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サラとリヴェリア 後編

 

 ゆったりと紅茶を飲むリヴェリアとオルドとは対照的に、サラは顔面蒼白となって紋章を見つめていた。


 自分ならどうするのか意見を聞かせて欲しいと言われて、つい調子に乗って喋り過ぎてしまった。


(ど、どうしよう……竜王陛下は私に任せるおつもりみたいだけど、こんなの無理に決まってる。お父さんならともかく、私みたいな小娘の話をまともに聞いてくれる訳無いよ……)


 サラの喋った知識は父親であるダストンから教わった物が大半で、ここ数年の情勢についてもユキノや大臣達の手伝いをしている内に見聞きしたのを書き留めたりしながら覚えていただけだ。

 それに中央が保有する資財の二割と簡単に言っても、その額は莫大だ。魔物の数がやたらと多い中央大陸にあって、これだけの街を安全に維持していられるのは一重に竜王陛下の手腕があればこそ。ダストンが言ったように並の者では到底不可能だ。


「やれやれ、カレンから聞いていたのとは少し違うな。仕方ない、サラの疑問を“いくつか“ 解決してやろう」


 リヴェリアはそう言ってサラの向かいに座り直すと説明を始めた。


 先ず、中央大陸に棲息している魔物についてだが、カレンとカレンの率いる一団、そしてレイヴンが厄介な魔物の殆どを駆逐しているのが大きい。

 これはリヴェリアが本人達に頼んだ訳では無い。彼等が自由に動くだけで勝手に減らしてくれているのだ。


「サラも知っての通り、レイヴンの力は強大だ。魔物の群れと遭遇してもダンジョンに一人で潜ったとしても問題にもしない。単騎であっても容易く殲滅してしまう。……それでも数は多いのだが、おかげで随分と魔物の被害が減っているのだ。だから私は他の事に集中していられる。そして、サラを推薦したのはカレンだ」


「カ、カレンさんが⁈ どうして私なんかを……」


「カレンはああ見えて、元は商人の出なのだ。冒険者になったのも、魔物の素材やダンジョンに眠る宝を自分で仕入れる為。それがどういう訳かダンジョン攻略にハマってしまってな。今では冒険者が本業なのだ」


 リヴェリアの知る限り、カレンの家系は代々竜人族の商人をしていた。

 人間とは基本的に関わりを持たない竜人族の中で唯一下界へ降りて商いが出来る一族だった。


「カレンさんが元商人だなんて……でも、言われてみれば確かに……」


「今では殆ど知る者はいないが、カレンは中央の商会を纏める長を今でも兼任している。そのカレンとの交渉を成功させたサラなら、私の計画をやり遂げるだろうと手紙に書いてあった。中央商会の長が推薦したのが理由では不服か?」


「い、いえ!とんでもないです!だけど私には……」


 カレンがそんな大物だとは全く知らなかった。ユキノもカレン自身もそんな事は微塵も表には出さなかった。ただ、カレンがサラとの交渉の時に見せたしたたかな目の色だけは、父ダストンが大きな取り引きをしている時の目に似ていたように思う。

 カレンとの交渉も殆ど勢い任せで、譲歩してくれたのが不思議なくらいなのだ。


「最終的に決めるのはサラだ。これ以上無理強いするつもりも無い。どうしてもと言うのなら他をあたるだけだ」


 サラには荷が重い事は百も承知している。だとしても、既にリヴェリアはこの計画を託すのならサラ以外には無いと考えていた。

 カレンとレイヴンの二人を動かしたサラが居なければニブルヘイムは未だに混沌とした状況にあっただろう。下手をすれば一切合切をレイヴンが薙ぎ払っていたかもしれない。


「私は……」


 父ダストンの後を継ぐ。

 そんな漠然とした想いが幼い頃からあったのは確かだ。けれど、何の為に商人の道へ進むのかを考えた事は無かったと思う。

 ニブルヘイムでの事件に巻き込まれ、激しい飢えと、生活するのに必要な物資を手に入れるのでさえ困難な状況にまで追い込まれた時だって、商人として自分に出来る事が何もない悔しさに暮れていただけだ。未来や展望だなんて描いている余裕なんてこれっぽちも無かった。


