知っている
今回は少し長いです。
「皆、待たせて申し訳ない。私が中央大陸を“任されている” 竜王リヴェリアだ。早速で悪いが四カ国会談を始めるとしよう」
通信連絡用の魔具を発動させたリヴェリアは目の前に映し出された三ヶ国の代表を前にして極々普通の会議と同じ様に会談の始まりを宣言した。
身なりはいつものまま。赤い髪はボサボサという程では無いが、特にとかしていたり結っていたりもしていない。自然体だ。
新女王レイナの隣にいる白い猫は、報告にあった悪魔のカイトだろう。少し驚いた様な素振りを見せた後は、何やら納得した様子で目を細めた。
(面白い奴だ。どうやら私の値踏みは終わった様だな。さてさて、どんな値がついたのやら)
フローラも身なりこそ正装だが、概ねいつも通り。背後には白い髪の女性が緊張した面持ちで控えている。名前は確かエレノア。
実力はカレンの折り紙付き。場慣れしていないせいもあって少々固い印象だが、目には力強い光が宿っている。
(良い目だ。一度手合わせしてみたいな。私の部下に……いや、無理か)
最後に妖精王アルフレッド。まさかこんな形で再会するとは思わなかった。話したい事は山積みだが、それは全てが終わってからで良い。後ろに控えているのはランスロット。何やら疲れた顔をしているが、今まで見た事が無いくらいに充実した様子だ。やはり面白い男だ。レイヴンとは違う意味で自分に真っ直ぐな性格は少しも変わっていない様だ。
(あの後、消息不明になっていた筈だが、まさか妖精王になっているとは驚いた……誰の入れ知恵だ?)
それぞれが副官を従えているのに対してリヴェリアは一人。後でサラとオルドが来る事になっている。
リヴェリアは簡単に各々の自己紹介を済ませた後、軽く咳払いをしてから口を開いた。
「そう固くならないで欲しい。この場を設けたのは四ヵ国を繋ぐ為の物だ。私は無用な争いはしたくない。人と物資の流れを形成する事は我々の新しい関係に大いに貢献してくれる事と期待している。だがその前にーーー」
「待て。この会談は西の帝国に対抗する為の物だと思っていたのだが?」
アルフレッドが発言すると、他の二人も同じ様な反応を見せた。
当然だ。現状、中央大陸を除く三ヶ国には帝国と正面からぶつかり合えるだけの戦力は無い。レイヴンの動向以前に、帝国をどうにかしなければと思うのは自然な事だ。しかし、そうでは無いのだ。
(せっかちでお節介な性格は変わっていない様だな)
リヴェリアはアルフレッドがわざとそういう発言をした事を懐かしく思いながら発言を続けた。
「勿論、帝国に対抗する為の備えは必要だ。けれど、それは今必要な事では無い。つい先程、アルドラス帝国皇帝ロズヴィックが魔物堕ちし、常世の存在と呼ばれる物と交戦状態に入ったと報告が入った」
「「「……ッ!!!」」」
「既に対処を開始していると報告を受けている。無論、レイヴンも参戦するだろう。さて、これらの情報を聞いた上で、この場で帝国に対抗する為の話し合いが必要だと思う方はおられるか?疑問があれば私に分かる範囲で答えようと思う」
皇帝ロズヴィックの魔物堕ちの情報は各国の代表を驚愕せしめるには十分だった。
しかし、既に対処が開始されている事と、レイヴンの名を聞いた瞬間に動揺は消え失せていた。
「竜王陛下は……レイヴンの事を信じておられるのですね」
レイナは白い猫を撫でながらポツリと呟く様に言った。
ニブルヘイムでの出来事は把握している。悪魔であるカイトと魔物混じりであるレイヴンとの相性は最悪だ。先代女王との間にあった確執も狂ってしまった治世も、全ては悪魔に魂を売った結果。
巻き込まれた民達は仕方ないにしても、二人については自業自得だと手を貸さない選択肢もあった。それでもレイヴンは二人の願いを聞き入れた。
報告を受けた時、リヴェリアは自分ならどうしただろうかと思いを馳せたが、結局答えは出せなかった。
「そうだな……信じているのかと問われれば、そうなのだろうな」
「随分と曖昧な答えなのね」
「フ、フローラ様!失礼ですよ!」
「大丈夫だって!で、どうなの?」
魔鋼という技術を用いて魔鋼人形を生み出したフローラ。その技術は元々エレノアを救う為に生み出されたと聞いている。開発の初期には渦中のトラヴィスも携わっていたと聞く。フローラはリヴェリアに追放では無く、もっと別の手段を取っていればと複雑な心中を漏らした。それでもトラヴィスの協力が無ければエレノアを救う事は出来ず、今の様な魔鋼の国として栄えるには至らなかっただろう。
リヴェリアはそれぞれの顔を一通り見渡した後、薄く笑みを浮かべて言った。
「簡単な事だ。私は信じているのと同じくらい“知っているから” だ。我々は違う場所と環境で生きて来た赤の他人だ。けれど、一つだけ共通して“知っている事” がある。この場に集まってくれた皆にも心当たりがあるのではないか?」
信じるという言葉は必ずしも言葉通りの結果を齎す物では無い。信じようが信頼しようが、それはそうした者の勝手で、勝手に期待した結果を相手に求めてしまうのは、そもそも筋違いだ。当然、その事で一喜一憂するのも勝手だ。けれども、その責任を負うべきは期待した側であって、決して期待される側では無い。
信じる気持ちは期待から生まれる。けれど、期待を信じる事とは違う。そういう事だ。
「成る程。それが、レイヴンという訳ですか」
