禁忌の理由
ステラ達と合流したシェリルは剣を収めるなり膝をついた。
レイヴンの手前、『何か一つでもレイヴンに伝えられるのなら』そう思って強がってみたものの、やはり無理があった。
(情け無いわね……。この程度で戦えなくなるなんて)
新しい体は元の体よりも頑丈で保有する魔力も桁違いに大きい。長らく魂だけの存在だった事は関係無い。要は使いこなせていないのだ。
例えるなら、鉄や鋼の包丁を振るう料理人にいきなり魔剣を使って料理しろと言っている様なもの。如何に優れた力を持っていても適切な扱い方を知らなければ何の意味も無い。その点、短期間で使いこなしているルナやエレノア達の適応能力は異常だ。
この新しい体は冗談抜きにそのくらいの力を秘めている。
シェリルが乱れた呼吸を整えていると、ミーシャが回復薬を持って来てくれた。
「シェリルちゃん、さっきの凄かったです!いつの間にレイヴンさんと打ち合わせしていたんですか?息ぴったりでした!」
「……ふふ、違うわ。さっきのアレは、レイヴンが私に合わせてくれていただけ。私は自分の身を守るので精一杯だったもの」
「そうなんですか?全然そうは見えなかったのに」
そうは見えなかったというのは、そのままレイヴンの実力の高さの証明になる。
最初は様子を見る程度、けれどそれもほんの僅かな時間で自分の物にしてしまった。やはりクレアの持つ特殊な能力はレイヴン譲りなのだろう。
「二人共早くこっちを手伝って頂戴!」
「は、はひ!」
ステラの魔法ど魔物の素材によって急速に力を取り戻しつつあるロズヴィックであったが、一度暴れ出した魔物の血を押さえ込むのにかなり手こずっている様だ。
エンシェントドラゴンと化した体は再生と腐敗を繰り返して、せっかく使った魔物の素材の効果も薄れて来ていた。
レイヴンの力があれば回復する見込みは大いにある。しかし、相手の力を自身の魔力に変換して喰らう常世の存在を前に、迂闊な行動は避けるべきだ。
「レイヴン……本当に無茶だけはしないで」
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常世の存在と一対一の状況になってから攻撃のリズムに変化が見られた。
苛烈だった連撃は影を潜め、一撃一撃を確かめる様に刃を交わしていった。
ある一定の実力者同士であれば、剣を交わすだけで相手の真意が伝わって来る事がある。
しかし、常世の存在からは何も伝わって来ない。
ただ上辺だけの好意が一方的に言葉にされているだけだ。
「この感触……良いよ。すっごく好き」
「……」
「ああっ…!全部受け止めてくれる!全然当たらない!ああ…良いなぁ」
攻撃のリズムが変わった影響は立ち回りだけでは無い。受け止めた刃は巨大な岩の塊を打ち付けられているかの様な重さがある。
自身の体重を遥かに上回る重さには違和感しかない。
レイヴンとしてもクレアの体を取り戻したいのは山々だったが、常世の存在が一体何の目的があって自分に固執するのかを知っておきたいと思っていた。
「お前はどうして俺に拘る?俺はお前の事など知らないし、好意を持たれる様な覚えも無い。何がお前をそうさせる?」
疑問を投げかけられた常世の存在はキョトンとした顔をして攻撃の手を止めた。
「……何言ってるの?私はレイヴンに認められたいだけだよ?こんなに強くなったんだよって。ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずうっと一緒にいられる様にね」
「それはクレアの願いだ。お前の願いじゃ無い」
クレアがレイヴンと一緒に旅を続けられる様に努力して来た事は知っている。十歳程度の幼い年齢でSSランク冒険者ですら太刀打ち出来ない実力者に急成長した事も。
