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矛盾する心

 

「は?……は?はあああ?」


 ミーシャは目の前の光景に口をあんぐりと開けて立ち尽くしていた。

 アルフレッドの手伝いで一緒に妖精の街へ出かけていたら、突然のレイヴン魔剣の鼓動が聞こえて来た。何かあったと思って急いで戻って来てみれば、レイヴンを始め、リヴェリアの部下達までもが車座になって食事をしていたのだ。


「あ、レイヴンそれ取って」


「これか?ほら」


「そう、それそれ!ありがとう!お、おおっ⁈ 何この食感⁈ もちもちして美味しいかも!」


『ほほう、そんなに美味しいのか。惜しいな、妾は食事を必要とせぬからのぅ』


「あのですね……」


 必死に状況を整理しようとしているのに誰もミーシャの事が視界に入っていないようだ。

 見ている間にどんどん空の皿が積み上げられていく。


「ルナ、沢山あるんだ。もっと落ち着いて食べろって」


「しょうがないじゃん。だって美味しいんだもん」


「あ!それ俺が後で食べようと思って取っておいたやつだぞ!」


「早い者勝ちですぅー!沢山あるって言ったのランスロットじゃん!」


「うるせえ!それとこれとは別だ!」


「あの!!!皆さん何でそんなに普通にしてるんですか⁈ おかしいですよ!特にレイヴンさん!いつの間に復活したんですか⁈ 」


 ミーシャは肉の入った皿を取り合うランスロットとルナの間に強引に割って入った。

 静まり返った面々はポカンとした顔でミーシャを見て、それから黙々と食べているレイヴンへと視線を向けた。


「勝手に殺すな」


 レイヴンはポツリと呟いて、目の前の料理を黙々と食べ始めた。


「そうじゃ無いですよ!あの人達は誰なんですか⁈ っていうか、あの状況は何ですか⁈ 」


「……?」


 レイヴンにはミーシャが怒っている理由が分からなかった。

 皆で食事をしているのは見れば分かる事だ。


「レイヴン、ミーシャはカレン達の事を言っているのではないですか?」


 唯一まともに反応してくれたエレノアであったが、真面目な表情をしている割に手には食べかけの肉の塊と口の周りにはしっかりとソースがついていた。


 ミーシャが指差した先には片翼の美女に挟まれて戸惑っているカレンの姿があった。

 元々仲間だったらしいので特に気にしていなかったのだが、ミーシャには三人が仲良くしているのが不思議に写るのだろう。


「左からシェリル、カレン、ステラだ。それより早く食べないとせっかくの料理が冷めるぞ?」


「え……それだけですか?」


「そうだが?」


 レイヴンは、それがどうしたと言わんばかりの態度だ。


 光の繭が無くなっているのでシェリルとステラが人間に戻れた事は理解出来る。

 魂だけだったシェリルと、神の眷族でありながら魔物堕ちしたステラ。この二人を見事に人間の姿に戻してみせたレイヴンの力には舌を巻くばかりだ。だが、問題にしているのはそこでは無い。ミーシャが知る限り、カレンとステラは険悪な仲だった筈だ。それが今はどういう訳か恥ずかしそうに頬を真っ赤に染めたカレンが二人からご飯を食べさせて貰っているではないか。

 仲が良いのは良い事だが、このままでは一体何がどうなっているのかさっぱりだ。


 遅れて戻って来たアルフレッドも流石にこの状況は読めないのか、核心をつく疑問を口にした。


「出来れば私も説明が欲しいのですがね。ステラは改心した、そう思って良いという事ですか?」


 アルフレッドの問いに楽しげに話していたカレン達も沈黙した。


 レイヴンはシェリルとステラが少し目を伏せたのを見逃さなかった。


「さあな。それはこれから先、ステラ次第で分かる事だ。今はステラが俺達に協力する気になったという事がはっきりしていれば、それで良い」


 レイヴンは二人にもう一度魔力を注ぎ込んだ後、実は薄っすらとだが意識があった。

 周囲の音と気配が分かる程度ではあったが、どうして三人が一緒に食事を摂る事になったかくらいは把握している。


「……レイヴンがそう言うのなら、そう言いたいところですが…」


『それ以上言うで無い。人の心とは確かに移ろい易いものじゃ。それでも変わらぬ絆がある。それで良いではないか』


 願いの力が効果を発揮したという事はステラ自身が“そうありたい” と願ったからでもある。けれど、いくらシェリルやレイヴンが受け入れたとしても、簡単には信用出来無いのも事実だ。


