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捕食

 

 大空を駆るエンシェントドラゴンこと皇帝ロズヴィックは体中から赤黒い血を流して瀕死の状態にまで追い込まれていた。


「あははは!どんどん弱っていくね!楽しい?ねえ?楽しい?」


「グッ……」


 ロズヴィックに意識はもう殆ど無かった。

 ぼんやりと見える常世の姫は、ロズヴィックの魔力や体を喰らう事で益々力を蓄えている。

 このままあらゆる魔物や死者の魂を喰らい続ければ、常世の姫はこの世界で最強の存在であるレイヴンにも迫る事になるだろう。


 これも全てロズヴィックの計画通りだ。

 誰もレイヴンを倒せ無いのなら、それに匹敵する相手を用意して抑止力とすれば良い。

 こんな策しか実行に移せない事は皇帝として不甲斐無いばかりだ。


 甚大な被害が出る事は避けられ無いにしても、少なくとも世界が滅ぶ事は無くなる。

 今暫く時間を稼ぐ事が出来れば、後はリヴェリアが何か策を練る筈だ。中立を貫いて来た竜人族の協力が得られるか否かはリヴェリア次第だが、後継者を指名したダンが黙っているとは考え難い。


「つまんない。全然喋らなくなっちゃった……。もしかして、そろそろ食べ頃?」


「……」


 レイヴンの力によって守られていた七枚の花びら全ての回収も後一枚で終わる。

 クレアの砕けた心を全て取り出せば、レイヴンは心おき無く常世の姫と戦う事が出来るだろう。しかし、倒すまでには至らない。レイヴンは常世の姫を恐らく殺せないからだ。

 これは愚かな賭けであり、状況を利用しただけの保険と呼ぶにも値しない悪足掻き。それでもやらねばならない。


「その翼、美味しそう……」


「……ッ!!?」


 背中に激痛を感じたロズヴィックは常世の姫に翼をもがれて地面に落下した。

 自身の巨体で押し潰された街の瓦礫の上で必死に立ち上がろうとするが、体は既にロズヴィックの意思を受け付けなくなっている為、足がもつれて上手く立ち上がる事が出来なかった。


(いよいよ限界か……せめてあと半刻の猶予があれば……)


 蹲るロズヴィックに向かってゆっくりと近付いて来た常世の姫は、ロズヴィックの体に手を当てて長い舌で流れる血を舐めた。


「ああ、やっぱりそうだ……。良い具合にお肉が柔らかくなった……。そろそろ食べ頃だよね?味見してみようか」


 その小さな体の一体何処にそんな力があるというのか、常世の姫はロズヴィックの左腕を無造作に掴むと、毟り取る様に強引に引きちぎった。


「グガアァァ!!!」


「あははは!綺麗に取れた!」


 体内に取り込むのと同時に魔力に変換しているのだろう。ロズヴィックの左腕は骨すら残さず瞬く間に食べ尽くされてしまった。


 変化は直ぐに現れた。小さいな体がビクンと跳ねると、魔力の反応が更に増大した。

 うっとりと目と恍惚とした表情を浮かべ、妖艶な吐息を漏らしている。


「あぁ……。なんて美味しいの……でも、これだけしか無いのなら、もっとゆっくり食べないと直ぐに無くなっちゃう。……ああ!でも駄目!手が止まらないの!!!止まらないのよ!!!」


「グガアァァアアアアアア!!!」


 豹変した常世の姫はまたもロズヴィックに手を伸ばした。

 右脚に喰らい付かれたロズヴィックは、瓦礫の山に体を叩き付け振り解こうと必死に暴れた。


「ガアアアアアアアッ!!!」


「食べ難いから暴れないでくれる?」


 常世の姫は平然とした顔で捕食し続けた。

 今更何を足掻こうとも力の差は覆らないとでも思っているに違いない。

 ならばそれでも良い。餌として認識して油断している今こそが好機だ。

 ロズヴィックは魔物の力で再生された左腕を支えにして体を起こすと、右手の爪を常世の姫の体目掛けて振り下ろした。


(これが最後だ!)