「その通りだ。我々はレイヴンが今まで成して来た事と、私達が勝手に寄せていた信用や信頼を一度として裏切った事が無い事を知っている。そして今もまた、レイヴンはレイヴンとして帝国へ赴いている。であるならば、私達に出来る事はレイヴンが帰って来た時に笑って迎えてやれる環境を作る事だと思うのだ。特別でなくとも良い。当たり前に生活出来る事はきっと、戦い疲れたレイヴンにとって安らぐ場所になるだろうと思うのだ」
レイヴンは何もリヴェリア達の期待に応えようとして動いていた訳では無い。それが“自分のやりたい事であり、出来る事だと直感的に分かっている” だからやっている。それだけなのだ。
リヴェリアのありのままの言葉を聞いた面々は、静かに目を閉じてレイヴンの無愛想で不器用な姿を思い浮かべていた。
レイヴンの抱える問題は大き過ぎてレイナ達にはどうしてやる事も出来ない。恩を返そうにも一体どれほどの事をレイヴンにしてあげられるだろうかと頭を悩ませていた。リヴェリアの提案は、戦いを好まないレイヴンにとって最高の贈り物になるに違いない。
「竜王陛下もレイヴンに救われたのですね」
「……ああ。最初とは立場が逆になってしまったが、レイヴンのおかげでもう一度歩き出す決心がついた。ふふふ……本人には全くその自覚は無いだろうがな」
少し場が和んだ時だった。
沈黙を保っていた白猫のカイトが口を開いた。
「竜王リヴェリア。君の言いたい事は分かった。そういう事なら僕も君の事を少しは信用出来そうだ。だけど、レイヴンは多分……というよりも、必ず魔物堕ちする。それでも、この会談に意味がある。そう言うのかい?」
「カ、カイト⁈ 」
慌ててカイトの口を押さえようとしたレイナの手をすり抜けたカイトは画面越しにリヴェリアの金色の目を見つめた。
「これは大事な事だ。レイヴンの心の強さは知っている。だけど、魔物堕ちは避けては通れない。僕達はレイヴンという人間を知った時から、同時にレイヴンの持つ力がどんなに恐ろしい物であるかという事も“知っている” 」
「そうだけど……」
強大な力を持つ魔物を倒せる最強の冒険者であるなら、ただズバ抜けて強い奴だと思う事も出来た。けれども、レイヴンの力は世界の理にすら干渉する程の尋常で無い超常の力の持ち主だ。
そんな人物が自我を失って暴れ始めたが最後。中央大陸が繰り返して来た滅びの歴史が、今度は全世界規模で繰り広げられる事になる。
「……僕だってレイヴンには返し切れない恩がある。出来る限りの協力は惜しまない。けれど、僕達には魔物堕ちしたレイヴンを抑える力は無いんだ。目を背けちゃ駄目だ。それが現実なんだよ、レイナ」
未来を見据えて道を作ろうとするリヴェリアの思惑は、現段階までの説明では不十分と言わざるを得ない。結局のところ、レイヴン本人が無事に戻って来ない事には何も始まらない。寧ろ始まる前に世界が滅ぶ可能性すらある。
リヴェリアは机に立て掛けていたレーヴァテインを翳して皆に見せて言った。
「私が持っている聖剣レーヴァテインは戦力の分析も得意なのだ。レーヴァテイン。今の状況で私がレイヴンに勝てる可能性はどのくらいだ?」
『我が主。それは……』
「良い。皆にも聞かせてやってくれないか」
『……分かりました。現状での勝率は皆無です。そもそも魔人レイヴンとまともに相対して勝てる者など、この世界に存在しません。一部の例外はあった様ですが……』
映像越しに息を飲む音がいくつも聞こえた。
竜王リヴェリアですら勝利する事がかなわないという現実。薄々気付いてはいても重たい事実だった。
「……だろうな。レーヴァテイン、続けて問う。魔物堕ちした後のレイヴンに勝てる可能性はどのくらいだ?」
『約一割。我が主が万全の状態である事と、レイヴン自身が自我を保ったまま魔剣に抗う事が大前提となります。……が、これが最も高い確率です。他に勝つ手段も可能性もありません』
レーヴァテインから無慈悲に告げられた現実は、会談の場を重苦しいまでの沈黙で支配した。唾を飲み込む音すら煩わしく感じられるほどだ。
魔物堕ちした後のレイヴンは今よりも更に強大な力を得るだろう。それでも勝率が上がったのは、レイヴンを人間では無く、理性を失った一匹の魔物として考えたからだ。
「既に聞き及んで知っている者もいるだろう。私はかつて、世界と友の命を天秤にかけた挙句、戦う事を諦めた過去がある。その時刺さった棘は未だに私の心に深く刺さって抜ける事は無い。だが、今の私は違う。私はレイヴンという友を救う為に、戦う覚悟を決めた。これは命を奪う為の戦いでは無いのだ。私は世界よりも友の為に戦いたい。……カイト、これで答えになるだろうか?」
レーヴァテインを掲げたリヴェリアの金色の目には強い意志の光が宿っていた。
“後悔を嘆くのはもう終わりだ” そんな決意が伝わって来る様だった。
カイトはレイナの腕の中にすっぽりと収まると、心配そうな表情を浮かべるレイナに頬擦りして言った。
「ああ、十分だ。僕は勝手に君の事を“信頼” させて貰うことにする。さあ、レイナ。もう僕の気は済んだよ。世界を道で繋ぐ為の会談をしよう」
「ええ、勿論よ!」
問題はまだ山積している。それでも、この会談が前向きに進み始めた意味は大きい。
リヴェリアはアルフレッドの背後で親指を立てて笑顔を見せるランスロットを見て、笑みを溢した。
「では、改めて会談を始めよう」
次回投稿は4月1日を予定しています。