「また貴女はそういう事を言う。私だってそのくらい心得ています。私が言いたいのはステラがまたレイヴンをーーー」


「私がさせない!!!」


 アルフレッドと翡翠の会話を遮ったのはカレンだった。


「……ほう」


 最もステラに対して憎しみを抱いていたのは紛れも無くカレンだ。

 世界樹を通して見た記憶にもカレンの怒りはあった。レイヴンが自分らしく生きようとしているのを邪魔するステラの事を嫌っていた。そのカレンがステラを庇う様な発言をする真意が不明だ。


「そんな事は私がさせない」


「何故、そう言い切れるのですか?」


「その時は、私がステラを殺すからだ」


 カレンの言葉がレイヴン達の動きを止めさせた。


「私がステラの事を許せなかったのは、自分で差し伸べた手を離したからだ。後になってレイヴンを生き返らせたと知った時、私は希望を感じた。絶望と後悔しか無かった日々に光が射した気分だった。“せめてレイヴンだけは” ステラもそう思っていてくれたのだと思った。でも、違った。ステラはレイヴンの手を離した。それも年端のいかないレイヴンをだ……その後レイヴンがどうなったかは改めて言う必要は無いだろう」


「……」


 レイヴンは歩みを止めなかった。

 己の置かれた境遇から逃げなかった。

 レイヴンは多くの者に助けられながら今日という日を生き延びて、明日という日を手に入れて来た。そして今は未来を欲するまでになった。


「この世界で生きる事は決して楽な事では無い。抗う術を持たなければ今日という日を生きるのでさえ困難だ。それは多くの者が同じで、レイヴンだけがそうだったとは言わない。だが……その殆どはステラが手を離しさえしなければしなくても済んだ苦労ばかりだ」


「だから許せなかった。なのに今はどうして一緒に笑っていられるのですか?今の言葉を聞いた限りでは、未だに貴女の中にはステラへの怒りが燻っている」


 カレンの背後でシェリルがステラの手を握るのが見えた。


 分かっている。ステラにそういう気が無い事くらいアルフレッドにも分かっているのだ。

 皆の前で言葉にする事で、今回の件を有耶無耶にする気は無いのだとステラの心に刻む。そしてこれは、カレンへのケジメでもある。


「その通りだ。私は今でもステラを許してなどいない。許していないからこそ、私はステラを受け入れると決めた」


「それはどういう意味ですか?矛盾しているようにしか聞こえませんよ」


「それで良い。翡翠が言ったように人の心は移ろい易いと私も思う。けれど、心に刺さった棘や傷はそうはいかない。簡単に棘が抜けるくらいなら、私達はこんなにも後悔を抱え続ける事は無かっただろう。だからこそ私はステラを受け入れる。憎みたいからじゃない。許したいからだ。ステラの事も、そして私自身の事も。それが今、共に笑っていられる理由だ」


 全てをさらけ出したカレンの言葉は皆の心に響いた。

 納得していなかったミーシャも今は満足そうな顔をしてカレンの言葉を聞いていた。


「許す為に全てを受け入れると言うのですか……」


「そうだ。“人はどんな暗闇に囚われたとしても、また歩き出せる” レイヴンが言った言葉だ。意地を張っているだけではな……。私も前へ進んでみようと思う。互いに歩み寄れば矛盾で無くなる日も早く来るでしょう?」


 カレンは最後にステラの方を振り返って笑って見せた。


「ありがとう、カレン……」


 カレンはきっとアルフレッドがわざと言っている事に最初から気付いていたのだろう。その笑顔は吹っ切れたようにも、照れ隠しにも見えた。


「ふふふ、成る程。納得しましたよ。……だ、そうですよレイヴン。貴方はどうなのですか?」


 集まる視線に居た堪れなくなったレイヴンは一言だけ言った。


「別に。本人が納得しているなら、それで良いだろ」


「おいおい、別にって事はねえだろ?実際のところどう思ってんだ?」


「ランスロットさん、“でりかしー” って知ってますか?」


「何言ってんだよ。こういうのはスカッとしといた方が良いじゃねえかよ。で?どうなんだよ?」


(どうもこうも……)


 願いの力は背中を押す力だ。本人が本心から願った事でなければ、願いの力は効果を発揮しない。

 ならばそれはステラの本心だ。

 カレンが言ったように、しなくても済んだ苦労とやらもあるのだとは思う。だとしても、今こうしていられるのなら、少なくともどれも無駄では無かったと思うのだ。

 あとはクレアが戻って来れば元通り。また皆んな揃って前へ進める。

 今はその為の力をつける必要がある。


 レイヴンは空になった皿を掲げて言った。


「ミートボールパスタのおかわりを頼む。大盛で」



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