本気で遊ぶ
戦いが長引くにつれてレイヴンの動きに変化が現れ始めた。あれだけランスロットを捉えられなかったのに、何がきっかけになったのか、ぶつかり合う剣の鳴らす音が心地良いリズムを刻んでいく。
一瞬で決着が着くと誰もが思っていたのに、ランスロットは驚異的な体力で攻勢を続けている。戦闘技術としてはランスロットの戦い方は我流過ぎて参考にはならない。それでもレイヴンの目にも止まらない攻撃を躱し、時に受け止めながら戦闘として成立させているのだから驚きだ。
離れた場所から見てもレイヴンの動きなど残像にしか見えないのに、間合いに入った状態で躱していられるのは、レイヴンが言うように見えているとしか思えなかった。
「ぬおお⁈ まともに魔剣と刃を交えたんじゃあ、さすがに俺の剣が折れちまうな」
「前から思ってたが、お前のそのロングソードは普通の剣じゃ無いな?」
「当然!こいつはお前と出会ってからずっと、いろんな鉱石や魔物の素材を組み込んで改良して鍛え続けてたんだ。そんじょそこらの剣とは一味も二味も違うぜ!」
最初に手で受け止めた時からおかしいとは思っていた。ランスロットの攻撃が重たいのは気持ちが入っているからだ。しかし、それとは別にランスロットの剣は異常な重量だったのだ。
いくら筋力が優れているからと言って、こんなに重たい剣を軽々と振り回すとは、どうしてなかなかランスロットも人間離れしていると思う。
「どうせなら魔剣を持ったらどうだ?鋳造魔剣でも、ドワーフの作った魔剣ならもっと軽くてお前の筋力にも耐えられる剣があるんじゃないのか?」
聖剣でも魔剣でも無い鋼の剣。なのにレイヴンの魔神喰いとも斬り結ぶ事が出来る程の強度を持ち合わせている。その代償が見た目とは裏腹な超重量武器という訳だが、それなら尚の事、魔剣を使用した方が良い気がする。
「ははっ、そりゃ駄目だ。俺は自分の魔力を身体強化に使うので精一杯だからな。何にも考え無くて良いコイツが一番なのさ!」
ランスロットが冒険者の依頼で稼いだ金の半分を武器と防具に注ぎ込んでいたのはこういうこいう事だった様だ。
「なるほど。そう言えば昔からそうだったな……」
「そういうこった!」
カレンとエレノアは未だに信じられないという顔で二人の戦いを見ていた。
ランスロットの動きはカレンが知る中で一番良い動きだ。常人離れした筋力と瞬発力、それと天性の戦闘センスが随所に光る。
「カレン、私達とランスロットとでは一体何が違うのでしょうか……。こうして武器を収めていてもレイヴンの放つ圧力を堪えるのが辛くて手が震えるのです。なのにランスロットのあの動きは……」
カレンもエレノアと全く同じ疑問を抱いていた。
ランスロットは決して弱くは無い。レイヴンが言ったように、純粋な人間としてなら間違い無く最強と言って差し支え無い実力の持ち主にまで成長した。
それでもカレン達との差は歴然、ましてやレイヴンとの差はCランクの魔物とフルレイドの魔物くらいの絶望的な差がある。なのにランスロットはレイヴンと互角に渡り合っているのはどういう事なのか分からない。
「多分、遊んでるからだよ」
「ルナ⁈ おい、結界はどうした⁈ 」
結界を維持していた筈のルナがいつも間にかカレンの隣に立っていた。
「慌てないでよ。ちゃんと展開したままだよ。僕が起点となっていた場所に魔方陣を刻んだ板を置いて来たから大丈夫。と言っても分かんないか。あー……えっとね、魔力を転送するだけで維持出来る様に魔法を作ったんだよ」
「魔法を、作った?」
「うん。フローラの国では結界の維持で身動き取れなくて困ったからね。今度はそうならない様にしたんだよ。空間魔法と転移魔法の術式をちょっといじってみたら出来た」
「出来たって……」
「そんな簡単に……」
魔法を作ったと簡単に言うが、てっきり見た魔法を解析して模倣するだけだと思っていた。それだけでもとんでも無い事なのだが……。まさか、そんな事まで出来るだなんて、ルナも恐ろしい速度で成長している。もはや才能の一言では片付けられない特異能力だ。
マクスヴェルトの持つ異常な力を思えば納得も出来るが、それにしても異常と言える。
そこまで考えたカレンの頭を一つの疑問が過った。
“レイヴンによって新しく生まれ変わった者達が、神と魔の血を引くレイヴンの眷族となっているのではないか?”
