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目覚め。合流地点へ。

 クレアは暗闇の中で目を覚ました。

 最後に覚えているのは魔剣の力で闇を喰らい尽くそうとしているレイヴンの背中だった。


 自分以外の魔力の反応も、レイヴンの姿もトラヴィスの姿も無い。何処を向いても、ただ何も無い暗闇が広がっているだけだ。

 それでもレイヴンを探さずにはいられなかった。


 レイヴンは約束を破ったりしない。きっと迎えに来てくれる。全部終わったと、いつもの無愛想な顔で手を伸ばしてくれるに違いない。


「レイヴン……」


 レイヴンを探し始めてからどのくらいの時間が経ったのだろう?

 もう自分が何処へ向かって歩いているのかすら分からない。どんなにレイヴンの名前を叫んでも、全て暗闇に溶けて消えて行く。

 レイヴンが居ない事への不安と焦りは確かにあるのに、寂しくて悲しくて、とても辛い筈なのに……何故か涙は一滴も流れない。

 胸の辺りに感じる心の欠片の温もりだけが、それだけが唯一の希望だった。


「クレア」


 そんな暗闇に覆い尽くされた世界に温かい光が見えた。

 気のせいじゃ無い。自分の名前を呼ぶレイヴンの声が確かに聞こえたクレアは、声が聞こえた方向に向かって走り出した。

 足がもつれて何度も何度も転びそうになりながら、必死に光を目指して走り続けた。

 息が上がって足の感覚が鉛の様に重くなっていく感覚が限界に達した時、ようやく光の元へ辿り着けた。


 温かい光は淡い輝きを放つと、やがてレイヴンの姿になった。

 ボサボサの黒い髪、赤い目、無愛想な顔。差し出した手は温かくて、クレアを優しく引き寄せようとしてくれていた。


「レイヴン……来てくれた。ずっとずっと探してた。ずっとずっと、待ってた……。やっと……」


 レイヴンは少し葉に噛んだ様な顔で手を伸ばしているだけだったけれど、それでも良い。

 やっとレイヴンに会えた。

 迎えに来てくれた。


 クレアの手がレイヴンの手に触れようとした時だった。


 ーーークソガ……



 低く濁音の混じった声が聞こえると、暗闇しか無かった世界を見覚えのある赤い雷が満たした。


 赤く染まった空間に浮かぶ巨大な影。

 人であって人で無い者。

 背中には四枚の翼が生えていた。


「レイヴン……なの?」


 けれども巨大な影はクレアの言葉には何も答えなかった。

 代わりに増して行く異常な圧力は目の前にいるもう一人のレイヴンにのしかかっていた。


「今度はクレアに乗り移るつもりか?舐めるなよ。俺がこれ以上お前の好きにさせるとでも思っているのか?終わりだ。お前に救いは無い」


 聞き慣れた声は確かにレイヴンのものだ。

 けれど、その声はとても静かで、巨大な影が放つ尋常で無い圧力とはかけ離れていた。


 ゆっくりと伸びて来た影は目の前にいるレイヴンをあっという間に飲み込んでしまった。


「待たせて悪かった」


 一体何が起こっているのか分からないでいると、温かな六つの光がクレアを囲む様に現れた。


(もしかして……私の心?)


 呆然と立ち尽くしているクレアを飲み込む様に優しい光が広がった所でクレアの意識は途絶えた。





 ーーークレア!クレアったら!


(誰?)


 ーーー無理に起こしてやるなよ!休ませてやれって!


 ーーーだって!そんな事言ってる場合じゃ無いじゃん!


(ランスロット?それに、ルナちゃん?)


 ーーーあんた達!喧嘩して無いでしっかり走りなさいよ!


 ーーーお嬢のいる所まで逃げ切れなかったら作戦は失敗なんだから!


(ユキノさん、フィオナさん?)


 賑やかで懐かしい声だ。


 クレアは次第にはっきりとしていく意識と体の感覚を確かながら意識を浮上させていった。


「こ、此処は?」


「あ!クレアが目を覚ましたよ!ほら!ランスロット!クレアが目を覚ましたってば!」


「ばっか!お前が騒ぐからだろ⁈ 寝かしてやっとけば良いのによ」


 目を開けて最初に視界に飛び込んで来たのはランスロットの大きな背中だった。

 どうやら自分がランスロットにおんぶされているらしい事を悟ったクレアは、周囲を見渡して状況を確認しようとした。


 ランスロットの隣を走っているのはルナだ。反対側にはツバメちゃんに乗ったミーシャがいる。

 先導しているのはユキノとフィオナ。後ろにはゲイル、ライオネット、ガハルドが同じく走っていた。


「どうだ?体はどこも痛くないか?」


「う、うん……」


「レイヴンは今、カレン達が抑えてるから。僕達はその間にリヴェリアとの合流地点に向かって移動してる最中だよ」


 常世の主と同化したトラヴィスを倒したレイヴンはクレアを元の姿に戻した直後に完全な魔物堕ちに至ってしまったそうだ。

 その割にはルナ達に焦った様な表情は見られない。


「お帰りなさい。クレアちゃん。先ずはコレを飲んで下さい。すっきりしますから」


「あ、ありがとう……」


 ミーシャから渡されたのは回復薬だ。

 瓶に貼ってある紙にはミートボールパスタ味と書いてある。


「今はそれで我慢して下さいね。全部終わったら皆んなでリアーナちゃん特製のミートボールパスタを食べましょう!」


「え、あ……うん」


「……あ、もしかしてこれですか?レイヴンさんが魔剣の力を発動させたらこうなったんですよ」


 ミーシャは魔物混じりの中でも魔物の血がかなり薄かった。それでも片目は赤くなっていたのだが、今は両目とも普通の目になっている。


 レイヴンは魔剣を発動させた時に確かこう言った。


 “神と魔を喰らう魔神喰いよ。世界中の闇を喰らって願いを叶えろ。常世の主ごと喰らい尽くせ”


