vs暴走レイヴン
クレアが意識を取り戻す少し前。
魔物堕ちしたレイヴンを足止めする為にマクスヴェルトを中心に激しい戦闘が繰り広げられていた。
レイヴンはクレアを救った後、再び魔剣の力を発動させようとしたところで完全に体の制御を失ってしまった。
肥大化した体に合わせて再構築された漆黒の鎧。パラダイムで魔剣が暴走した時に見せたのと同じ、異様で巨大な形に変化した魔剣からは赤い魔力が漏れ出している。
魔剣を振った衝撃だけでマクスヴェルトの展開している強固な結界に亀裂を走らせたのをきっかけに誰かが叫んだ。
「走れッ!!!」
転移魔法を駆使したルナが、絶妙なタイミングでクレアを手元の引き寄せたのと同時に作戦が始まった。
暴走するレイヴンを相手に時間を稼ぐのはシェリル、カレン、ステラ、カレン、マクスヴェルトの四人だ。
クレアを奪われたと勘違いしたレイヴンが動き出す前に、カレンの特集能力『軍神の大号令』の加護を受けたシェリルとエレノアがレイヴンに向かって突撃を敢行した。
「防御は気にしなくても良い!僕とステラで引き受ける!」
レイヴンの魔剣『魔神喰い』はレイヴンの意思とは関係無く無差別に攻撃を始めている。赤い雷に触れてしまえば如何にカレンの能力で強化されていても消し炭にされかねない。
ランスロット達がクレアを背負って走って行ったのを確認した所で戦闘開始だ。
「エレノア!私とシェリルに合わせて!」
戦列に加わったカレンとシェリルの連携の取れた動きはぴったりと呼吸の合った素晴らしい物だ。近接攻撃を主体とするカレンと剣の間合いを最大限に活かしながら立ち回るシェリル。どちらも一瞬視線を交わしただけで最適の行動を行なっている。
エレノアは聖剣デュランダルを握り締めてレイヴンとの戦闘を思い出していた。
本能のままに動いている様でいて、流れる様に繰り出される剣。力強く踏み出された足は相手との間合いを一足飛びに消し去ってしまう。右へ左へ、縦横無尽に振るわれる剣の軌跡を脳裏に思い浮かべるのだ。
「私は私に出来る事をする。レイヴン、待っていてください。必ず助けてみせます……。デュランダル!」
聖剣デュランダルが一層強く輝くと美しい長槍へと姿を変化させた。
二人の呼吸を乱す事なく流れの一部になる為だ。
三人がかりの猛攻は最早常人の目では到底追う事が出来ない次元になっていた。
それでもレイヴンは怯むどころか、魔剣で全ての攻撃を防いでいる。
「くっ……!」
「ちょっと!本当に魔物堕ちしてるんでしょうね⁈ 」
力の差は歴然としている。
どんなに死角から攻めてもレイヴンはまるで動じない。
赤い目はクレアが去った方向を見つめたまま。
体だけが勝手に戦っている。そんな不気味な印象を受ける。
「マクスヴェルト!確認します!レイヴンは完全な魔物堕ちの状態なのですよね⁈ 」
レイヴンは、砕けたクレアの心を取り戻し、常世の姫とクレアの魂をあるべき姿へと戻す事に成功した。けれど、それにはレイヴンの持つ魔力だけでは足りなかった。ニブルヘイムで見せた魔剣の本当の力を扱うには膨大な量の魔力が必要だったのだ。
マクスヴェルトが想像するに、レイヴンは一度魔物堕ちしていたクレアを再び元の状態に戻すには、常世の闇を喰らって膨大な魔力へと変換させる必要があると判断したのだ。
そこまでは良かったのだが、問題は同時に“魔剣の本能” を呼び起こす事にもなった事だ。魔物堕ちに加えて魔剣の暴走。状況は最悪だが、それでも世界が滅んだ時よりはマシだ。
「間違いなく魔物堕ちしてるよ!だけど、体の制御は本能に目覚めた魔剣が握っているんだ!」
「本能⁇ それはどういう事ですか⁈ 」
