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ランスロットvsレイヴン

 

 今のレイヴンに挑む事が出来るのはおそらく、この世界では本来の力を取り戻したリヴェリアだけ。それでも勝てるかどうかは分からない。

 レイヴンが自分の力を制御出来なくなったら、もう数の有利など何の意味も無くなってしまう。


 ーーーこれが現実か。


 カレンの中にも諦めの様な感情が芽生えたのは確かだ。


「馬鹿ランスロット、あなたどうして武器を持って平気な顔していられるの?」


 敵対する意志を示せば容赦なく重圧が襲い掛かる。そうで無くてもレイヴンの放つ威圧感はとてもランスロットのような普通の人間に耐えられるものでは無い。なのにランスロットは涼しい顔をして立っている。


「レイヴンに勝とうとするから、俺よりずっと強いくせに勝てないんだぜ?」


「どういう意味?」


「そのまんまだろ?よし!始めようぜレイヴン!」


 ロングソードを構えたランスロットに恐れや絶望といった感情は微塵も無い。いつもの様に飄々とした雰囲気のまま向かい合っている。

 カレンとエレノアが二人がかりでも戦いにすらならなかったと言うのに、ランスロットに勝てる筈が無い。

 しかし、先程まで暗い影を落としていたシェリル、ステラ、ルナの表情にはそれを心配する様子が無い。


「ランスロット。お前は普通の人間としてなら、強い。だが……」


「おいおい。お前まで勘違いしてるのかよ。ま、良いや。やってみりゃ分かるさ」


 無造作に飛び込んだランスロットの一撃が魔剣と交錯する瞬間、ランスロットは剣から手を離した。


「へへっ」


 魔剣に打ち上げられたロングソードが宙を舞う。と、同時にレイヴンの体を浮遊感が襲った。交錯する瞬間にわざと脚を大きく滑らせて、その勢いで相手の足元に絡みつき姿勢を崩す技だ。魔物相手には殆ど使えない技術だが、人間の様に二本の足で立っている者に対しては有効だ。


(なっ……)


 追い打ちする様にランスロットの拳がレイヴンの顔面へと迫る。それを難無く躱したレイヴンであったが、体格の割に瞬発力が非常に高い。次の瞬間にはロングソードを手にしたランスロットが距離を詰めて来た。


 弾き飛ばした筈のロングソードが地面に落下した音は聞こえなかった。


(あれか)


 ランスロットの手にキラリと光る細い糸が見えた。

 予めロングソードに糸を括り付けているとは実にランスロットらしい。先程言った“人間としてなら強い” というのも本心だった。ランスロットは既にSSランク冒険者の中でも頭一つ抜き出た実力を持つ迄に成長していると思う。これは純粋な人間としては非常に特異な事例だろう。

 型に捉われない変幻自在の立ち回りと、強大な力を持った魔物との戦闘、リヴェリアやカレンといった強者との濃密な戦闘経験がランスロットに人間としての限界を、壁を超えさせた。


「さっすが!今のを片手で受け止めるのかよ!」


 レイヴンは敢えて剣で受けずに腕の鎧で受けた。


「……良い一撃だ。重く、芯に響く」


 十分に体重が乗っていない一撃とは思えない衝撃と重さ。これだけの攻撃をどんな体勢からでも放てるのはランスロットの強みだ。おまけに触れた刃は既にレイヴンの体から離れて次の軌道を描いている。

 連続で攻撃を続ければ一撃の重みは次第に軽くなるものだが、ランスロットの場合は逆だった。攻撃を重ねてリズムを掴むと突然攻撃が重くなるのだ。最初の一撃を剣で受けていたら次の攻撃への対処が間に合わない。

 しかも攻撃のリズムがころころと変わる。緩急をつけていると言うよりも、呼吸そのものが読めない事がしばしばある。剣が来ると思えば足が、足が来ると思えば組み技、打撃が来る。何でもありだ。

 エレノアの型にはまらない戦い方も見事だったが、ランスロットとの動きは一味違う。魔物という予測不可能な動きをする相手とばかり戦ってきた経験の差が、実戦において大きな差となっているのだ。


(流石だな。常人離れした肺活量を余す事なく使った良い動きをする。次の動作までの予備動作が殆ど無い。これでよくバランスを崩さずに戦えるな)


