑えられていた魔力が暴発した様に周囲一体を薙ぎ払ってアラストルを吹き飛ばした。
バチバチと異音を響かせ大地を抉っていく。
「アラストル!」
「だ、大丈夫だ。それより……」
「ああ。お手柄だよアラストル。レイヴンの意識が表に出ようとしてるんだ」
レイヴンは変わらず最初の位置から動いてはいないものの、頭を抱えて蹈鞴を踏む姿からは確実にアラストルの声が届いたのだと予測出来た。
闇雲に周囲に赤い雷を降らせては、魔力を吐き出している。
「……いよいよ本番という事かしら」
レイヴンの意識が戻れば希望の光はより強く輝く。けれど、それだけでは魔剣の支配が解ける事は無いだろう。
「なら、私が先鋒を務めます。力で敵わなくとも、撹乱程度にはなる筈……」
「待った。あの赤い雷に触れたらエレノアでも無事じゃ済まないよ」
「しかし……!」
マクスヴェルトは聖剣デュランダルを構えて飛び出そうとしたエレノアを止めて、虚空に向かって手を伸ばした。
空間の歪みから取り出したのは一振りの剣。片刃になっているその剣は、所謂、刀と呼ばれる武器だ。
「マクスヴェルト……その刀……」
聖剣でも無ければ魔剣でも無い。
珍しい物には違いないが、探せば何処の街の武器屋にでもありそうな、ありふれた刀にしか見えない。
「リヴェリアに頼まれてね。風鳴のダンジョンまで新米冒険者達と一緒に取りに行ってたんだけど……何せずっと地下に置いてあった影響でかなり痛んでたから、僕の弟子第一号マリエに頼んで、魔法による修復をして貰ってたんだ。それがたった今出来上がったって連絡があったんだよ」
「風鳴のダンジョン……」
ステラは今ではダンジョンの地下に埋れてしまった遺跡を思い出して目を伏せた。
「ステラ?」
「えっと……その……」
「僕が説明するよ。あのダンジョンには秘密があってね。地下には地図に記されていない空間が存在しているんだ。それを嗅ぎ付けたのが盗賊で、遺跡を見つけたのはレイヴンだ。あそこにはシェリルのお墓があったんだよ」
「私の……なら、その刀はやっぱり……」
「ああ。シェリルが昔使っていた刀だよ」
マクスヴェルトはシェリルの墓についてそれ以上多くを語らなかった。
シェリルの墓を掘り起こして腹にいたレイヴンを蘇生させたのはステラだと分かっている。今更それを蒸し返したくは無いと思ったからだ。
「刀があればシェリルは本来の戦い方が出来るけど、レイヴンの魔剣相手には……」
「まあね。そこで、聖剣デュランダルの出番さ」
「……?」
マクスヴェルトは聖剣デュランダルについて語り始めた。
と言ってもマクスヴェルトの話は長い。アラストルとカレンは引き続きレイヴンの警戒を行い。ステラが防御を担当している間に説明を終える形を取る事にした。
「良いかい?聖剣デュランダルは竜人族の長が代々受け継いで来た秘宝中の秘宝。形状を変えるだけが聖剣デュランダルの力じゃ無いんだよ」
「他にもまだ秘めた力が?しかし、この聖剣は竜王陛下より一時的に借り受けたに過ぎません。それに私は魔物混じりです。こうして聖剣を扱えている事ですら奇跡の様なもので……」
エレノアの言葉を聞いたマクスヴェルトは、その言葉が聞きたかったとばかりに食い付いた。
「それだよ!聖剣とは本来、聖の魔力を持つ者にしか扱えない。魔の気配を感じると、それを穢れと判断するからだ。なのに、エレノアは聖剣を扱えている。アラストル……じゃなかった、アルフレッドから貰った妖精族の腕輪もだ。それには聖剣デュランダルだけが持つ特性が大いに関係しているんだよ」
「マクスヴェルト、話が長いわよ。もう少し手短にお願い」
「ふふ、君にそう言われるのも随分と久しぶりだね。なんだか懐かしいよ」
「マクスヴェルト……」
シェリルの呆れた顔を見たマクスヴェルトはしまったという顔をして話を戻した。
「聖剣デュランダルは元々、封印や浄化の力といった、補助に特化した力を持っている。要は、その力をシェリルの刀に付与出来れば良い。そうすればレイヴンの力を浄化させる事も可能さ。加護を受ければ、聖剣と同等の強度を得る事も出来るからね」
「しかし、私にはそんな事……」
「いいや、出来るさ。エレノアがデュランダルの声を聞く事が出来ればね」
マクスヴェルトはエレノアの手をとって指を鳴らした。