情報交換
レイヴンが帝国を襲撃した黒い鎧の人物だと知って多少のごたごたはあったが、一先ずに安全な場所へ移動したレイヴン達はルーファスが戻って来るまでの間、反乱軍の現状説明と今起きている事について、お互いの情報を交換しつつ確認をする事にした。
勿論、回収した魔物の素材はきっちり鞄の中に収まっている。
「詳しい話はルーファスが戻って来てからの方が良い。我々反乱軍の目下の作戦目標は皇帝陛下を魔眼の支配からお救いする事だ」
皇帝にかけられたトラヴィスの魔眼の支配を解いて、帝国を元の姿へと戻す事がルーファス率いる反乱軍とゲイルの望みだ。しかし、皇帝にかけられた魔眼の呪いについては心配の必要は無いと思われる。
「魔眼か、それなら問題無いと思うぞ。皇帝の目的は分からないが、わざと魔眼の支配を受けた節がある」
「それでは、皇帝は魔眼の影響をご自身が受けている事に気付いておられる上でトラヴィスの言いなりになっていると?」
「そうらしいな。解除の方法にも心当たりがあるんだろう」
「一体どんな思惑が……」
皇帝がどうしてそんな事をしているのか?その答えは何となくだが、レイヴンには分かっていた。
皇帝はおそらく魔眼の支配を自分が魔物堕ちしない為に利用している。けれどそれを今話したところで何の確証も無いのでは話しても意味が無い。
「ふむ…ならば、そちらの話を聞かせてくれ。中央…というより、リヴェリアの協力は得られそうか?」
「北、東、南にそれぞれ部下を配置しているが、リヴェリアは“動けない” 帝国の件が片付くまではな」
「そうか。いや、聞いてみただけだ。リヴェリアなら何か考えているかと思ったのだが、そちらはそちらで大変という事か」
「そんな所だ。ではこちらの話をしよう。正直言って今回ばかりは皆の手を借りる必要があると思っている」
レイヴンはトラヴィスに協力していたステラが味方になった事とクレアがトラヴィスの手に落ちた事を含めて、一連の出来事を説明していった。
ゲイルの仲間達も真剣に話を聞いていた。
「そんな事が……。まさか、あのクレアが……」
「マジかよ。当然、連れ戻すんだろ?」
「ああ、もう奴の好きにはさせない。クレアは俺が必ず連れ戻す。それから、カレン達と一緒にいるステラだが、味方になったと考えて問題無い。ただし、俺はこれ以上ステラをこの件に関わらせたくは無いと考えている」
「それはどうしてですか?トラヴィスに協力していたのなら、何かしらの情報を引き出せると思うのですが……」
「そうだぜ。戦闘に加わらないにしても、事情を聞くくらいの事はした方が良いんじゃねえのか?帝国内の情報なら此処にいる連中だけでどうにかなるけどよ、トラヴィスに関してはまだ情報が不足してる。今は少しでも情報が欲しい」
ライオネットとガハルドの言っている事は最もだとレイヴンも思っている。
ステラなら情報を持っていると考えるのは当然だが、魔核を使用した人工生命体の作製と、意図的な魔物落ちが可能になった事がステラの協力した事の殆どだろう。トラヴィスが白い翼を持つ魔物を使役する術を得た現在、ステラの情報があったとしてもあまり意味は無い。
何せあの白い翼を持つ魔物は最低でもレイドランク。そんな魔物を相手に出来るだけの戦力は残念ながら無い。
「意外だな。お前はもっと力押しが得意な奴だと思っていた」
ガハルドは普段なら怒って突っかかって来るのに、何やら様子が違った。
「……出来るならな。お嬢に任された以上、何がなんでもやり遂げる。それは絶対だ。けどな、認めたくねぇが、俺達に出来る事は思ってた以上に限られてる。特に、さっきの戦闘を見て確信した。要するに、俺達はランスロットみたいな馬鹿にはなりきれないって事だ。情けねえ話だが、これが俺達の現実と現状だ」
ガハルド、ライオネット、ゲイルの三人は黙り込んでしまった。
もしも、フルレイドの魔物に勝てない事を気にしているのだとしたら、そんなものは気にするだけ無駄だ。命の危険を犯してまで勝ち目の無い相手に挑む必要は無い。逃げる事もまた戦いだ。
