ランスロットとルナ
「ルナ、いい加減寝とけよ。後は俺が見とくからよ」
「うん……でも、もう少しだけ起きてる」
地下世界に夜は無い。
ルナはずっとレイヴンの隣に座って離れようとはしなかった。
「あんま無理すんなよ……」
レイヴンが魔力を使い果たして気を失ってから二日目。前回ドワーフの街で倒れた時も数日は目を覚さなかった。アルフレッドの見立てでも後数日はこのままだろうと言う話だったので、今は交代でレイヴンの側にいる事にしている。
カレンとリヴェリアの部下達は光の繭の監視を継続中。エレノアは相変わらず一人であちこち飛び回っていた。
「ねえ、ランスロット……」
「ん?どうした?」
「レイヴンはどうして自分で自分を傷付けるんだろうね……あのトラヴィスって奴が言ってた事、僕は少し分かる気がしたんだ」
ルナはレイヴンの手を握ったまま、ベットを挟んで向かい合うランスロットに問いかけた。
自分の欲求、願望に素直になる事は必ずしも悪い事じゃない。
トラヴィスの場合はそれが極端過ぎるというだけで、ランスロットも奴の言っている事全てが間違っているとは思わなかった。
レイヴンは自分自身を、トラヴィスは他人を犠牲にして自分の願いを叶えようとしている。
そのどちらが正しいのかと問われれば、レイヴンだと答えるかもしれない。けれど、ほんの少し立ち位置を変えて違う視点から世界を見たなら、トラヴィスの行いも正しい様な気がする。
指を加えて眺めているくらいなら、他人を蹴落としてでも自分がその場所に立ちたいと思うのは自然な事だ。魔物や動物が本能に従って生きる事と同じだ。それが生きるという事だとも言えなくもない。
「止めとけ止めとけ。そりゃあ、いくら考えたって答えなんか出ねえよ」
「どうして?」
「生きるってのは、それだけで誰かに迷惑をかけるって事だからだ。俺にも覚えがある。無茶やってたからな。難しく考えなくて良い。それを許せるかどうは、俺やお前がそいつの事を好きかどうかって事だ。共感って言葉に言い換えても良い。そいつの生き方がどんなだろうと、それがそいつにとって自分らしい生き方なんだとしたら、俺たちはそれを止められるか?」
「……無理、だね」
「そういうこった」
否定する事は幾らでも出来る。けれどそれは、自分の価値観とは違う事柄を羅列しているに過ぎない。その行為になんの意味がるのか。嫉妬だったり、妬みだったり。それらは後付けの理由で、羨ましいと素直に認められない子供の様なものだ。
「僕はレイヴンの事好きだけど、同じ生き方は多分、出来ない……」
レイヴンの周りにいる人間はおそらく、自分には出来ない生き方をするレイヴンに惹かれている。
何があろうと、誰が相手だろうと、自分の想いを貫き通す。
無理も無茶も無謀も。そして不条理さえもどうにかしようとしてしまう。
そんな事は思っていたって普通の人間には無理だ。
人は越えられない壁を前にした時、最初に逃げ道を探す。
“もっと楽な道はないか?”
“もっと越え易い壁はないか?”
“壁の無い場所はないか?”
