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皇帝とクレア

 

 配下の者が誰も居なくなった玉座の間で一人、皇帝ロズヴィックはトラヴィスの動きよりも一歩早く事を進めているリヴェリアの動向に関する報告書を眺めていた。

 諸国との繋がりはレイヴンが作った。そこへすかさず強固な橋を架けるようにリヴェリア手を回している。このまま事態が進めば帝国に匹敵する連合が出来上がるだろう。無論、狙いは争う事では無く、アルドラス帝国と国力を拮抗させる事だろう。最終的には帝国とも国交を開こうとしているのが分かる。


「陛下……」


 背後の暗闇に気配が一つ。

 ロズヴィックの背後に現れた黒い影は赤い目の輝きを放っていた。


「レイヴンは儂の予測通り帝国へ入ったか?」


「……ハッ。現在はゲイル元騎士団長らと共に北方のダンジョン地下深くに滞在しております」


「ダンジョン?そうか、ルーファスめ考えたな。……喰えぬ奴よな。儂でもあやつの考えている事は理解出来ぬ事が多い」


 北方のダンジョンという事はおそらく近年の調査で見つかったばかりの場所だ。その指揮を執っていたのは確かルーファスだ。帝国と北のニブルヘイムを隔てる山脈付近にあるダンジョンならトラヴィスも迂闊に手を出せないと考えた様だ。

 そしてもう一つ、これから起こる事をレイヴンに気付かれまいという思惑が透けて見える。


「……」


「ゲイルが心配か?なに、優秀な男だ。あの者ならばどうにかするであろう。それにレイヴンが共におるのだ。それでも何かあれば、今後は中央大陸にいる竜王リヴェリアを頼れ。あやつは儂よりも先が見えておる」


 リヴェリアの金色の目は別に未来が見えている訳では無い。あらゆる可能性から導き出される未来への道筋がいくつも見えている。無限にあるそれらの道筋から可能な限り最善の結果になる未来を選んでいる。そんな所だ。


 予測不可能な未来への道筋へ布石を打ち、最善へと導く。


 そんな事が出来るのは竜人族の長い歴史の中でもリヴェリアだけだ。

 王としての資質ならカレンの持つ“大号令” の様な人心を操る術に長けた能力が良いとも言われるが、リヴェリアの様に人を惹きつける不思議な魅力には劣る。

 心には心を。

 リヴェリアはやろうと思えば出来た筈の帝国制を採用しなかった。そこにロズヴィックとリヴェリアの間にある明確な資質の差がある。

 選ばざるを得なかった事と選ばなかった事の差は計り知れない。


「陛下、その様な事は……」


「リヴェリアを頼るのは嫌か?だが、ここまで巨大になった帝国を任せられる人間はあやつ以外にはおらぬ。それに、儂の“試し” も期待通りの結果となった。ここから先は儂がおらんでも悪い様にはならんだろう……」


 背後で戸惑った様な気配を感じたロズヴィックは少し自分の気配を抑えて、背後の人物が喋る間を与えてみた。


「陛下、最後に一つ…よろしいでしょうか……」


 やはり言いたい事があった様だ。

 黒い影の人物は恐る恐る口を開いた。


「許す。何でも申してみよ」


「陛下は何故、レイヴンという名の魔物混じりの事を信じておられるのですか?どれだけ強大な力を持っていようともーーー」


「会えば分かる」


 何を言おうとしたのか察したロズヴィックはそれ以上言わせなかった。

 それを口にしてしまえば帝国の存在意義すらも揺らぎ兼ねない。これまで何の為に民を導いてきたのか分からなくなってしまう。


「……」


「行け。後の事はルーファスとゲイルに任せる。ギルよ、せっかく拾った命だ、死に急ぐな。民を最優先にせよ」


 ロズヴィックはそれだけ言って下がる様に手で合図した。


「承りました……」


 レイヴンという存在を理解しようとするなら直接会ってみるのが一番良い。世界に響いたあの強烈な咆哮は確かに恐怖を煽りもしただろう。けれど、分かる者には分かった筈だ。

 今一つ信じ切れないのも実際にレイヴンに会っていないからだ。


(……予想通りだな。そろそろ戻って来ると思っていた)