 勿論この程度で倒せる相手では無いと分かっている。狙いは一つ。最後に残った花びらを回収する事だ。こうなってしまった以上、その後の事はルーファスに任せる他無い。


 しかしーーー


 もう少しで体に触れる寸前。

 常世の姫は持っていた剣でロズヴィックの右腕を剣で切り落とした。


「食べてるんだから大人しくしててよ」


(……ここまでやっても届かぬのか)


「もう死んで良いよ。後はゆっくり残さず食べてあげる。早くレイヴンを探しに行かなきゃいけないし」


 最後力を振り絞ったロズヴィックは重たくなっていく瞼を閉じようとしていた。

 ほんの僅かに残しておいた魂の欠片は輝きを失い、魔物の血に意識を飲み込まれていくのが分かる。


 ーーー陛下、まだ逝ってはなりません。


 微かにルーファスの声が聞こえたロズヴィックは、もう殆ど視界の無い目に写る影を見ていた。


 黒い剣を持つ影と、背中には羽の様な物が見える。


 今の常世の姫は強い。帝国内に太刀打ち出来る者がいない以上、外部の人間だと思われる。しかし、そんな真似が出来るのはレイヴンかリヴェリアくらいのものだ。


(まさか……レイ…ヴン……?)


 まだ花びらの回収は終わっていないというのにレイヴンが来てしまった。

 砕けた心が不完全なままではクレアの復活は叶わない。

 それでは何の意味も無い。


 ロズヴィックがそう思っていると、薄れていた意識がはっきりとし始め、周囲の状況が分かる様になって来た。


「ミーシャ!白い翼を持った魔物の素材をロズヴィック陛下の体に!」


「で、でも、そんな事をして大丈夫なんでしょうか⁈ 」


「今は命を繋ぎ止める方が先よ。良いから、ありったけの素材を使って!後は私が魔法でどうにかする!」


「わ、分かりました!」


「シェリル!治療の邪魔になる!もう少し離れて戦って!」


「む、無茶言わないでよ!やるしか無いんだけど……ね!!!」


(……レイヴンでは無いのか?なら……)


 ロズヴィックは影の主がレイヴンでは無い事に安堵しつつも、突然現れた三人に全く心当たりが無い事を疑問に思っていた。


 回復薬では無く魔物の素材を治療に使う機転と、魔物化した体が暴れ出さない様に展開された何かの魔法。

 力を増した常世の姫を相手に単騎で挑む事が出来る実力。

 使用された魔物の素材が体に触れる度に感じる不思議な力。


 魔物の素材を吸収した事で徐々に体の感覚が戻って来た。しかも、展開された魔法のおかげなのか、消えかけていたロズヴィックの魂が徐々に回復しつつある。


「オ前、タチハ……?」


「まだ喋らないで。非常時だもの、魂の再生くらいどうにかしてみせるけど、暴走した魔物の力まで抑えている余裕は無いの。今は自我を保つ事に集中して頂戴」


 ロズヴィックは喋るのを止めて魔物の力を制御し始めた。魂はみるみる内に力を取り戻している。

 それにしても“魂の再生” だなどと、そんな魔法は聞いた事が無い。おそらく禁忌とされる魔法を用いているのだろうが、そんな魔法が使える人物はマクスヴェルト以外には心当たりが無い。


「皇帝さん、頑張って下さい!クレアちゃんの魂は私達が取り戻してみせます!」


「……⁈ 」


 明らかにロズヴィックの思惑を知っている物言いだ。この計画は実際に確かめてみるまで確証が持てなかった為に、ルーファスにも明かしていない。


「手を貸してステラ!私一人じゃ、これ以上保たないわ!」


「シェリル!今はこっちも手が離せないの!もう少しだから踏ん張って!」


(ステラ⁈ それに今、シェリルと……)


 二人の名前を聞いてようやく状況が繋がって来た。ルーファスが姿を見せ無かった理由もだ。


「ロズヴィック陛下。レイヴンは貴方が思っているよりもずっと強いわ」


 ーーードクンッ!!!


 ステラがそう言った次の瞬間に聞き覚えのある魔剣の鼓動が帝都の空に響き渡った。



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