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冒険者の街へ

 

「流石だと言うべきか?まさか、ここまでとはな……」


 天空にある竜人族の里から地上の様子を伺っていたダンとミアは、レイヴンの魔物堕ちを確認したのと同時に、世界中に点在していた魔物混じり達の反応が消えた事を察知していた。


「だけど、それで生活に困る人達も中にはいるでしょうね」


「魔物混じりである事を逆手に取った者達の事か?」


 魔物混じりは禁忌の子。

 望むと望まざるに関わらず、人の枠からはみ出た存在だ。

 しかし、中にはミアが言うように魔物混じり特有の高い身体能力を使って生きる道を見出した者が一定数存在しているのは事実だ。

 これは善悪の問題というより、選択肢の問題だ。

 誰からも疎まれる魔物混じり達に選択出来る生きる道は限られている。

 仕方がないでは済まされない。けれども、それが魔物混じりとして生きるという事なのだ。


「よく気配を探ってみよ。魔物混じり達の全てが普通の人間になった訳では無い」


「え?」


 地上の気配を慎重に探ってみると確かにダンの言う通りだ。

 少数だが、魔物混じりの気配を感じる。


「これが……願いの力が神や魔の者に恐れられる所以じゃよ」


 願いの力は背中を押す力。

 膨大な魔力を媒介にし、世界の理に干渉して魂の救済を行う。

 本人が最も強く望む願望を叶えてしまう超常の力だ。


「お爺ちゃん、レイヴンは世界の理を書き換えたの?」


 魔物の力は闇の力に強く反応する事で活発になり、魔物混じり達が魔物堕ちするきっかけを作る。であれば、闇が無くなってしまえば魔物堕ちをする確率は格段に低くなると言えるだろう。


「いや、そこまではしておらん様じゃ。闇は魔の者だけが抱えているのでは無い。神も悪魔も竜人も精霊も妖精も、世界に存在する全ての者が少なからず闇を生み出し、心の内に抱えておる。無論、儂やミアとて例外では無い。レイヴンはその事を良く知っておる」


 レイヴンが行ったのは世界中にある闇を喰らう事。方法は至極単純だが、闇を喰らった事で魔物の発生が一時的に抑制された状態となった。

 やろうと思えば自らが神や悪魔に変わって世界の頂点に立つ事も出来ただろう。

 ダンにはレイヴンがわざとそうしなかったように思えた。


 誰もが清廉にして潔白であると認める者ですら、影には闇が潜んでいる。

 どんなに美しく見えても、光だけの世界など存在しない。もしも、そんな世界があったのなら、そんな物はまやかしだ。


「なら、レイヴンがそんな事をしても無駄だと思っているという事?」


 必要悪という言葉は言い得て妙だ。

 悪など存在しないに越した事は無いと誰もが思っていても、反対に正義で満たされれば良いと本気で思っている人間は驚くほど少ない。それでは息が詰まってしまう事を知っているからだ。