だが、レイヴンはそんなクレアに辛い役目を頼もうとした。
“魔物堕ちした自分を殺して欲しい” だなどと、それがクレアにとってどんなに辛い事なのかも考えもしなかった。
全てはレイヴンの我儘が招いた事だ。結果としてクレアを失うことになってしまった。
今ではそれがどんなに愚かな選択だったか身に染みて分かっている。自分が感じる痛みなど、クレアに比べれば虫に刺された程度の事だ。
「違うよ?私は私だけど、クレアも私だもん。暗闇に一人でいた私に生きろと言ってくれたのはレイヴンだもの」
「……⁈ 」
「耳ヲ貸スナ、レイヴン!!!」
常世の存在が放った言葉が理解出来ずに戸惑っていると、ロズヴィックがレイヴンの思考を遮る大声で叫んだ。
(ロズヴィック⁈ )
「常世ノ姫ノ言葉ハ、生者ヲ惑ワセル!耳ヲ貸シテハナラン!」
「常世の姫?」
確かトラヴィスはクレアの事をずっと姫と呼んでいた。だとすれば、常世の存在が言ったクレアと同一人物であるという言葉もあながち間違ってはいないのかもしれない。
常世の姫とクレアが同一人物であるなら、クレアの存在は……。
かと言って、生と死の狭間に存在する者が、生者を惑わせるという話も無視出来ない。
「煩いなあ!!!死に損ないの癖に私とレイヴンの邪魔をするな!私より弱い癖に!黙っててよ!!!」
常世の姫はロズヴィック目掛けて飛び掛かって来た。
「常世ノ姫……!貴様ハ、コノ世ニ居テ良イ存在デハナイノダ!!!」
ロズヴィックの振るうドラゴンの爪と剣がぶつかる衝撃が周囲の空気をビリビリと震わせる。
「レイヴン!ロズヴィック陛下を止めて!陛下はまだ動ける状態じゃ……レイヴン⁈ 」
レイヴンはステラ達が走って来るのを手で制止すと、常世の姫の腕を掴んで遥か彼方へと強引に投げ飛ばした。
「レ、レイヴンさん⁈ 」
「無茶苦茶するんだから……」
建物を崩壊させる程の衝撃と、崩れた瓦礫に埋れて暫くは動けないだろう。
「問題無い。あの程度では大して効いていない筈だ。暫く黙っていてもらう」
レイヴンは常世の姫が起き上がって来ないのを確認して、足を引きずりながら近づいて来たロズヴィックの隣に並んだ。
応急処置程度ではあったが、治療の甲斐もあって大分意識がはっきりとして来た様だ。しかし、呼吸は荒く、体内から感じる魔力も未だに不安定なままだ。
けれども、ロズヴィックには喋って貰わなければならない。
クレアはクレアだ。
常世の存在とは違う。
違う筈だ。
「常世ノ姫ハ、トラヴィスノ奴ガ実験体ニ生命ヲ与エル為ニ埋メ込ンダ存在ダ」
「生命を与えただと?アレは魔術による人工生命体を生み出す禁忌だった筈だ。生み出された時点で生命を持っているのではないのか?」
禁忌とされる魔術は人間を人工的に生み出す。ルナもそうやってステラに造られた。
「……レイヴン。あの魔術が禁忌とされている最大の理由は、常世に彷徨う魂を人工的に造った体に憑依させる為のものだからなの。トラヴィスは人の魂の代わりに常世の存在を器に憑依させた。ロズヴィック陛下、そうですね?」
ロズヴィックはステラの質問には答えずに、レイヴンに視線を向けて言った。
「クレアハ、クレアダ。砕ケタ心ノ欠片ハ、間違イ無ク……」
「もう良い。それだけ分かれば十分だ」
生命の源が常世の姫であったとしても、クレアはクレア。
それが分かっただけで上等だ。
レイヴンは常世の姫が埋まっている瓦礫に向かって歩きながら魔剣に魔力を込めた。
「シェリル、ステラ、ミーシャ。ロズヴィックがこれ以上馬鹿な真似をしない様に見張っておいてくれ。俺は、残りの欠片を回収する」