帝国領へ
西の大国アルドラス帝国領の北にあるダンジョン化した洞窟。
その中にレイヴンとルナの姿があった。
カレン達が何やら集まって話し合いを始めたのを良い事に、レイヴンはトラヴィスの地下研究施設でロイから貰った地図を頼りに一足先にゲイル達と合流する事にしたのだ。
因みに此処へはルナが覚えた転移魔法でやって来た。ルナの話ではまだ正確な場所への転移は難しいとのことだが、大体の場所で良いのなら世界中何処へでも移動可能になったそうだ。
何でもフローラの使っていた転移魔術が参考になったらしいのだが、レイヴンにはどうにもあの自称天才魔法使いというのが腑に落ちないでいた。魔鋼の研究者、技師としてなら間違い無く天才と言えるのに、どうしてわざわざ自称天才魔法使いを名乗るのかよく分からない。
「多分マクスヴェルトに憧れてるとかじゃない?一応賢者って呼ばれてるからさ。僕は何とも思わないけど、魔法が使える人にとっては物凄い人らしいし。ほら、レイヴンだって魔物混じりの人達から尊敬されてたりするでしょう?」
「初耳だ。そういうものなのか……」
「さあ?適当に言ってみただけだよ」
「……」
「冗談だって!前にミーシャがそういう風な事を言ってたんだよ」
ランスロットは傷が完全に治ってから合流する予定だ。ミーシャの方は一度リアムの街へ戻って、ルナが作りかけてそのままにしていた薬の量産を継続する事になった。また白い翼の魔物が来た時の為に備える為にもルナが大量に作った薬を有効活用しようという訳だ。
ルナが“売れば良いお小遣いになったのに” と残念そうに呟いたのは聞かなかった事にした。
ダンジョンの中は想像以上に入り組んでいて、かなり複雑な構造をしている。普通に攻略しようとしたならレイヴンでも数日はかかりそうな広さだ。勿論、魔物の素材を傷付けない様に戦ったらの話だが。
「それにしてもさ。こんなに広いダンジョンを拠点にするなんて思い切った事を考えたよね。これなら確かに気付かれ難いだろうけど、いちいち魔物と戦わなくちゃいけないのも面倒って言うか……うわっ⁈ 」
前を歩くレイヴンが突然立ち止まった。
「いたたたた……もう、どうして急に立ち止まるかなあ」
「いる。まだ遠い。かなり下だな」
レイヴンはそう言うなり暗闇に向かって走り出した。
初めての場所で視界も悪い。だというのにレイヴンは迷いなく走って行く。
「ねえ、あちこちから魔物の気配がするのに何で分かるの?」
「気配だけを探っても駄目だ。空気の変化を読む」
「空気の変化?流れとかって事?んー……」
魔物が放つ殺気や魔力は、魔物が激しく動いた時などに周囲の空気を押して波紋を広げる。
冒険者が最大限息を殺して進むのも、それと同じ理由だ。
「その内慣れる」
広範囲の感知能力に長けているルナもダンジョンにはまだ不慣れだ。いくらルナの感知力が優れていても、こればかりは経験を積むしか方法は無い。
ただし、殆ど毎日ダンジョンに潜っていたレイヴンならではというのが肝だ。
特定の魔物の位置を正確に掴むには命のやり取りの中で磨いて行くしか無いのだが、既にレイドランク程度の魔物であれば単騎でも討伐可能なルナがレイヴンと同じ感覚を掴むのは難しいだろう。
淡く光る鉱石の数が増えて来ると、ルナにもレイヴンが目指す先にある気配が感じられるようになって来た。それでも大きな何かが動いているのが分かる程度だ。
「フルレイドだな。それに、人間の気配もかなりある。ゲイルやライオネット、ガハルドの気配も感じる」
「フルレイド⁈ 不味いよレイヴン!ゲイル達じゃ倒せない!」
SSランク冒険者が何人いようとも、フルレイドの魔物が相手では流石に厳しいだろう。しかも、逃げる場所の無いダンジョンの中での戦闘はかなりの危険を伴う。
カレンがいたとしても、苦戦を強いられるのは間違い無い。せめてエレノアと二人がかりならどうにかなるだろう。
「ああ、どうやら少々面倒な事になっているらしい。急ぐぞ。着いて来られるそうにないなら後からーーー」
後から追い付いて来い。そう言おうとしたレイヴンの背中にルナが飛び乗って来た。
