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オルドとリヴェリア

 紙の束をひたすらめくる音がする部屋の中でサラはガチガチに緊張して固まっていた。


(ど、どうしよう……意気込んで此処まで来ちゃったけど、私凄く場違いなんじゃあ……着ている服だって……)


 中央については父のダストンからいろいろ聞いて知っているつもりだったのだが、見るのと聞くのでは大違いとはこの事だと思っていた。


 街は驚くほど沢山の人で溢れて活気があり、何処も清潔に保たれていた。魔物混じりを見る目こそ何処でも同じだが、それでも街の人達は絶妙な距離感を持って関わらない様にしているのが分かった。

 よく言えば品がある様にも見える。しかし、あの目はどちらかと言うと、無関心。

 そういう目だ。


 特に驚いたのは、これだけ大きな街だというのに、周囲に魔物の気配が全く無い事だ。

 冒険者の中でも指折りの実力者が集まる街だ。魔物がいれば直ぐに退治されてしまうのだとしても、此処に来るまでに遭遇した魔物の多さを考えれば別世界だ。

 その上、冒険者を統率しているのが竜王陛下直々で、とんでもなく若く美しい美女であった事だ。しかも、立派な王城があるにも関わらず、冒険者組合の一室で暮らしているなど信じられない。


「お嬢さん、そんなに緊張しなくても誰もとって食べたりはせぬよ」


「あ、ありがとうございます……」


 一緒に部屋に通された老人の名はオルド。

 こういう場に慣れているのか、見た目は何処にでもいる老人と同じなのに、どっしりとしていて物腰の柔らかな様子には不思議な魅力を感じる。

 どうやらレイヴンの知り合いのようだが、孤児院の運営を世話しているらしい事以外にはまだ何も知らない。


「そう言えばお嬢さんもレイヴンの知り合いなのじゃろう?北にあるニブルヘイムという国では大層な暴れようだったらしいが、迷惑をかけたりはせんかったか?何せあやつは言葉が足りんからのう」


「と、とんでもない!レイヴンがいなかったら私達も国の人達も多分全員死んでたと思います。それに、レイヴンは確かにぶっきら棒で取っ付きにくい感じですけど、とても優しい人だと思います」


「そうか。なら、良かった。上手くやっておるようで安心したわい」


 優しい笑顔を見せたオルドは自分の孫を心配している様な、そんな雰囲気があった。


「あ、あの。レイヴンが王家直轄冒険者っていう、凄い冒険者だって聞いたんですけど、この街には他にもレイヴンと同じ王家直轄冒険者の人が何人もいるんですか?」


 レイヴンがニブルヘイムで見せた力は人間の領域を超えていた。

 カレンや仲間達も凄かったが、殆ど一人であの国の魔物を倒してしまった。そんなレイヴンと同じ肩書きを持つ冒険者が他にもいるらしいと知った時には、自分の知る知識と世界が如何に狭い知識であったのかを思い知らされた気がした。


「はっはっは。あんな超常の力を持った存在が何人もおる訳がなかろう。王家直轄冒険者は三人だけじゃよ」


「た、たった三人?その内の一人がレイヴン⁈ 」


「魔人レイヴン、賢者マクスヴェルト。そして、お嬢さんの目の前に居るのが、剣聖リヴェリアその人じゃよ。今は竜王リヴェリアとも言った方が良いか。まあ、その辺の話は少々ややこしいんじゃが、実質的に中央大陸の全権を担っているのはリヴェリアじゃな」


「……え?竜王陛下が……王家直轄冒険者?え?え?」


 サラはオルドの言った事に理解が追いつかずに頭が真っ白になった。


 中央へは竜王陛下への謁見を求めてやって来た。目的は北の現状を報せる事と、中央で商いをする許可を陛下に直接貰う様にとユキノに言われたからだ。


「オルド、その辺にしてくれないか。サラが固まってしまった。私はそんなに大層な人間では無いよ。レイヴンと同じ、出来る事を精一杯やっているだけだ」


「確かに。ですが、並の者には出来ぬ事。精一杯の次元が違い過ぎて、とてもとても……。謙遜が過ぎれば嫌味にもなりましょう」


 リヴェリアは書類の束を机の上に置いて溜め息を吐いた。


「全く……その言いようは昔と変わらないな。こうして直接会うまで、まさかオルドがお前の事だとは思わなかった。久しいな、公爵」


「お久しぶりでございますな。それと、元公爵ですよ、お嬢。今はただの世話好きの老人に過ぎません」


「お前が突然中央を去った時には、新たに貴族階級を設けた事を心底後悔したとも。おかげで私の仕事が増えたではないか。空席となった公爵の地位の事を、事情を知らない元老院の爺共を説得するのは骨が折れた」


