クレアの真実と常世の闇
すみません。
遅くなりました。
瓦礫の中から這い出た常世の姫は闇に囚われた目でレイヴンを見据えて言った。
“どうして拒絶するの?”
死の臭いが立ち込める暗闇の中。
一人でいた自分に最初に声をかけて来たのはトラヴィスという名の男だった。
生きているモノに興味など無かったけれど、トラヴィスから漂って来る死の臭いは嫌いじゃ無かった。
話くらい聞いてやっても良い。そんな感じだったと思う。
トラヴィスは言った。
『生身の体があれば生者の世界に出られる。一人ぼっちで暗闇にいる必要も無くなる』
外の明るい世界には興味があったけど、体が無くて出来なかった。だから私は、暇つぶしについて行く事にした。
つまらなかったら、また暗闇に帰れば良い。
トラヴィスは言った。
『生者の世界には数えきれない死も存在すると。暗闇を抜け出しても餌には困らない』
餌があるならお腹が空いても大丈夫。
でも、本当は別にそんな事どうでも良かった。
「私は常世の住人。外に出てたところで、生きている人間や魔物の魂は食べられない。だからと言って、自分で命を奪うのもつまらないし、面倒だもの。暇つぶしが出来ればそれで良いと思っていただけ……」
「……」
トラヴィスが用意していたのは小さな女の子の体だった。
全部偽物。
人間と同じ造りだけど、魂の無い抜け殻だ。
その時は自分が入るのだから、その方が都合が良いと思っていたけれど、それは大きな間違いだった。
トラヴィスは私を小さな体に閉じ込めた。
「生身の体は私の魂を受け入れるには非力だったの。立つ事でさえ全身を激しい痛みが襲って満足に出来なかった」
トラヴィスは言った。
『こんな出来損ないは必要無い。失敗だ。実験体として利用しよう』
外の世界を見られたのはトラヴィスのおかげだけど、出来損ないの体に閉じ込めたのはお前だ。だけど、言わずにおいた。
どうせ死んだら常世の世界に来るんだもの。その時にトラヴィスの魂を食い散らかしてやれば良いと思ったから。
「トラヴィスは私を小さな体に閉じ込めたまま捨てた。食い破ってやろうとも思ったけど、途中で気を失ってしまったの」
「それが、あのダンジョンという訳か」
常世の姫は頷いてレイヴンの言葉を肯定した。
生まれて初めて人の体温を知った。大事に抱えてくれた手はとても温かくて心地良かった。
私を運んでくれたランスロットは、ずっと私に話しかけてた。
『頑張れ。もう少ししたら良くなるからな。死ぬんじゃないぞ!』
私は最初から死んでいるのに、ランスロットはずっと私に声をかけてた。
温かくて優しい言葉。体の痛みは消えないのに、胸の辺りが温かくなるのを感じた。
動ける様になったら、もう一度レイヴンに会いに行こう。ランスロットにも。
「……でも、私の体はもう限界だった。痛いのも苦しいのも嫌。もうどうなっても良いと思った。だけど、レイヴンは……レイヴンだけは私を見捨て無かった。私に生きろと言ってくれた。新しい体と居場所をくれた。嬉しかった……本当に、本当に嬉しかった」
「……」
初めて感じる生きた人間の温もりと生きる勇気をくれた力強い言葉は、暗闇に染まった常世の姫の心を光で満たした。
化け物に成り果てた自分をも超える圧倒的な力。
死の臭いを纏っているのに、生きる事に貪欲で、それでいて折れない真っ直ぐな心。
レイヴンなら、こんな私でも受け止めてくれると直感した。
けれども、所詮は住む世界の違う者同士。
自分が死者の魂を貪る化け物だとは、どうしても知られたく無かった。何より、嫌われて、また誰も居なくなるのが怖かった。
温もりを知ってしまっだ今、もうあの一人きりの暗闇には戻りたくない。