 常世の存在だった時の記憶がある今なら分かる。

 レイヴンは常世の闇を全て喰らい尽くすのと同時に、世界中の魔物混じり達から魔物の力を消し去った。途方も無い馬鹿げた話ではある。しかしそれは、暗闇の世界でトラヴィスに言った“お前に救いは無い” という言葉から真実であると推測出来る。

 それに必要な魔力も常世を喰らい尽くした事で補ったに違いない。


「ルナちゃんはどうして?」


 ミーシャの体から魔物の力が消えた証として目の色が元に戻ったのは分かりやすい変化だ。けれど、ルナは何も変わっていない。少しだけ薄くなった様な印象を受けるが、魔物混じりである事には違いは無い様だ。


「あー……僕は翡翠との契約があるから、そっちの影響かな。エレノアも赤い目のままだよ。多分、リアムの仲間達もね」


 ルナの話を聞く限り、レイヴンの力で魔物堕ちから生還した者には変化が無い様だ。であれば、おそらく自分も赤い目のままなのだろう。


「驚いたか?カレンも体から魔物の力が消えたんだぜ?今じゃ両目ともリヴェリアと同じ金色の目になってる。後で見たら驚くぞ」


「そうそう!雰囲気が全然違うよね〜。本人は赤い目を気に入ってたみたいだけど、魔物堕ちの心配が無くなったのは凄いよ!」


「だから!話していないでとっとと走る!団長達の防衛線が抜かれたら、次は私達の番なのよ⁈ 」


「だけど、せっかくクレアが……」


「口ごたえしないの!今は距離を稼ぐ事だけ考えなさい!クレアはまだ目覚めたばかりなんだから無理をさせないようにって言われたでしょ!」


「は、はい……」


 ユキノとフィオナは物凄い剣幕で怒っていた。リヴェリアの事を怒っている姿は何度も見た事があるが、こんなに怒る二人を見るのは初めてだ。


「……ちぇ、ランスロットのせいで僕が怒られたじゃん」


「俺のせいかよ⁈ 」


 ルナとランスロットのやりとりを聞いていた後ろの三人からも笑い声が聞こえて来た。


 それは忘れかけていた日常の風景そのものだ。中央でレイヴンに追いつく為に過ごした一年という歳月の中に当たり前にあった光景だ。


 また戻って来れられた。

 二度と戻って来る事が出来ない、見る事が出来ないと思っていた。


(だけど私は……)


 何も知らないクレアのままでいられたなら、皆んなの所へ戻って来れられた事を素直に喜べたかもしれない。けれども、今もう何も知らないクレアでは無い。


「クレア。まだ色々訳が分からないと思うけどさ、とにかくお帰り。詳しい事や細かい話はまた今度。僕達が“覚えていたら” だけどね。多分、お腹一杯食べたら忘れちゃうだろうなぁ」


「へへ、違いねぇ。ガハルドなんか真っ先に忘れてそうだもんな!」


「おめぇが言うんじゃねぇよ!」


「「「あははは!」」」


 どうして呑気に笑っていられるのだろう。

 レイヴンが完全に魔物堕ちした今。抗う力を持つ者は、この世界の何処にも存在しないというのに……。


 滅ぶと分かっているから明るく振る舞っているのだろうか?

 それとも、まだ夢でも見ているのだろうか?


「ルナちゃん、私……」


 クレアの不安を察したルナがクレアの言葉を遮った。


「レイヴンは魔物堕ちしたけど、いつかはそうなるって分かってたし、気持ちの準備も出来てた。リヴェリア一人では暴走したレイヴンを止められない。だけど僕達がいる。クレアもいる。絶対にレイヴンを助けてみせるよ。それから、クレアには渡しておきたい物があるんだ。はい、これ」


「これ……まさか、そんな……」


 ルナがクレアに渡したのはレイヴンが砕いた筈の魔剣エターナルだった。


「ガザフとユッカが超特急で修復してくれたんだ。あ、フローラもね。レイヴンと戦うなら必要でしょう?」


 クレアは魔剣エターナルを抱きしめて泣いていた。


 自分とエターナルの心を守る為に、一体どんな気持ちでレイヴンが砕いたのかと思うと胸が締め付けられる。

 その決断をさせてしまった事が情けなくて、悔しくて、涙が溢れて止まらない。


「……背中が大変な事になっちゃったね」


「光栄さ」


 ランスロットは泣きじゃくるクレアを揺らさない様に注意しながら、あの日と同じ様に加速した。



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