「仕組みとしてはこれで問題無かったと、今でも思っております。貴族階級は増え過ぎた人口を効率良く統率するには都合が良い。けれど、人を権力と金で支配する仕組みが、私にはどうしても耐えられなかったのです。人の感情を金の流れで操るのは、冒険者であった頃に情報を専門にしていた私にとって、要領さえ掴めば簡単な事でした。

 冒険者として大成する事の無かった私にとって、貴族という肩書きを得た事は幸運。口先の巧さしか能の無い私でもどうにかやっていける。そういう意味では天職だと言えたでしょう。

 しかし、身の丈に合わない権力と金は人を狂わせる。私は自分の言葉一つで狂っていく人間をあれ以上見ていたくなかった。貴族という仕組みに加担しておきながら、その役目から逃げた私が言う事では無いのは承知しております。それでも私は、その器では無かったのです。どうかお許し下さい……」


 オルドはそう言って深く頭を下げた。


 貴族社会は本音と建前、そして人脈と金を上手く使える者にとってはまさに天職だ。

 帝国と違い、国の為にその身を捧げ、名誉や栄誉の為に命をかける必要が無い。言うなれば形だけの貴族制。

 わざと目に見える階級格差を設けることで増え過ぎた人口を意図的に操るという思惑は功を奏した。


 中には横柄な態度が目に余る者もいたが、そういう者は放っておいても排除される。頭の回らない権力と金だけの貴族は、他の貴族によって淘汰されるからだ。

 そしてもう一つ、これは魔物混じりという権力や金ではどうにもならない第三の勢力が中央の中で密かに確立して来ていた事が大きい。

 彼等は迫害を受け続ける中、協力し合う事で自分達の安全を守ろうとした。仕組みを超えた繋がりは権力や金では縛れない。貴族達に出来たのは精々が危険度の高い依頼の発行くらいの物だった。

 そして、後にその勢力の安定を決定的なものにしたのがレイヴンの存在だ。


「止せ。私がお前ならばと思って手を回したのは事実だが、あまりに適任過ぎた。考えが至らなかったのは私の方だ」


「ですが、悪い事ばかりではありません。結果的に私はレイヴンとの出逢いを得ました。それは私にとってかけがえのない宝です。今では孤児院の子供達の成長を見守ることが、すっかり生き甲斐になっておりますれば、これもまた天職であったと実感しておる次第です」


「そうか……レイヴンを助けたのがお前で良かった」


「偶然か必然か。いずれにしても、全ては繋がっておるという事でしょうな。本人は全く気付いてもおらぬでしょうが」


 魔物混じりでありながら王家直轄冒険者の肩書きを持つレイヴンは、魔物混じり達にとって大きな大きな希望だった。

 彼等を動かすのは現実的な希望。自らもレイヴンの様になれるかもしれない。そういう思いが生きる意志となり目標となった事で、魔物堕ちしてしまう者が劇的に減少した。


 これにはリヴェリアも驚いた。

 レイヴンを王家直轄冒険者にしたのは実力もさることながら、レイヴンという存在を貴族達に認めさせ、余計なしがらみから守るのが目的だったからだ。


 魔物混じり達が自らの力で団結し立ち上がった事は副産物だったのだ。


 魔物混じり達の置かれた境遇については具体的な解決策を何も用意出来ていなかった。権力や金では動かない彼等を動かせるのは、同じ境遇にある者の真実の言葉だけ。そうでなくては、いくら仕組みを作っても彼等の心までは変わらない。彼等を変えたのはレイヴンの生き様そのものだった。


「そうだな。そうか、叔父上はその事に早くから気付いておられたのだな……。人の心を動かす最も大切な事。私もまだまだだ」


「お嬢なら出来ますとも」


「ふふふ、簡単に言ってくれる。だが……そうなる様に精一杯努力しよう。さて、ではそろそろ本題に移るとしようか」


 リヴェリアは口をぱくぱくさせて固まっているサラに声をかけて本題に移る事にした。




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