 全てが悪では無いにしても、口では何とでも言える。

 他人の不幸をわざわざ買う様な人間は本物の馬鹿か聖人だ。しかし、そういう人間の笑顔の下にも必ず闇が潜んでいる。

 お人好しに思われがちなレイヴンでさえ、無償の人助けなどしない。つまりは、そういう事だ。


「光と闇は表裏一体。どちらが欠けても我々は世界に存在する事が出来ん。人には逃げ道が必要なんじゃよ。強き者も弱き者にも、心の均衡を保つ為の逃げ道がな」


「それってなんだか矛盾してる……」


「如何にも。じゃが、それが生きるという事。誰もがリヴェリアやレイヴンのように真っ直ぐに歩き続けられる訳では無いんじゃよ」


 自分の思うままに世界の理を書き換えしまう様な脆弱な心の持ち主には、願いを叶える力は到底使いこなせない。強大な力に溺れてしまうからだ。


「人の醜さを知っているから?それとも、人の強さを知っているから?」


「両方じゃよ」


 レイヴンは、孤独を知り、人の醜さを知り、人の温かさを知った。

 温かさの裏に潜む憎しみも、自己犠牲も、他者を蹴落としてでも願いを叶えようとする純粋な悪も。

 そして何より、孤独を満たしてくれる友の存在を知った。

 何か一つ欠けていても、今現在のレイヴンが存在する事は無かった。


 だからこそ、レイヴンは無差別には闇を喰らったりはしなかったのだろう。

 芽生え生まれて来る闇と向き合うという選択肢を敢えて残した。


「私もレイヴンと直接話してみたいな」


「好きにすれば良い。今の長はリヴェリアじゃからな」


「その前にレイヴンをどうにかしないと……。本当に応援を送らないの?」


 リヴェリアが竜人族の長となった以上、以前のように中立を貫くとは限らない。

 しかしーーー


 二人の直ぐ後ろにはロズヴィックのいる光の繭が静かに鎮座している。


「手を出すな。それがマクスヴェルトからの伝言じゃ。お主はどうする?」


 ダンは光の繭の隣に立つルーファスに向かって疑問を投げかけた。


「どうもしない。俺は陛下がご無事で帰還されるならそれで良い」


「……レイヴンには言わなくて良いのか?」


「必要無い。まだやる事が山積みなんでな」


「シェリルにも?」


「ああ……」


 ダンとミアは顔を見合わせて深い溜め息を吐いた。


「そうか。お主がそれで良いなら、これ以上は何も言うつもりは無い。じゃが……」


「他言は無用だ。これは陛下もご存知無い事だ。ダン、俺はルーファスだ」


 本当によく似ている。

 ダンは地上へと視線を戻して、それきり話題には出さない事にした。




 ーーーーーーーーーーーーーーー




 レイヴンの力が“予定通り” に発動した事を確認したリヴェリアは、とある人物と一緒に待ち合わせ場所に向かって騎竜で南の空を駆けていた。


 西の彼方から感じる理不尽な魔力の塊はレイヴンのものだ。


「そろそろ街が見えて来た。降りるぞ」


「は、はい!」



 リヴェリアが向かったのは冒険者の街パラダイムだ。

 冒険者組合の前ではモーガンと職員達が何事かと空を見上げていた。


「久しぶりだな、モーガン。息災か?」


「え……あ、あの……」


「ん?どうした?私の顔に何かついているか?しまった……出掛けに食べた菓子か」


「い、いえ……そうでは無くてですね」


 モーガン達は騎竜から降り立ったリヴェリアに釘付けになっていた。

 美しし金色の髪にどんな宝石よりも輝いて見える金色の目。汚れ一つ無い純白の鎧姿は、まるで絵画を見ている様だ。

 そして腰に下げられた聖剣レーヴァテインが金髪の美女が間違い無く剣聖リヴェリアである事を教えてくれる。


 そんな美女は連れの女性に手伝って貰って顔を拭っていた。


「うむ!これで良いだろう。私がこの街に来たのは手紙で報せておいた事が現実となったからだ。なに、心配は要らないとも。万を超える魔物の大群から生き延びたのだ。“今回も” 期待している」


 リヴェリアはまるで自分の家に帰って来たかの様な自然な足取りで冒険者組合の中へと入って行こうとした。


「ま、ままままま!お、お待ち下さい!竜王陛下!陛下にはこちらで用意しておきました別室が……!」


「モーガン……。暫く会わない内に、私がそういう扱いを好まない事を忘れたか?」


「うっ……」


 柔らかな雰囲気の中に静かな怒りを宿した視線は、今度は別の意味でモーガン達を釘付けにした。


「リ、リヴェリアさん。王様に気を使うなだなんて無理に決まってますよ!」


 連れの女性は不穏な空気を感じると、慌てた様子で仲裁に入った。

 リヴェリアは連れの女性の赤い目に写った自分の顔を見て頭を抱えた。


「……そうだった。モーガン、すまなかった。私の配慮が欠けていた。レーヴァテイン、作戦開始までは封印を……」


 レイヴンとの戦闘に備えて本来の姿に戻ったは良いが、こうも反応が過剰になってしまうのは考えものだ。


『我が主。もうあまり時間がありません。そのままで良ろしいかと』


「むぅ……もうそんなに近くまで来ているのか。作戦開始までに少し話しておきたかったのだが……仕方あるまい。モーガン、警鐘を鳴らして民や冒険者達を避難させてくれ。それから、予め選出を頼んでおいたSランク冒険者達を集めて欲しい」


「リヴェリア殿。一つだけ宜しいですか?」


「何だ?」


 組合長の顔に戻ったモーガンは、リヴェリアが来てから、どうしても気になっていた事を聞いてみる事にした。


「どうしてそんなに自然体でいられるのですか?最強の冒険者と名高い魔人レイヴンの魔物堕ち。はっきり申し上げて、我々は死の淵に瀕しているに等しい。この様な危機的な状況で、どうしてそんなに澄んだ目をしていられるのですか……。手紙を頂いた時、私は組合を預かる長として、冒険者達に死ねと命じる日が来たのだと思いました。レイヴン殿の強さは異常だ……貴女がこの街に来て、レイヴン殿が魔物堕ちしたと聞いてから、震えが止まらないのです」


 以前の経験を元に冒険者の育成や街の防備にも力を注いで来た。今回戦う相手が万の魔物の大群なら、どれ程良かっただろうか。

 相手は最強の冒険者。魔人とまで呼ばれる最強の存在だ。

 如何にリヴェリアが剣聖と呼ばれる超一流の冒険者であろうとも、勝てる見込みがあるとは思えないのだ。


「私一人では、だ」


「……」


 リヴェリアはモーガンが何を言おうとしているのかを察して答えた。


「私一人ではどうにも勝ち目が無い。それは事実だ。しかしな、レイヴンはもうあの時のレイヴンでは無い。そして我々も。モーガン、人は変われる。希望はあるのだ」


 リヴェリアは凛とした表情でそう言うと胸を張った。


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