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懺悔

 

 意識が戻っていないからだろうか。レイヴンの体を覆う黒い霧は鎧の形を薄っすらと浮かべるだけで具現化する様子は無い。

 背中には四枚の白い翼があるが、力無く閉じられていた。


 ゆっくりと真っ直ぐに光の繭に近付いて行く足取りは重い。


 レイヴンは光の繭の前まで歩いたところで立ち止まった。


「何をする気だ……?」


 何をする訳でも無い。

 ただ立っているだけなのにカレン達はレイヴンに近付けずにいた。




 ーーーーーーーーーーーーーーーー




 光の繭の中で二人の魂は細長いテーブルを挟んで向かい合っていた。


「……」


「……」


 言葉を交わすでも無い。

 互いを見つめ合ったまま。


 止まった世界の中で偽りの時計の針が動く音だけが規則正しく鳴っていた。


(昔からそうだったよね……)


 ステラはいつも落ち着いている癖に、自分に後ろめたい事があると顔に出る。

 本人はそんな事は無いと言うが、いつも一緒にいたシェリルには全部お見通しだった。そしてステラもまた、シェリルがどういうつもりで口を噤んでいるのか察しがついている筈だ。

 表情一つで相手の考えている事が分かるくらいに長い時間を共に過ごして来た。

 だからこそ今は黙って待つのだ。


 シェリルの予想通り、先に沈黙を破ったのはステラだった。


「シェリルもレイヴンも、どうして分かってくれないの……。シェリルなら私の事を理解してくれると思ってたのに。私はあの日の後悔を無くして、初めからやり直したいだけなのに……」


「……」


「辛い記憶なんか無い方が良い。そうでしょう?」


「……」


「ねえ、どうして何も言ってくれないの?」


 シェリルの目に写るステラは幼い頃のステラそのものだ。

 無邪気に笑い合っていたあの頃と同じ姿で、あの頃に戻りたいと言葉にしている。


 でも、それは出来ない。

 楽しかった思い出も、辛かった思い出も全てが大切な想い出となって心に刻まれている。

 どれが欠けても今という時は無かったと確信している。


「ステラ、レイヴンの事ありがとう」


 ステラは怯えた様に視線を逸らした。


「違う……私は感謝される事なんか何もしてない!そんな言葉が聞きたいんじゃない!」


「いいえ、私はあの子の顔を見る事が出来なかったから、レイヴンに会えて本当に嬉しかった。本当よ」


「違う!!!」


 ステラは頭を掻き毟った手をテーブルに叩き付けた。


「何が違うの?私が嬉しいと思ったのは本当だもの」


「そうじゃない……そうじゃない……そうじゃないの!私は自分の為にレイヴンを生き返らせた!シェリルのお墓を掘り返して呼吸の止まった赤ん坊を弄んで利用した!本当はシェリルも生き返らせようと思ったけど無理だった……シェリルの魂はもう何処かへ消えてしまっていたから……。私はレイヴンを利用しようとしただけ!利用しようとしただけなの!」