 ランスロットの攻撃は荒々しく、リヴェリアやエレノアの様な洗練さは持ち合わせていない。しかし、それがランスロットの持ち味であり、誰にも真似出来ない強さの源なのだ。



『や、やるものじゃのう。正直、あやつがここまでの手練れとは思わなかったぞ』


 それは周囲で二人の戦いを見守っていた全員の心中を代弁した言葉だった。

 翡翠の言う通り、ランスロットは全力のレイヴンに対して一歩も引かずに渡り合っている。

 二人の実力差、力の差を考えれば有り得ない光景だ。かと言ってレイヴンが手を抜いている様子は無い。

 レイヴンは手がブレて見えなくなる程の速度で剣を振っているのに、ランスロットはそれらを尽く躱している。その光景は先程までカレンとエレノアの攻撃を華麗に躱していたレイヴンと同じだった。


「これは一体……あの二人が戦う事も出来ずに戦意を喪失してしまったのに、どうして相対出来る?私には何が起こっているのか分からない……」


 レイヴン程では無いにしろ、カレン、エレノアの二人も超常の力を持っている。その二人と比べてもランスロットの実力は足元にも及ばない。


『これはおそらく、心の在りようの違いじゃろう。二人はレイヴンに勝とうとした。しかし、あのランスロットという男には、レイヴンに勝つつもりも、負けるつもりも無い。それがこの結果を生み出しておるとしか考えられぬ』


 ランスロットは勝てない事を承知でレイヴンの前に立った。

 しかし、前に立ったからには負けるつもりも無い。たとえ相手の実力が自分よりも遥かに勝っていても、手を抜かずに全力で戦う。その結果、最後に立っていたのがどちらなのか?きっと、ランスロットはそういう戦いをしている。


「そうか、殺気だ……」


 アルフレッドの気付きは正しい。

 相手を傷付けるつもりが無くとも、攻撃という動作そのものには少なからず殺気が宿ってしまう。どんな達人であってもそれは完全には消せない。あくまでも相手に気付かれない程度にまで抑え込んでいるに過ぎない。


 理屈が分かれば酷く馬鹿馬鹿しくて笑ってしまいそうになる。

 これは勝敗を超えた戦いだ。

 どうしたって決着は着く。なのに勝ち負けを考えていない。

 そんな事はランスロット以外の誰にも真似出来ないだろう。レイヴンという圧倒的な強者を前にして、自制するどころか最初から考えてもいないだなんて、唖然として見ているカレンとエレノアには思いも寄らない事だろう。


 翡翠は一人頷いて、激しい戦いを繰り広げる二人へと視線を戻した。




「おっと!危ねえ〜!!!腕が無くなるところだった!儲け儲け!」


「よく言う。今のは“見えて” いたんだろう?」


「は?そりゃあ買い被りだ。こう言っちゃなんだが、俺にはお前の攻撃は全然見えて無えよっ!」


 レイヴンの攻撃は目で追う事は愚か、攻撃の瞬間に発する筈の動作の気配すら殆ど無い。攻撃が見えてから避けようとしたのではとても間に合わ無い。

 だからこそ攻める。後手に回ってしまっては次の動作を予測出来ない。強引にでも自分で流れを作って次の動作を限定させる。それでもレイヴンの対応力を考えれば無意味に近いのだが、ほんの欠片でも意味があるが故にこうして戦っていられる。


「くっ!嘘をつけ。なら、どうして俺の攻撃が当たらない?」


 戦闘を始めてから暫く経つのに、レイヴンはランスロットに対して一撃も加えられないでいた。殺し合いをしている訳では無いので最低限、急所を外す様にして加減はしている。それでも手を抜いたりはしていなかった。

 実力差は問題じゃ無い。手抜きをする事は、ランスロットが最も嫌うと分かっていたからだ。だからこそ、今の姿でも全力で戦っている。それこそ腕の一本、足の一本を斬り落とすつもりでだ。死ななければルナの回復魔法とミーシャの薬でどうにでもなる。


「どうしてだろうな?けど、俺は必死だし、お前も手を抜いてる感じはしねえ。もしかして俺が強くなったって事か?あははは!そりゃ良いぜ!」


「はぐらかすな。分からないから聞いている!」


 次第に苛ついて来たレイヴンは、思わず力が入り過ぎてしまった。


(しまっ……!)


 万を越す魔物の群れすら一撃で屠る攻撃がランスロット目掛けて放たれた。

 けれど、その攻撃すらもランスロットに届かない。

 レイヴンの放った赤い魔力の雷は、ランスロットから逸れて結界にヒビを入れただけだった。


「どうした?それも当たらないぜ?」


「チッ!」


「ごちゃごちゃ考え過ぎなんだよ。今を楽しめよ、レイヴン!」


 ランスロットの振り下ろした一撃を“魔剣で受け止めた”レイヴンは、苛つきを露わにする様に口元を僅かに歪めた。



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