「だから私は、もう一つの人格を作る事にした」
「それがクレアだと言うのか。だが、何故だ。生きると決めたのなら、何故それを俺に言わなかった」
「……言える訳無いよ。だって、レイヴンに嫌われたく無いから」
「……」
レイヴンの名付けてくれたクレアという名前は常世の住人である私には眩し過ぎた。
どんな願いを込めて付けてくれたのか分かるから。
毎日が楽しくて楽しくて、レイヴンの側にずっと居たいと思った。でも、レイヴンは私を置いて行った。
置いて行かれた時は悲しかった。一人で暗闇に居た時よりもずっとずっと寂しくて辛かった。
何がいけないのか必死に考えて分かった事がある。
「レイヴンは強いから、レイヴンの側にずっといる為には強くならなくちゃいけないと思ったの」
「それは……」
「だから、私は頑張って強くなろうとした!レイヴンに認めて貰えれば一緒に居られると思ったの!ねえ、私は強くなったよ⁈ レイヴンには敵わないけど、他の奴等なら皆んな殺せるくらい強くなったよ⁈ なのにどうして認めてくれないの⁈ 」
常世の姫の悲痛な叫びはレイヴンの心を締め付けた。
早く気付いてやれていれば、自分の都合を押し付け様としていなければという思いばかりがぐるぐると駆け巡る。
これまで何度も考えて頭から離れなかった。
「……分かった。少し待っていろ」
レイヴンは常世の姫に無防備に背を向けた。
「何する気?私は元の姿に戻っただけ。魔物堕ちなんかして無いよ?」
「良いから、大人しく待っていろ。悪いようにはしない。“絶対だ” 」
「……レイヴンが、言うなら……」
常世の姫は何か言いたそうな素振りを見せたが、どうやら少しはレイヴンの言葉に従う気があるのか、頷いて近くの瓦礫にもたれかかった。
シェリル達が何事かと顔を見合わせてこちらの様子を伺っているのが見える。
ただ、その立っている位置は先程の場所よりも遠い。
(ステラが勘付いたか)
レイヴンは何も無い空間に視線を向けて喋り出した。
「ルナ。今の話を聞いていたな?周囲に結界を頼む。念の為にシェリル達にも入らせるな」
何も無い空間が歪むと、留守番をしている筈のルナが、バツが悪そうに空間の隙間から顔を覗かせた。
どうやら背後にはゲイル達もいる様だ。
「おかしいよレイヴン。何で気付くかなぁ……。完全に別空間で気配を絶っていた筈なのに」
「勘だ。ゲイル達はルーファスから話を聞いてくれ。後の行動は任せる」
「ルーファス?しかし、奴は今……」
「俺ならここに居る」
瓦礫の影から姿を見せたルーファスは、ロズヴィックには目もくれず、レイヴンに向き直った。
これにはゲイルも違和感に気付いた様だった。
「ゲイル、今は説明している時間は無い。安心しろ。お前との約束は守る」
「分かった……」
「それから、ルーファス。お前の策に乗ってやる。皆への説明は任せた」
ルーファスは少しだけ驚いた様に目を見開いた後、静かに了承の返事をした。
「了解した。(リヴェリアには既に話を通してある。こちらの準備はいつでも整っている)」
ルナは素早くシェリル達の元へ転移すると、レイヴン、ロズヴィック、常世の姫を取り囲む様に結界を展開した。早速ルーファスが皆に説明を始めているのが見えた所で、行動開始だ。
「レイヴン、コレハ……ドウイウ事ダ?」
ロズヴィックは目を細めて結界を眺めた後、魔剣を手に近付いて来るレイヴンへと視線を戻した。
「リヴェリアがお前の事を信用し切っていない理由がようやく分かった。悪いが、お前が回収した欠片は返してもらうぞ。クレアは誰にも渡さない。ロズヴィックも死なせない。そういう事だ、“常世の主” 」