そうして安全な回り道を選んで進んで行く。
それは賢く生きる事で、わざわざ好き好んで自分から苦労を買う必要は無いと考える人間が大多数なのだから仕方のない事だ。
「レイヴンの事を不器用過ぎるって俺も言うけど、こいつは他に道を知らないだけなんだ。出来るとか出来ないって言うより、強引に最短距離を歩いてるって感じだな。俺は回り道、寄り道ばっかだったけど、それを間違いだとか微塵も思った事は無いぜ?」
「それがランスロットの生き方だからって事?」
「そうだ。俺には俺の道がある。他人から見て無駄な事でも、俺にとっては必要な事だ。大事な事だ。だから今の俺がある」
「ふうん……強いね」
ランスロットは腕を頭の後ろに回して椅子にもたれかかった。
「どうだかな……。精一杯虚勢を張って生きてるって言う方が合ってるかもな。俺は、本当はレイヴンみたいに生きてみたかったのかもしれない。他に選べる道が無かったとしたら、俺は今、ここに居ない気がする。……だから憧れた。凄えって思ったんだよ。それだけさ。強くもなんとも無い……」
ある意味でレイヴンは自由だ。
本人はそれどころじゃ無いだろうし、器用に立ち回れるタイプでも無い。それでも、自分で選んだ道を真っ直ぐに歩けるのは、凄い。
無責任かもしれないけれど、正直に言って羨ましい。そう思うのだ。
「……そっか。レイヴンも、そうなのかな?」
「多分な。今回のクレアの事だってあいつなりに考えた結果なんだろうし。話しておいて欲しかったって気持ちもあるけど、言い難いよな……」
「ごめん……どうなるか分からなかったし、あくまでも推測だったから……」
クレアが魔眼の支配下にある可能性は濃厚だった。けれど、あんな風に変化してしまうとは思ってもみなかった。
一度魔物堕ちした人間は二度と魔物堕ちしない。そういう先入観があったのは認めざるを得ない。
「別に責めてる訳じゃねえよ。一緒にいたって話し難い事くらいあるだろうしな。仕方ないって事もあるさ」
「ランスロットってさ、意外と優しいよね」
「意外は余計だっつうの。俺はただ、皆んなと馬鹿やって笑ってたいだけなんだよ。せっかく出逢えた仲間だしな」
「ふふ、皆んながランスロットみたいに思ってたら良いのにね」
「そりゃどうも……」
ーーードクン。
「「……ッ!」」
ベッドの脇に置かれたレイヴンの魔剣が突然鼓動した。
魔剣から漏れ出した重たい魔力がレイヴンの体を取り囲んで行く。
「な、なあ、今、魔剣の鼓動が聞こえたよな?」
「うん、間違いないよ。だけどレイヴンはまだ……」
ーーードクン。
「まただ。どうなってやがるんだ?」
レイヴンの意識は未だに戻っていない。
なのに魔剣が勝手に鼓動し始めた。
「ランスロット!ルナ!来てくれ!」
天幕の外からカレンが呼ぶ声が聞こえて来た。
カレンらしく無い。普段とは違う焦った声からは余裕が消え失せていた。
光の繭に何か変化があったのだろうと悟ったルナとランスロットは大急ぎでカレンの元へ向かった。
「これは……!」
光の繭は眩い光を周囲に放ちながら激しく明滅を繰り返していた。
けれど様子がおかしい。
レイヴンの力で膨大な魔力を内包していた筈の繭からは酷く弱々しい魔力の反応しか感じないのだ。
「おい、カレン!何がどうなってるんだ⁉︎ 」
「私にも分からん……。レイヴンの魔剣の鼓動が聞こえたと思ったら、急に明滅し始めた」
「何それ、ホントに全然分かんないじゃん!そうだ!アルフレッドは⁈ 」
「今は世界樹の中にある街へ物資を取りに行っていて此処にはいない!」
ーーードクンッ!
カレン達の背後で魔剣の鼓動が響き渡った。
驚いて振り返ったカレン達の目に映ったのは、意識が無いまま魔剣を手に立っているレイヴンの姿だった。
「駄目だよ、レイヴン!まだ寝てないと!」
「よせルナ!近付くな!」
「え⁈ 」
ランスロットが叫んだのと同時にレイヴンの枯れていた筈の魔力が膨大に膨らんで周囲を黒い霧が包み込んだ。
一切の光を通さない完全な闇。
その中で光の繭とレイヴンの赤い目の輝きと、魔剣の放つ赤い魔力だけがはっきりと見えた。