レイヴンが今陥っているのは冒険者の街パラダイムで見せたという魔剣による支配を受けた状態だと考えて間違い無いだろう。レイヴンから魔剣を奪えれば、正気を取り戻す可能性はある。しかし、魔物堕ちした状態でレイヴンが剣を手放せば、それこそ一大事だ。
作戦どころの話では無くなってしまう。
「魔神喰いは聖剣と魔剣の反発する性質を強引に押し込めて、一本の魔剣として鋳造してあるの!常世の闇を喰らい尽くした事で魔剣と聖剣の力の均衡が崩れてる!今までは心臓が失った分の魔力をレイヴンに送っていたのだけれど、レイヴンが魔物堕ちした事で膨大な量の魔力が行き場を無くしてるの!!!」
ステラは魔神喰いを作った張本人だ。ただでさえ強力な魔剣と聖剣を一本の魔剣として鋳造するにあたって最も苦心したのは聖と魔という対極にある力を抑える事だった。
ルナの心臓は余剰魔力を持ち主であるレイヴンへ。そのままにしておいた神と悪魔から受けた呪いは、レイヴンの力を抑制する事と、魔剣本来の力を封じ込める為に残していた。
「魔剣や聖剣というのは、ある一定以上の段階にまで来ると、自由意思を持つ様になるんだ。リヴェリアのレーヴァテインみたいにね!」
「成る程……!うっく…!!!あの鼓動にはそんな理由が」
「魔剣の意思ね。私の魂が魔剣の中にあった時には何も感じなかったのに……」
シェリルもレイヴンの魔剣の制御に一役買っていた。それ程大きな抑止力にはならなかったが、他に魔剣の意思となる様な反応は何も無かった。
「それは魔剣が最大出力では無かったからよ。そうなる前にレイヴンが使っていたから発現しなかっただけ!」
「確かに。だが、これでようやく納得した」
レイヴンが魔剣の力を発動させる時は決まって魔物の大群を相手にする時だ。
それだけの相手を倒して始めて、正常な状態の魔力量を維持出来るという仕組みだった様だ。
はっきり言って馬鹿げている。
レイヴンにしか扱えない魔剣として作られた事は分かるが、仕組みそのものに無理がある。使えば使う程、魔物堕ちするリスクが高まるばかりか、一つ間違えば魔剣そのものが世界を滅ぼしていたかもしれない。ステラがそれを望んでいたのだから、後の事など考えていなかったと言われればそれ迄だが、あれだけの力を発揮しても最大では無かったのかと呆れるばかりだ。
「何せ聖剣と魔剣、二本分だからね。そうじゃなきゃ今頃、レイヴンの力に耐え切れなくて折れてるよ」
「今はとにかくレイヴンに魔力を消耗させて!それから魔剣の破壊を試みては絶対に駄目よ!知ってると思うけど、レイヴンは素手の方が強いから!」
シェリルの言葉にエレノアが顔を痙攣らせた。
今の状態でも天と地ほどの力の差があるというのに、意識を奪っているであろう問題の魔剣を破壊する方が厄介な事になるだなんて酷い冗談だ。
「消耗?まるで相手にされていないんだけど?」
消耗も何も、レイヴンは未だ一歩たりとも動いていない。
魔力を使うと言っても、時折赤い魔力の雷が周囲の地形を抉っているだけだ。それでもカレン達にしてみれば相当量の魔力には違いないのだが、今のレイヴンが保持している魔力量を考えれば微々たる物でしか無い事くらい分かる。
「僕達の目的はあくまでも時間稼ぎだ!レイヴンがクレアの気配を失わない程度の距離を保ちながら移動する!」
「無茶だけどやるしか無いわよね」
「せめてレイヴンに意識が残っていれば少しはーーー」
レイヴンが自らの意思で魔剣の力を抑える事が出来れば、まだ可能性はある。そう言おうとした時、攻撃を防ぐだけだったレイヴンが白い翼を広げて上空を見つめた。
「不味い!飛ばれたらあっという間にクレアに追い付かれる!」
体を低く沈めたレイヴンが今にも飛び立とうとした瞬間に、上空から巨大な戦斧がレイヴン目掛けて振り下ろされた。