これまでの事は、あくまでもレイヴンが魔物堕ちしてしまった人達を助ける為に行った事で、レイヴンにそういう意思や自覚があったとは思えない。確かな根拠も確証も無い。けれど、そう考えれば白い髪と肌を持つ者達の異様に高い能力の説明はつく。
レイヴンの魂に近い者ほど、より大きな恩恵を受けているのだとすれば、クレアとルナの急成長も頷けると言うものだ。
カレンはこの疑問を敢えて口にはしなかった。
幸い、この場には翡翠とアルフレッド、それにシェリルとステラがいる。四人の意見も聞いておいた方が良いと判断した為だ。
ルナはエレノアの隣に腰を下ろしてレイヴンとランスロットの戦いを楽しそうに観戦し始めた。向こうで呆れた表情のシェリルとステラがため息を吐いているのが見える。
「教えて下さい、ルナ。遊んでいるとはどういう意味なのですか?私には二人共本気で戦っている様にしか見えません」
「そうだなぁ、じゃあこう言った方が良いかな。"本気で遊んでる" んだよ。レイヴンの攻撃が当たらないのはランスロットに殺気が無いからだよ。遊びだから殺気なんてこれっぽっちも無いし、絶対に勝たなくちゃいけないだなんて気負いも無い。だけど、負けるのは悔しいから、お互いに手は抜かない。別に戦いじゃ無くてもさ、僕は何でもそうだと思うよ?どんなにくだらない事でも、本気でやるから面白い。楽しいのが一番!結果は二の次なんだよ。あーあ、僕にも近接戦闘が出来たらなあ……」
「本気で、遊ぶ……そんな考え方が。しかし、こんな時に何故?」
ルナはレイヴンを見たまま目を細めた。
「レイヴンはさ……これまでずっと、やりたくも無い命のやり取りをして来た。だから、どんなに上手く隠しても、そういうのが全部分かっちゃうんだよ。本当にその気が無くてもね。だけど、ランスロットはそこのところ、なぁんにも考えて無いから殺気なんて無い。だからレイヴンは、訳が分からなくて面食らったんじゃないかな?」
「なるほど。今のレイヴンを相手にしようとすれば誰でも心が乱れる。しかし、何も考えていないからランスロットは平常心のままレイヴンと渡り合えるのか……。まったく、どういう冗談だ」
頭の中を空っぽにして最強の魔人に相対する。
そんな馬鹿な話があってたまるか。
カレンは、そう思う一方で、それでこそランスロットだという思いもあった。
そういう男だからこそ、レイヴンの側に居られる。
普通ならレイヴンの力を恐れ、恐怖して距離を置いてもおかしくはない。
「ま、実際は何か目的があるんだとは思うよ?さすがにランスロットでもそこまでじゃあ無いでしょ。それに、きっとレイヴンも無意識に続けたがってるのかもね」
「そんな事があり得るのか?レイヴンが戦いを好まない事くらいランスロットなら当然知っている筈だろう?」
「どうかな。さっきから互いの攻撃を剣で受け止め合ってるのに、全然終わらせる気配が無いんだもん。まあ……あんな攻撃がまともに当たったら、一撃で勝敗が着いちゃうから仕方ないけど」
終わりの見えない戦いも永遠には続かない。
ランスロットの動きが明らかに鈍くなって来ているのが分かる。
「何やってるんだよクレア……。あそこはクレアの目指した場所なのに。早く戻って来ないと、次は僕があの場所取っちゃうからね……」
ルナは誰にも聞こえない声で呟いた。