「サラ、私が思うにはレイヴンを相手にするよりは楽な交渉だと思うぞ?」


「え?」


 五カ国を繋ぐ物の流れを作るよりもレイヴンの相手が難しいだなんておかしな話だ。

 その疑問はリヴェリアの次の言葉で分かった。


「レイヴンは商人の武器が一切通用しない相手だ。金や情報をちらつかせても絶対に動かない。ましてや権力を振りかざそうものなら、どんなに助けを求めても躊躇なく見捨てる。カレンに手紙まで書かせた事にも驚いたが、私はそれ以上にレイヴンの心を動かしたサラの心に興味がある。商人には経験も度量も必要だ。けれど、一番大切なものを既に持っているではないか。レイヴンを動かしたのがその証拠だ」


「大切なもの……」


 レイヴンは優しいばかりの青年では無い。

 それは人間の醜い部分を嫌というほど知っているからだ。


 良い事も悪い事も、同じ一人の人間がどちらの顔も持っている。それがどちらに傾くのかというだけの違いで、殆どの人間が善人にも悪人にもなる。

 だからこそレイヴンは相手の本心でしか動かない。例え次の瞬間に助けた人間が悪に染まったとしても、牙を剥いて来たとしても、助けを求めたその瞬間に本当の心があるのなら、それはレイヴンが動く理由になる。

 心から救いを求めて手を伸ばすなら、相手が誰であろうとも絶対にその手を掴む。立ち塞がる者にも容赦はしない。


 極端で酷く冷酷な様でいて、レイヴンの様なお人好しは他にはいないと断言出来る。

 一体何処の誰が、たった一度の粗末な食事を対価に国を救うというのか。


「お嬢さん、これは千載一遇の好機じゃ。商人として実績があろうが無かろうが、商会の長を説き伏せた意味は、お嬢さんが思っているよりもずっと大きな意味があるんじゃよ。商人たるもの誠実であれ。商人たるもの貪欲であれ。何事にも“流れ” がある。商人として生きるのなら、人、物、金、情報の全ての流れに常に気を向けておらねばならん。しかし、その流れが必ずしも自分の所に来るとは限らんし、流されるままでは掴み損ねてしまう。お嬢さんは何を掴むつもりで商人になった?儂は既に目標を口にしておったと思ったがのう……」


「オルド……」


「おっと、これはいかん。ついしゃしゃり出てしもうたわ」


 サラは既にリヴェリアとオルドの二人の心を掴みかけている。

 後はサラが自分の持っている力に気付くだけだ。


 王も貴族も平民も冒険者も男も女も関係無い。人は本物の言葉にこそ揺り動かされる。

 それは誠意であったり誠実さだったり、他愛のない世間話だったり。

 何気ない言葉の中にもそれはある。


 悪魔がどうして人の魂を対価に欲するのか。

 カイトがレイナに拘ったのは、レイナの魂の輝きに惹かれたからだ。

 高潔な魂の紡ぐ声は心地良く響く。


「私の目標……そうか……」


 サラはレイヴンが見せた幻想的な光景を思い出していた。


 神をも超える超常の力は、人々を暗闇から解き放った。

 雪と氷が溶け、厚い雲を裂き、光の射す大地には花が咲き乱れ、山は深い緑に覆われた。

 あの光景を見ている人々の目には強い希望に満ちた光が宿り、それまでの苦境が嘘だったのかのように明るく笑い声を上げていた。

 本当に夢を見ている様だった。

 やがて歓喜の声は、自由と幸せを噛みしめて嗚咽を漏らす人達の声へと変わった。それがとても心地良くて、嬉しくて嬉しくて……。

 喜びの涙を流す人達を見て、自分も人の役に立ちたいと思ったのだ。レイヴンの様には出来なくても、自分にも出来る事がある筈だと。


(……そうだ。こんな機会逃したら、もう二度と無い。私が駆け出し商人だなんて言い訳だ。駆け出しでも商人を名乗っているんだもの。カレンさんが私を推薦してくれたのなら信じてみよう。何でも最初は初めてだものね。だっら思うままにやってみよう。やるなら後悔しない方が良いよね、レイヴン)


 サラは目の前に置かれた紋章を胸に着けて俯いた顔を上げた。


「私は私の思い描く理想の為に、竜王陛下の計画を利用させてもらうおうと思います。宜しくお願いします!」


 突然やる気になったサラを見たリヴェリアとオルドの二人は、堂々と“利用させてもらう” と言い放ったのを聞いて腹を抱えて笑い転げていた。


 自信があるのか無いのか。

 ふざけているのか本気なのか。


 どちらでも良い。


 サラの偽り無い馬鹿正直な言葉は、二人の心をしっかりと掴んだ。



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