レイヴン・シェリルvs常世の姫
帝都に着いたレイヴンは、城を中心におびただしい数の建物が破壊されている現状を見て眉を顰めた。
途中から二つだった反応が五つに増えた事に気付いていたが、まさか来たのがこの三人だけとは思わなかった。シェリルとステラはまだ分かるが、カレンやエレノアでは無く、ミーシャを連れて来たのには何か意味があるに違いない。
(アレがロズヴィックか……)
瓦礫の上に横たわるドラゴンは、魔物堕ちして体の大半が腐った様に爛れていた。激しい戦闘による物なのかも判別し辛い状態だ。
今はステラとミーシャの二人がかりでロズヴィックの回復に努めている様だ。
(死なれては困るが、回復したらしたで厄介だな……)
竜人であるロズヴィックが魔物堕ちしたのは見ての通りの事実だ。しかし、これまで意図的に魔物堕ちを押さえ込んでいた程の強者が、このタイミングで魔物堕ちするとは考え難い事だ。
ゲイルもこの件については何も知らされていないらしく、ロズヴィックに何らかの目的があるのではないかと想像するに留まっている。
(ロズヴィックを倒したのはあの少女という事か……)
シェリルが戦っている相手も見た事が無い。
予想はついているが、クレアとは別人だ。
相手の少女は魔物堕ちしたロズヴィックを倒した上、今は最初に感じた時よりも更に力を増している。そんな相手を単騎で押さえ込むとは、意外というか寧ろシェリルは善戦していると思う。
大体の状況は理解した。後は直接聞いてみる他に無い。
レイヴンは魔剣を発動させるべく魔力を流し込んだ。
ーーードクンッ!
魔剣を発動させて急降下したレイヴンは、シェリルの動きに合わせる様にして戦闘に割って入った。一人で相手をした方が簡単なのだが、先ずは話を聞いてみない事には対処のしようが無い。
「加勢する。戦いながら状況を教えてくれ」
「レイヴンもなの?まったく、皆んな簡単に言ってくれるわね」
一人の負担を軽減する為に交互に攻撃を受けるのだが、驚く事に一撃一撃が異様に重たい。しかも、刃が触れるとこちらの魔力を吸われている様な脱力感まである。持っているのは魔剣という訳ででも無さそうだ。であれば、黒髪の少女の持つ能力という事になるが、魔神喰いと同じ様な力を持っているのは面倒だ。
「レイヴン?レイヴンだ!来てくれたなんて嬉しい!嬉しいよ!!!」
黒髪の少女はレイヴンの姿を見るなり、嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
その笑顔はあまりにも無邪気で、戦っている事を一瞬忘れてしまいそうになる。
「レイヴン、分かってると思うけど……!」
「ああ、そこのドラゴンと良い。ややこしい事になっているな」
レイヴンの姿を見てからの少女は一層激しく攻撃を繰り出して来た。
動きは出鱈目。力だけで強引に戦っている様にしか見えないのに、時折クレアと同じ癖が見え隠れしている。
間違いなく目の前の少女は“クレアであった者” だ。
皇帝ロズヴィックが何をしたのかは知らないが、正直に言わせて貰えば『余計な事をしてくれたな』だ。
砕けたクレアの心の反応が弱いと思ってみれば、残りはロズヴィックの体内から反応がある。
「お前は誰だ?」
「私?私は私だよ!私は……あれ?私は……誰だっけ?」
自分が何者なのか分かっていないのか、混乱した様な表情を浮かべて首を傾げていた。
その間も戦う手は止まらない。視線と剣の動きがバラバラなのに、的確に急所を狙って来る。本能だけで戦っているにしては不自然だ。
クレアの体が覚えている動きは全て再現可能だと思っておいた方が良さそうだ。
それにしても、シェリルの動きはこれまでレイヴンが見て来た中でも相当に腕が立つ部類だ。静と動の緩急の付け方、攻撃と防御の切り替えのタイミングなど、レイヴンにも読み切れ無い部分がある。
変幻自在という言葉が相応しいだろう。
神と悪魔を相手に最後まで戦った実力は伊達では無い様だ。
「嫌になるくらい強いわね。攻撃を捌くのでやっとだわ……」
「そうか?その割によく動けていると思うが?」
「レイヴンにそう言われると嬉しいけど、そんなに余裕のある涼しい顔で言われても……ね!」
シェリルの呼吸にぴったりと合わせて剣を振るうレイヴンの動きには、十分過ぎる余裕と余力が見て取れる。全力で戦っているシェリルとは大違いだ。
超常の力ばかりが注目されがちなレイヴンだが、剣の腕前も相当なものだ。
過去、初見でシェリルの動きについて来られたのは剣聖の称号を持つリヴェリアだけだ。それも戦いの流れを一切崩さないまま途中から合わせるとなると、次元が違い過ぎて言葉もない。この上、素手の方が強いとなると訳が分からない。
「もう!何なの⁈ 二人ばっかり話してズルイ!女!お前は邪魔だ!レイヴンは私のなんだから!!!」
「「……ッ!!!」」
激昂した黒髪の少女は更に速度を上げて攻撃して来た。これは一番最初にクレアが覚えた技。ランスロットが得意とする連撃の応用だ。
出鱈目な剣の軌道がいくつも重なって、複数人を相手にしている様な錯覚を覚える。
「くっ……!もうここまで来ると殆ど勘ね!レイヴンみたいには上手く捌けない」
「そうでも無い。割と必死だ。それに、シェリルの動きは参考になった」
必死だと言う割には、的確に攻撃を防いでいるし、シェリルが防ぎ損ねた攻撃まできっちり防御してみせている。ずっと命のやり取りをして戦い続けて来たレイヴンにとって、この程度の事は問題にもならないのかもしれない。
「なら……良かったわ!!!」
シェリルは黒髪の少女を無理矢理押し退かせて距離を取った。
レイヴンの加勢で楽にはなったが、まだ新しい体が完全には馴染んでいない。昔の様に長時間の戦闘行為は負担が大きいのだ。
「シェリル。結局、コイツは何者だ?クレアとは違う存在なのは理解出来るが、魔物という訳でも無さそうだ」
「多分だけど、常世の主と呼ばれる者よ。私も詳しくは知らないのだけれど、現世と死後の世界の狭間にいるとされているわ。簡単に言ってしまえば、神と悪魔の中間の存在ね。だけど、力は見ての通りよ」
「……なるほど」
レイヴンは黒髪の少女が何者かという事よりも、僅かに残るクレアの面影が気に食わなかった。
常世の存在が何の目的があってクレアの体に居座っているのか知らないが、その体はクレアのものだ。どんな理由があろうとも出て行ってもらう。
「ここは俺が時間を稼ぐ。ロズヴィックからクレアの魂が今どういう状態になっているのか聞き出してくれ」
「だけど……」
“まだ戦える” そう言いたいシェリルだったが、激しい攻防戦のせいで足が痙攣し始めている。もう一度“レイヴンに合わせて” 戦うのは難しい。
「無理をするな」
案の定、レイヴンには見抜かれていた様だ。
「……分かったわ。無茶しちゃ駄目よ?」
「問題無い。倒すことが目的では無いからな」
レイヴンは重心を低く沈めて常世の存在と呼ばれる者に向かって勢い良く踏み込んだ。