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命の使い方。目覚める姫君。

 

 皇帝ロズヴィックと名乗った男を見るクレアの目は暗闇に囚われていた。覗き込めばそのまま吸い込まれてしまいそうな深い闇だ。


 常世の主とは死んだ者が転生を待つ間の通り道にある世界を統べる者の事。

 一説には新たに命を授かるのに相応しい魂か否かを選別しているとも言われている。けれども実際の所は全く違う。

 魂の選別を行うのは常世の主が自らの空腹を満たす為だ。しかし、いくら質の良い魂を喰らい続けでも空腹が満たされる事は永遠に無いと言われている。

 生前にどう生きたのかによって魂の質が変わるのだとしたら、レイヴンの魂はさぞかし馳走に写った事だろう。


 ロズヴィックは、その不気味な目を真っ直ぐに見据えて言った。


「常世の姫よ、こんな所に閉じ籠っていないで表の世界に出て来たらどうだ?レイヴンは今、すぐ近くまで来ておるぞ?」


「……無理。あの結界は食べられない」


 常世の姫はレイヴンという言葉に反応した。理性を失くしている様に見えても、レイヴンの事だけはしっかりと覚えているらしい。


 表の世界へ出てクレアの体を使えばレイヴンに会いに行ける。けれど、そのレイヴンの力によって守られたクレアの人格を食い尽くさない事には出て来られないのだ。


 どうしてクレアの深層心理の中に常世の姫が存在しているのか。その理由はトラヴィスの行って来た実験にあると推測される。

 大量に飼い慣らした魔物の魂を餌に、常世の世界から常世の主の一部を誘き出した。その器にされたのがクレアという訳だ。

 神、悪魔、魔物、竜人、妖精、人間……ありとあらゆる種族の魂を喰らい続けて来たのだ。確かに常世の主であればレイヴンとも渡り合える可能性はあると考える道理も分からないでもない。


「クレアという少女の人格が喰えぬのなら、無理矢理にでも外へ出る他にあるまい」


「……力が足りない。お前を食べたら出られる?」


 常世の姫は血で真っ赤に染まった長い舌を出して首を何度も傾げていた。どうやらロズヴィックの魂が喰うに値するのか品定めを始めた様だ。


「儂を喰うつもりか……面白い」


 その姿を見たロズヴィックは強引に連れ出そうとした考えを改める事にした。

 白い花に守られたクレアの人格に影響を及ぼさずに常世の姫を連れ出せるのであれば、交渉してみる価値があると考えた。


 世界の理に干渉し、書き換えてしまう力を持つ願いを叶える力を完全に使いこなすレイヴンを相手にするのは、如何に常世の主とて不可能だ。手も足も出ないだろう。

 それでは“困る” のだ。


 そこでロズヴィックは一つの提案をする事にした。


 数千年という長きに渡って生きて来た体はもう限界だ。

 レイヴンの力に頼れば魔物堕ちの恐怖から解放されて、今しばらくの間、皇帝として民を導く事も出来るだろう。しかし、それでは一体何の為に竜人の体に魔を宿してまで民に寄り添おうとしたのか分からなくなってしまう。理想を掲げた張本人が民を置いて逃げるなどあり得ない。


 ロズヴィックは世界が今のままであり続ける為には、レイヴンの存在は邪魔でしかないと考えている。

 レイヴンとそれを取り巻く者達の境遇には同情もする。理解もしよう。必要とあればこちらから手を差し伸べる事も、手を取り合う事もしよう。

 けれど、いつどうなるとも知れない超常の力を前に、人間達はあまりにも無力だ。


 一度レイヴンが自我を失えば、世界中の生物はなす術もなく滅ぼされるだろう。半刻と経たずに世界は滅び、誰も居なくなった荒野が拡がっているに違いない。

 そんな不条理な存在が世界に存在しているという事実は本来誰にも知られてはならない。


 いつか世界が滅ぶ時が来たとしても、滅びの刻と理由を知らなければ僅かな幸福を抱いて死を迎える事も出来る。だが、滅びを齎す存在が自分達と同じ世界で生きていて、ましてや気分一つで世界を終わらせる事が出来ると知ったらどうなるかは考えるまでも無い事だ。

