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 一気に超常の力を解放したレイヴンは、その圧倒的な力でもってロズヴィックを攻め立てた。

 抗う事を許さない猛攻の前に、ロズヴィックの体は再生が全く追い付かない状態にまで斬り刻まれ、なす術も無く大地に横たわった。


「「「……ッ!!?」」」


 あまりに一瞬の出来事に瞬きする間も無い。

 いくら弱っていても、竜化した上に魔物堕ちまでしているロズヴィックの力は、フルレイドランクの魔物どころの話ではない。

 それは実際に戦った常世の姫には良く分かっていた。しかも、自我を取り戻したロズヴィックを相手にとなると簡単では無い。

 それをこうも一方的に完封してしまえるレイヴンの力を形容する言葉が見つからない。


「ロズヴィック、聞こえているな?此処からが本番だ。正気を保っていろよ」


 ーーードクンッ!!!


 魔剣の放つ鼓動が結界越しにビリビリと伝わって来る。


「まだ上があるのか……」


 それはゲイル達と一緒に来ていたギルの呟きだった。

 レイヴンに相手にもされなかった理由は翡翠との戦闘で思い知らされた。

 ゲイルに憧れて騎士団に入ったギルにとって、戦う事は期待に応える事で、自分の為に戦うという考えは微塵も無かった。

 騎士であれば任務の為、信念の為に戦う事は当然の事だ。

 だが、レイヴンを前にした時、自分には信念など無かった。“ランスロットが勝てたなら自分にも” そんな邪念をレイヴンに見透かされていたのだ。

 そこには実力差以前の大きな隔たりがある。


「レイヴン!陛下を頼む!」


 気付けば、ギルはレイヴンに向かって叫んでいた。


 こんな化け物だらけの戦場で自分に出来る事は限られている。ならばこそ、日常を取り戻してもう一度レイヴンに挑むのだ。

 騎士もランスロットも関係無い。ギルという一人の人間としてだ。


 ギルの目に光が戻っている。

 どうやらルナと翡翠は上手くやった様だ。


「ああ、分かっている」


(俺が用があるのは取り憑いている奴の方だからな)


 レイヴンは、動けなくなったロズヴィックの巨体に魔剣を突き立てた。


「常世の主。お前が全ての元凶かどうかは問題じゃ無い。常世の住人がこの世界へ来てしまった事もだ。分かるだろ?」


 とても低く冷たい声だった。

 光の無い赤い目からは感情なにも伝わって来ない。


 今までも感情の起伏を感じ無い無気質な反応をする事はあった。ただし、それはレイヴンが皆と出会う前の話だ。


「喰らえ」


 突き立てた魔剣が赤く光るとロズヴィックの体がシェリルの時と同じ光の繭に包まれた。


「凄い……あんなに簡単に」


「それだけ魔物堕ちの症状が進行しているのよ……。もう時間が無い……」


 魔剣は超常の力を遺憾無く発揮して、ユラユラと揺れる赤い魔力を纏ったまま次の発動を待っている様だ。これまでバチバチと激しい音を立てて赤い雷を周囲に放っていたのとは明らかに異なる。


 ロズヴィックの再生が始まる事は容易に想像が付く。問題はもう片方の繭だ。


「ステラ、もしかしてアレが?」


「ええ。おそらくね……だけど」


 光の繭とは別にもう一つ、真っ黒な繭が出来ていた。

 常世の存在をクレアの体に封じ込めたのがトラヴィスだとして、ロズヴィックの中にいた常世の存在は一体誰が仕組んだ事なのか。それが分からない事には同じ事が何度でも繰り返される恐れがある。


 黒い繭は一度だけ周囲に瘴気を放つと、信じられない速さで形を変えて人の姿になった。

 顔と体には殆ど肉が無く、所々骨が見える。直ぐに動き出す気配は無い。こぼれ落ちそうな黒い眼球だけがギョロリとレイヴンを見つめていた。


(これが常世の主か……)


 これといって特別な力は感じ無い。

 そこにあるのは強烈な死の臭いと、どこまでも深い闇だ。


「ルナ。ロズヴィックを」


「分かった!」


 ルナは光の繭ごと結界の外へ転移させた。結界の維持にはシェリルとステラが参加している様だ。


(あの三人がかりの結界なら、これから始まる事にも耐えられるとは思うが……さて)


 様子を見ていた常世の姫がレイヴンの隣に立った。

 同じ常世の存在を前にして動揺しているのだろうか。先程までの狂気はなりを潜めている。


「レイヴン……」


「下がっていろ。まだ“お前の心” を取り戻していない」


「……どうして」


 クレアに戦う力があるかどうかなど、レイヴンにとっては些細な事だ。

 そんな事よりももっと大事な事が沢山ある。


「俺はただ、クレアには自分の力で生きて行ける様になって欲しかっただけだ。本当はもっと色んな事を教えてやれたら良かったんだがな。もう知ってるだろう?俺はそんなに器用じゃ無い。何をして欲しいのか上手く察してやる事も出来ないし、戦う事くらいしか教えてやれない。それにな、俺は本当はお前が思っている程、強くなんか無いんだ。だから……せめて、お前がもうこんな無茶をしなくても良い様にする。お前がお前でいられる様に、クレアでいられる様にする。今まで通り皆と笑っていられる様にする」