 再び静寂の戻った玉座の間に近付く嫌な気配を感じた。

 最早隠すつもりも無いのだろう。禍々しい気配が二つ近付いて来ている。

 一つはトラヴィス。もう一つは今まで感じた事の無い気配だ。


 巨大な扉がゆっくりと開いていく。


 城にいる者で魔眼の支配の影響を受けていない家臣達には予め国外へ退避する様に命じてある。


「随分と遅かったではないか。報告を聞かせよ」


「クククククク……」


 トラヴィスは見えない筈の目を見開いて不気味に笑うばかりでロズヴィックの問いに答える素振りも、臣下の礼を取る事もしなかった。隣にいる白い髪の美女には見覚えがある。確か名はクレア。会食の折にレイヴンの隣にいた少女だ。


「どうした?早く報告せぬか」


「辞めましょう。演技はもう十分です」


 トラヴィスは両手を広げて皇帝を挑発する様に前へと歩み出た。


(やはりか……)


 ロズヴィックが魔眼の支配を受けていない事は既に知られているのでは、という予測も的中した。ならば後はもう一つの懸念材料を確かめておく必要がある。


「そうか。なら、これまでだな。儂も貴様のくだらない策に付き合うのも飽きていた所だ」


 ロズヴィックがそう言って立ち上がると、それまで後ろに控えていたクレアが前へ出た。

 手には見慣れない剣を持っていたが、伝承に残っているどの魔剣にも該当しない。


「……」


 表情も無く立ち尽くす姿はまるで人形の様に無機質で冷たい印象だった。目には光が無く、体の至る所に魔核を埋め込まれているのが見える。

 体が魔核を拒絶しているのか、クレアの意識が拒絶しているのかは分からない。傷口は雑な処置しか施されておらず、裂けた肉が痛々しく血を流していた。


(惨い事をする。この姿を見てはレイヴンが黙ってはおるまい……)


 リヴェリアがレイヴンについて最も危惧していると話したのは、二人の少女の存在だ。

 生きる為に望んだ力はレイヴンの意思に反して強大になり過ぎた。魔物堕ちするかしないか、その均衡を保つ役割を担っているのがルナ、クレアの二人の存在だという話だった。

 しかし、トラヴィスはよりによって、その微妙な均衡を崩そうとした。ステラもそれに加担していたらしい事は掴んでいたが、天秤を動かす事には慎重であった様に思う。


(リヴェリアから話を聞いておいて良かった。天秤の片割れを支えられるほどの良き友の存在は大きい)


 あの会談は単にレイヴンを見ておきたいというだけの理由では無かった。

 クレアの異変について相談を受けたリヴェリアが念の為にと打診して来たのも大きな理由だった。

 わざわざレイヴンに地下研究施設の掃討を依頼したのも、その天秤が万が一傾いた時にレイヴンの心が耐えられるかどうか試す目的があった。いくら力の制御が出来ていても、肝心の心がそれに耐えられるだけの成長を遂げていなければ、天秤は容易く傾く。


「皇帝陛下。大人しく私の支配を受け入れるなら私が飼って差し上げても宜しいですよ?竜人の魔物混じりは良い実験材料になるでしょうから」


「ふん、ぬかせ。貴様の様な小物に用は無い。儂が用があるのは最初からそちらの娘よ」


「……ッ!!!」


 ロズヴィックの赤い目が輝きを増すと、肌にくっきりと竜麟が浮かび上がった。

 レイヴンが放つ超常の力とは質の違う魔力。

 トラヴィスも皇帝がまさかここまでの力を有しているとは思わなかったのだろう。不満そうに顔を引き攣らせてクレアの後ろへ下がった。


「さて、“中に何がおるのか” 確かめるとしようか」


 皇帝ロズヴィックは獰猛な猛獣の様な笑みを浮かべて物言わぬクレアの前に立った。

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