 レイヴンの人となりを知る者であれば“その時” が来たのだと往生する事も出来る。問題はそうでは無い者達だ。


 目の前に抗いようの無い力を持った魔物が突然現れたとしたら、彼等は絶望を知るだろう。生きようと足掻くだろう。最期の瞬間に大切な人の姿を思い出すだろう。

 それは不幸な出来事だ。けれどそれ以上に不幸なのは何も知らずに死んでいく事だ。

 彼等は何も知らずに死んでいく。何故死ななければならないのかも、別れの言葉を口にする事も出来ずにだ。

 それだけは断じてあってはならない。

 最後に見た光景が自分の命を噛み砕こうとする魔物の牙であったとしても、人は人として死を迎えなければならない。

 死を自覚して初めて、生まれ変わる事を受け入れる事が出来るからだ。


 リヴェリア達とレイヴンに賭けるのも良いと思ったのは本心だ。レイヴンに直接会って、それまで疑心暗鬼だった心が腑に落ちた。未来を託してみるのも面白いと思えたのだ。

 だが、可能性が可能性である内は油断は禁物。リヴェリア達とは別の方法を用意しておくのが得策というものだ。

 全てが終わってからでは遅い。だからこそ手を打たねばならないのだ。

 王として、人間として。民を導く者が負う責任を果たす為に。


 この行為が吉と出るか凶と出るか。残り僅かな命の使い方としては上等だ。

 ロズヴィックは薄く笑みを浮かべて常世の姫君の前に進み出た。


「儂を喰え。外へ出て行く為の力くらいにはなるだろう」


「……レイヴンに会える?」


「会えるであろうな。喰わぬのならこの閉ざされた世界に留まる事になる。常世にな……」


 悍しい魔力を周囲に放った常世の姫がニヤリと笑うのが見えた次の瞬間、ロズヴィックの意識は途絶えた。




 クレアの頭に手を乗せたまま動かなくなった皇帝をただ見ている事しか出来なかったトラヴィスの体に異変が起きた。

 絶対王権の支配が解けて体が自由に動くようになったのだ。


「これは⁉︎ 体が動く、声も出せる……」


 皇帝ロズヴィックの命令が無ければ決して解けない筈の支配が解けた。それが意味するのはただ一つ。皇帝ロズヴィックの死だ。


「クククククク……アハハハハハハハハ!!!流石に焦りましたよ!絶対王権、持っていても何もおかしくは無かった。その可能性を見落としていた事は認めましょう!これは私の驕りだ。ですが、もうそんな事は……!」


 高らかに笑うトラヴィスは死んだ筈のロズヴィックの魔力があり得ない程に高まっていくのを感じて後ろへ飛び退いた。もう一方の姫もトラヴィスが命じてもいないのにケタケタと不気味な笑い声を発して肩を揺らしている。


「と、止まりなさい!一旦引きますよ!」


 魔眼の力を行使しても姫は笑うのを止めなかった。そればかりか魔眼の効果が全く発動している様子が無い。これまで命令が上手く伝わらない事はあっても、魔眼の影響下にある事は手応えで分かった。姫の力が大きくなった事で命令が一時的に上手く機能していないのだと思っていた。もう一度支配をかければそれで済む話だと。


 やがて何かを砕く音が聞こえて来た。


「そんな馬鹿な……」


 姫が食べていた物。それは皇帝の体では無く、自分の体に埋め込まれていた魔核だった。

 体に手を突き入れては魔核を取り出して口へと運んでいる。


 一つ、また一つと魔核を噛み砕いて飲み込む度に、姫の体を包む魔力が桁違いに跳ね上がっていく。

 白い髪はレイヴンと同じ真っ黒な黒髪へと変化して、闇しか無かった目も魔物混じりの赤い目へと変化していった。そして背中には骨で造られた羽の様な物が突き出ている。


「無様ダナ、トラヴィスよ。常世の姫君は既ニ……貴様の支配カラ、解き放たレ、た」


「ば、化け物……」


 急速に膨れ上がった皇帝の体は巨大な竜の姿へと形を変えて玉座の間に影を落とした。

 魔物堕ちした事で竜人族本来の竜化には程遠い醜い姿。肉は焼けただれたように垂れ下がり、蒸発した血が赤い霧になって周囲に広がっている。


「フフフ……。ああ、なんて美味しそうなエンシェントドラゴンなのかしら……コレも食べたい」


 常世の姫は頬を赤らめ、うっとりとした表情で竜化したロズヴィックを見上げた。


「儂ノ魂ヲ喰らっテも足りヌのか。良カロウ……」


 互いに視線を交わした両者は翼を広げると、王城を破壊して上空へと飛び立った。



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