離れない様に首に腕を回してしっかりと抱き付いている。
「い、や!もう!直ぐ置いていこうとする!一緒に行くに決まってるじゃん!」
「……そうだな。ルナ、一気に突っ込む。振り落とされるなよ」
「勿論!サポートは任せてよ!」
レイヴンは重心を落として薄暗いダンジョンの中を凄まじい速度で走り出した。
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一方その頃。
レイヴンが接近して来ている事を知らないゲイル達反乱軍の主要メンバー数十名とライオネット、ガハルド、ロイの三人は、突然出現したフルレイドランクの魔物を相手に激闘を繰り広げていた。
ダンジョン内に拠点を設けると決めた時から魔物との戦闘を想定して、予備の武器や物資の備蓄、安全区域の確保という具合に準備を整えてあった。万が一、安全区域内に魔物が出現しても応戦可能な戦力も常駐させていたのだが、相手はフルレイドランクの魔物。
どれだけ備えがあったとしても勝てるという保証は無い。
「流石に強いな。負けないまでも勝ち切れないのでは拉致が開かない」
「私としては拠点の放棄をお勧めしたいのですけどね……」
「それは無理な相談だ。想定外の状況だが、出て来たからにはやるしかない」
今戦っている場所は、訓練用に設備を整えた所謂ボス部屋だ。
ここでは最高でもレイドランクの魔物までしか出現しないとされていたのだが、魔物の出現頻度とランクに絶対は無い。
今回は最も出現頻度の低いとされるフルレイドランクの魔物が出現してしまったというだけの話だ。
「ライオネット、黙って戦えよ!俺達だって強くなってんだ!このくらい倒せなきゃ話にならねえ!ロイを見習いやがれ!ずっと黙って戦ってるぞ!」
「ガハルド……勇ましいのは結構ですけど、正確な戦力分析は大切ですよ?相手はフルレイドランクの魔物。お嬢やレイヴンならいざ知らず、このくらいだなんて我々には口が裂けても言えない相手です。それに、ロイは喋らないだけですよ」
「……(その通りッス!自分、余裕無いっス!)」
ロイは元々諜報が主の冒険者だ。動きはそれなりだが、魔物への対処能力は他のSSランク冒険者に比べて劣る。今も必死に攻撃を躱し続けている。
「んなもん書いてる余裕があるなら一撃くらいまともな攻撃を叩き込めよ!」
「……(出来たらやってるっス!!!)」
今回遭遇したのは大型の蜥蜴の様な姿をした魔物だ。
備えてあった設備のお陰でどうにか攻撃を避ける事は出来てはいるが、見た目の通り少し傷を付けただけでは瞬時に再生されてしまう。
必要なのは魔物の再生力を上回る攻撃力。しかし、その肝心の火力が明らかに不足していた。
「もっと攻撃魔法をばんばん使えないのかよ⁈ これじゃあいくら斬ってもきりがねえ」
「愚痴るな。手を動かせ。攻撃魔法が得意な連中は皆、ルーファスが連れて行った。我々だけで対処するしかない」
「マジかよ……あいつらが戻って来るまで持ち堪えるしかねえってのか」
「それまで我々が生きていられれば、ですけどね」
ライオネットの言った事は十分にあり得る事だ。ルーファスの部下達が予想以上に優秀であったから耐えられるだけで、そうでなければとっくに全員殺されていてもおかしくない。
大体、こんな強大な魔物に単騎で相対出来るリヴェリア、レイヴン、マクスヴェルトの三人が異常なのだ。
「急報!!!何者かが此方に向かって急速接近中!警戒態勢!!!」
周囲の警戒を担当していた男の声がボス部屋に響くと同時にゲイル達に極大の緊張が走った。近付いて来る気配は目の前の魔物と同等の力を持つ存在だ。
「通路を塞げ!少しでも時間を稼ぐのだ!」
ゲイルの指示で通路に落石を起こそうとしたが、時既に遅し。
巨大な鳥の姿をした魔物がゲイル達に向かって飛び込んで来た。
「おいおいおいおいおい……ふざけんなよ」
「フルレイド級がもう一体⁈ 」
「……(勘弁して下さいよ!こんな所で死にたく無いっス!!!)」
二体のフルレイドランクの魔物が上げる咆哮がダンジョンを揺らした。