フルレイドの魔物に単騎で挑むのはレイヴンが知る限り、自分とリヴェリアだけ。マクスヴェルトも可能だろうが、そもそもそんな無茶をする奴では無い。他にはカレンとエレノアも可能性はあるが、絶対とは言えないだろう。
「僕はそれで良いと思うな。意地も大事だけど、死んだら元も子も無いもん。その点、ランスロットは確かに例外かもね。ただの馬鹿は論外だけど、命をかける時を知っている馬鹿は強いよ。ランスロットは本物の馬鹿だからレイヴンにも勝てた」
命をかける必要なんて無い。勝てないのなら逃げれば良い。生き延びる事に必死になるべきだ。けれども、曲げたり背を向けてはいけないモノがある。それがいつなのかは本人次第だ。
「ちょ、ちょっと待った!ランスロットがレイヴンに勝っただあ?」
「レイヴン、今の話は本当なのですか⁈ 」
ルナの言葉に数十名はいる屈強な男達が沈黙に包まれた。
先程の魔物を容易く屠ってみせたレイヴンが負けたと言われても、まるで理解が追い付かない。
ゲイルとロイも目を見開いて固まっていた。
二人もランスロットの実力はよく知っている。レイヴンとの実力差もだ。
万が一にも、レイヴンの敗北はあり得ない。
誰もがそんな馬鹿な事がと思っていると、レイヴンが口を開いた。
「ああ、本当だ。ランスロットも俺も本気だった。手加減はしていない」
「ランスロットの右腕が宙を舞った時には流石に焦ったよね。でも良い戦いだった」
「まあな。だが、奴はその腕一本を差し出してまで俺に勝った。ガハルド、ランスロットみたいに命をかける必要は無いぞ。リヴェリアもそんな事は許さないだろうしな。誰にでも出来る事と出来ない事はある。俺もそうだ」
ガハルドを見るレイヴンの表情は、負けた事を悔しがるどころか嬉しく思っているとしか思えないくらいに穏やかな顔をしていた。それに、以前のレイヴンであればこんな事を言ったりはしない。
何が言いたいのかも、何を考えているのかも分からない。
単語した喋らなかった頃のレイヴンとは全く違う。
「……でしょうね。お嬢は無駄死にを絶対に許しません。勝てないのならさっさと帰って来いと平然と言うでしょうからね」
命の奪い合いであったなら、ランスロットに勝ち目など無い事くらいガハルドにも分かっている。きっと何か理由があった筈だ。
レイヴンを目標にしていたランスロットは、リヴェリアからの部下への誘いを頑なに拒み続けた。駆け出しの冒険者でもリヴェリアからの誘いがどういう意味を持つのか知らない者はいない。
普通の依頼では経験出来ない様な多様な戦闘経験を積む事も出来る上、中央での扱いも通常の冒険者よりも優遇される。勿論そんな物は周りの人間が勝手に気を使っているだけだが、リヴェリアの部下というだけで格別の待遇を約束されているのだ。
武器や防具の調達に至るまで至れり尽くせり。自分でしなければならない事が無い分、依頼や訓練に専念出来る。強くなりたいのならそういう整った環境は必須だ。
それでもランスロットは自力で強くなる事に拘り続けた。
本気のリヴェリアすらも超える力を持つと言われるレイヴンに追いつく為にだけに鍛えた利き腕を差し出してまで、レイヴンから勝利をもぎ取った。
それが一体どれ程の決断であったのかを考えるだけで、ランスロットの覚悟が伺える。
最強に挑む馬鹿はランスロットくらいのものだ。
「……ランスロットの奴は強かったか?」
純粋な戦闘とは違う。けれども、レイヴンが負けを認めた以上、ランスロットはレイヴンに勝った。この事実は変わらない。
真剣な眼差しを向けるガハルドに応える様にレイヴンは頷いて見せた。
「強かった。今まで戦ったどんな魔物よりもな」
「そうか……遂にやりやがったのか」
追いかけ続けた背中がようやく見えた。
きっと勝利を掴んだランスロットには、レイヴンの背中が見えていた事だろう。
だが、実際はまだ影すらも掴めていないに違いない。
それでもランスロットの貫いて来た意地はレイヴンに届いた。
ただの馬鹿には出来ない、本物の馬鹿だからこそ掴んだ勝利。
満足そうに笑うランスロットの顔が目に浮かぶ様だ。
「そうか……そうか……」
ガハルドは何度も噛み締める様にそう呟いていた。