「……」


 常世の姫は自分の事をクレアだと言ったレイヴンをジッと見つめていた。


 レイヴンがそんな事を考えていただなんて知らなかった。

 てっきり自分が弱いのがいけないのだと思い込んでいた。

 隣に立つ為に必要なのは力だけじゃ無かった。


(ああ……やっぱりレイヴンだ。私の大好きなレイヴンだ)


 胸の辺りが温かい。これは自分の中に残った最後の心の欠片だ。

 レイヴンはもう一度生きろと言ってくれた。クレアであってクレアでは無い自分の事を認めてくれたのだ。


 必要なのは自分らしくある事。

 ただ、それだけで良かった。

 クレアという人格を作ってまで、大好きなレイヴンの側にいようとしたのも、全部レイヴンを苦しめただけだったのだ。それは本意では無い。レイヴンがそうである様に、常世の姫もまた、戦う事でしか触れ合う方法を知らなかった。


「下がれ!来るぞ!」


 レイヴンが喋り終えるのを待っていたかの様に常世の主が両手を広げた瞬間、何かが開く様な錆び付いた音と共に世界は闇に包まれた。


『厄介な事になりおったぞ……よりにもよって異界の扉を開きおった』


「そんな……常世と繋がるなんて……」


 ステラは狭間にある筈の常世が世界と繋がってしまった事に動揺を隠せないでいた。

 常世は死の世界だ。生きている人間が足を踏み入れれば立ち所に命を奪われてしまう。

 だが、同時に理解した。どうしてトラヴィスが魔眼を持っているのかを。


 奴は覗いたのだ。

 常世の闇を。それも生身の体で。


「ステラ!何か方法は無いの⁈ 」


「少し黙って!今考えてる!」


 いくら考えても解決法などありはしない。瘴気に満ちた大地は生気を失い、新たな魔物が生まれ始めた。こうなってしまってはステラの魔法でも打つ手が無いのだ。

 あるとすればレイヴンの力が頼りだが、既に数え切れない程の腐りかけの魔物が周囲を埋め尽くしている。


 ーーードクンッ!!!


 レイヴンは魔剣を発動させて周囲の魔物を根こそぎ魔剣に吸収していった。この時点で体への負荷は限界を超えつつある。


 それでも魔物の数は減らない。どれだけ吸収しても次から次へと新たな魔物が地面から這い出して来る。

 そんな中、予想していた通りの男が姿を現した。


「クククク……。ルーファス。貴方は間違いを犯しました。あの時、貴方は私をちゃんと殺しておくべきでしたよ?」


 トラヴィスが常世の主に触れると、殆ど肉の付いていなかった体に溶ける様に融合して取り込んでしまった。

 やはり魔眼を持つトラヴィスには常世の闇に対する適正がある。おそらくだが、トラヴィスの持つ魔眼は元々常世の主の物だ。


「本気でそう思っているのか?ならばトラヴィス。やはりお前はそこまでの男という事だ」


「クククク……この期に及んで強がりはよした方が良いのではありませんか?今更何を言っても無意味だと分かって後悔しているのでしょう?今、常世を支配しているのはこの私です。如何に魔人レイヴンと言えど……ひぃっ⁈ 」


 流暢に話すトラヴィスの直ぐ真横をレイヴンの魔剣が放つ雷が掠めた。


「それがどうシタ?今ノ、俺ニハ…全部、餌ダ……」


「くっ……どこまでも!ならばその魔剣で喰らってみれば良い!神も!悪魔も!常世に眠る膨大な魂でさえ!私の命令一つで動くんですよ!かつて貴方方が手も足も出なかった戦力以上の力が今!この私の手の中にあるのです!!!この世界は私の物だ!」


 此処に来て世界のほぼ全てを手中に収めたと高々に宣言するなど、それこそ無意味だ。

 確かに過去の大戦では、リヴェリア達ですら神と悪魔の連合には手も足も出せなかった。しかし、それはあくまでもシェリルとアイザックの意思を尊重し、世界が滅んでしまう事を回避する為だった。

 トラヴィスの目の前にいるのは、たった一人で世界を何度でも滅ぼしてしまえる程の力を持った正真正銘の化け物だ。

 神だの悪魔だのが束になってもレイヴンは意に介さないだろう。


「レイヴン……声が……」


 それは完全に魔物堕ちした者と同じ声だった。

 魔物を喰らう度にレイヴンの魔力は増大を続ける一方だ。


 魔剣を持つ手は震え、ようやく立っている状態だ。意識を保っていられるのが不思議でならない。


「ああ、時間切レ、ラシイナ……」


 シェリル達もハッとした様に息を呑み苦悶の表情を浮かべている。

 ただ一人、ルナだけは予想していたのだろう。冷静に翡翠を召喚すると、結界の強化を始めて、その時に備えていた。


「嫌だ……せっかく私に気付いてくれたのに!やっと私がクレアだって言えたのに!」


「ダイジョウぶだ。マタ、皆で笑エル……」


「嫌……嫌……そんなの絶対に嫌!嫌だよレイヴン……こんなの…こんな終わり方……私はレイヴンさえ居てくれれば、それで良いのに!」


 レイヴンは震える手をそっとクレアの頭に乗せ、片言になった言葉で優しく諭す様に言った。


「お前ハモウ、一人ジャ無イ。オ前ノ道ヲ行ケ。そノ為の道筋ヲ、俺が切り開イテヤル……生キロ、クレア」


「だったら私も一緒に戦う!今の私なら……ッ!!!」


 レイヴンを掴もうとしたクレアの手は魔剣の放つ異常な圧力によって遮られた。



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