「なら、どうしてレイヴンの手を離したの?」


 ステラは肩を震わせて拳を握りしめた。


 レイヴンを利用して願いを叶える力を使わせようとした。

 魔剣の研究と製造もレイヴンが力を制御する鍵にするつもりだった。


 アイザックの持っていた魔剣は神を、シェリの持っていた聖剣は魔を喰らう。二本の剣を合わせれば、幸せな時間を奪った奴等に一泡吹かせてやれると思ったのだ。

 聖魔の二つの特性を併せ持つ魔剣はレイヴンにしか扱え無い。

 問題があるとすれば、レイヴンが神と魔の血を受け継いでいるという事。魔物堕ちする前に魔剣の制御を覚えさせる必要がある事だった。


 リヴェリアの協力もあって研究は順調に進んでいった。研究が終わりに近付くにつれて、二本の剣を一つにするという無謀な挑戦も現実味を帯びて来た。

 そして、恐ろしくなったのだ。

 健やかに成長して行くレイヴンとルナとの三人の暮らしは貧しかったけれど幸せだった。その一方で、レイヴンに二人の面影を強く感じる様になっていた。


 このままでは駄目だ。幸せな時間を取り戻す為に、今の幸せを壊してしまう。それでは奴等がやった事と同じだ。


「あの数年間だけは幸せだった。でも、私が望んじゃいけなかった……」


 自責の念に研究が手につか無い事もあった。

 このまま研究を辞めて三人で暮らすのも悪くない。そうすれば少なくとも奴等と同じにならなくて済む。

 けれども、もう一人の自分が囁くのだ。

 二本の剣は二人の形見だった。それをこんな中途半端な所で手放せ無い。死者の命を弄び、新たな命まで作った。

 もう引き返せ無いのだと。


 ステラは、せめて魔剣だけでも完成させようと焦った。

 材料となった聖剣と魔剣にかけられた呪いを利用して、相反する二つの特性を結合させる為には、それを引き受ける生贄が必要だった。


 それがルナだった。

 ステラはレイヴンの遊び相手にと禁忌を犯してまで創り出したルナを生贄に使うという、最悪の決断をした。


 自分が作り出した偽物の命だ。

 どう使おうと自由だ。


 罪悪感など感じ無い筈だった。


『ねえ、ステラお姉ちゃん、あの子はどこにいったの?』


 耐えられなかった。

 遠くで何かが音を立てて崩れて行くのを感じた。


 心配そうに女の子の行方を聞いて来たレイヴンを見て、これまで逃げ続けていた罪悪感が押し寄せて来たのだ。


「私は怖くなって逃げた……」


 遺跡に魔剣と心臓を抜き取ったルナを封印した後、魔法で眠らせたレイヴンを森へ置き去りにした。

 自分を探すレイヴンの声を聞くのが怖くて、走って逃げ出したのを鮮明に覚えている。


 今のレイヴンに力は無くとも、二人の血を引いているのだ。魔物堕ちすれば世界の一つや二つ、簡単に滅ぼしてしまうだろう。

 もしかしたら魔物堕ちする前に魔物が殺してしまう方が早いかもしれない。


 残酷で身勝手。

 自分の手で終わらせる事すらも出来ない。


 反吐が出る。


 ステラは何もかも忘れて地下へ籠った。



「そうよ……シェリルにはもう分かってるんでしょう?本当はリヴェリアには感謝してるって事……」


「うん……」


「だけど、本心は違うのよ……」


 リヴェリアがシェリルを手にかけたと知った時、ステラは皆んなとは全く違う事を考えていた。


『ああ、私じゃなくて良かった。私がシェリルを殺さなくて済んだ』


 戦いが長引くにつれて、それしか方法が無い事はステラにも分かっていた。手を下すとしたら自分がやるべきだとも。それが分かっていて動けなかった。出来る筈無かった。


 ステラはどうする事も出来ずに、人々を守る為だと理由を付け、どうしてシェリルの幸せを奪うのかと、自分自身への怒りを他人に押し付けた。


「最低よね……シェリルがリヴェリアに殺されたって聞いて私が何て思ったか分かる⁈ ホッとしたのよ⁈ 怒りが込み上げるよりも先に胸を撫で下ろしていたなんて……。だからリヴェリアは感謝しているわ。ううん、本当は謝らないといけない。私は取り返しのつかない残酷な事をリヴェリアにした……。なのに、リヴェリアは何も言わずに私に憎ませてくれた。仮初だとしても幸せな時間をくれた。全部分かってたくせに……自分が一番辛かった筈なのに……。だけど、私はそんなリヴェリアの手を払い除けた」


 ステラの手はリヴェリアの差し伸べた手を掴む事は無かった。

 誰の手も掴めない。掴む資格なんか無い。


「結果はシェリルも知ってる通りよ。私はレイヴンを二度も見殺しにした……」


「……だけど、レイヴンは生きてた。それは貴方があそこまでレイヴンを育ててくれたからでもあるわ」


「違う!違う違う違う違う違う違う違う!!!!!!どうして私を責めないの⁉︎ お前が悪いんだ!お前が余計な事をしなければ、こんな事にはならなかったって!!!言ってよ!私が悪いって言ってよ!!!お願いだから……私が悪いって言ってよ……私が……」


 ステラの嗚咽がシェリルの胸を締め付ける。


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