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ドワーフと小人 ②

 

 フローラは飲みかけの紅茶を使ってテーブルに簡易な魔方陣を描いた。


「へえ、魔術を応用した召喚魔法か。面白い事考えるね。呼び出すのは無機物。研究に使う道具とかかな?」


 マクスヴェルトは魔方陣を一目見ただけで、フローラが何をしようとしているのか当ててみせた。


 これにはフローラも顔を真っ赤にして喜んでいた。

 何せ目の前にいるマクスヴェルトは魔法の大家。全ての魔法を操ると言われる大魔法使いだ。そんな憧れの人物に褒めて貰えるだなんて嬉しくて飛び跳ねたい気分になる。


「さ、ささささ流石です!マクスヴェルト様!一目で分かってしまわれるとは思いませんでした」


「様だなんて付けなくて良いよ。それより、ここはこっちの文字を使った方がより安定すると思うよ。ほら、ここをこうして……はい、出来た。やってみて」


「え……あ、は、はい!」


 フローラが魔力を流すと、研究機材や本が召喚された。

 しかも、驚くべきことに殆ど魔力を消耗しなかった。


 魔法に詳しいユッカはマクスヴェルトの何気ない行動に度肝を抜かれて目を丸くしていた。


「凄い……」


 魔方陣の内容を読み解いただけでなく、その場で改変を加えるだなんて異常だ。文字一つ、呪文の一言一句でどの様に魔法の効果が変化するのか全て把握していなければ出来ない芸当だ。


「このくらいはね。でも、コツを掴めば直ぐに出来る様になると思うよ?こんな風に」


 マクスヴェルトはユッカの書いた魔方陣に更に文字を付け加えると魔力を流した。

 すると今度は可愛らしいウサギが召喚された。


「う、そおぉ……」


「へえ〜、こいつはたまげたぜ。無機物を召喚する為の魔方陣から動物を召喚しちまった」


「魔法と魔術は似て非なる物だ。けれど、根本的な原理は同じ。要は過程の問題なのさ」


 マクスヴェルトが指を鳴らすと、ウサギは何処かへ消えてしまった。


「今度は何をしたのだ?」


「え?元の森へ返してあげただけだよ。家族と一緒にいたところを邪魔しちゃったからね」


 事もなげに言ったマクスヴェルトは、話の続きをしようかと言って机の上の菓子と紅茶を片付け始めた。


 フローラとユッカはそれどころでは無かった。

 マクスヴェルトは今、ウサギを元の場所へ返すのに魔方陣を使わなかった。そればかりか、家族といると言った。召喚する対象のいる風景を正確に把握していなければ絶対にそんな言葉は出て来ない。


「あ、あの!今のって座標とか点とかそういう概念からでしょうか⁈ 」


「わ、私も気になります!是非、教えて下さい!」


 二人は魔剣の話そっちのけでマクスヴェルトの見せた魔法に食い付いた。


 リヴェリアは目でガザフに待つように伝えて成り行きを見守る事にした。

 マクスヴェルトが誰かに本格的に魔法の師事を行うきっかけにでもなれば良い。そんな風に思ったからだ。


「点と座標か。懐かしいね……でも、今は駄目だ。先に魔剣の話を進めよう」


「は、はい……」


 マクスヴェルトは一瞬昔を思い出すように遠い目をして手を止めたが、頭を振って直ぐに話を戻した。


「そのくらい教えてやれば良いではないか。魔剣の話はそれからでも……」


 リヴェリアがそう言った瞬間に、マクスヴェルトは持っていた器をテーブルに叩き付けて叫んだ。


「……止めてくれ!!!君が心配してくれているのは分かっているけど、それ以上は余計なお世話だ!僕にはもう時間が無いんだよ!(あ……)」


「マクスヴェルト……」


 リヴェリアの優しさは今のマクスヴェルトにとって辛いものだ。この世界に留まる事が許されたとしても、もう一人の自分がいる限り不可能だ。


 世界の真実は一つ。

 存在して良いのは本物だけ。


 偽物は役目を終えたら消えなければならない。

 優しくされたら覚悟が揺らいでしまう。

 あってはならない未来が欲しくなってしまう。


「……ご、ごめん。言い過ぎた……話を続けよう」




 フローラがガザフに提唱したのは"鉱物に魂が宿る過程について” という研究資料の一説だ。

 これは愛着を持って使い続けた物質に意思の様な物が宿る可能性を指摘した研究で、魔力という自分の精神力を投影して、物質の中に擬似的な人格が形成されるのではないか?というお伽話のような説だ。


 フローラが言いたいのは虹鉱石という元から特異な力を持っている鉱物には、それぞれ無数の意思が存在するという話だった。


「私自身、この研究は眉唾物だと思っていたわ。空想や妄想だけでは研究するには根拠が足りないもの。物質という形ある物を理論的に解明し、証明する事の出来ない事象だという時点で、研究を続けるのに値しないと考えた」


「当然だな。しかし、私の持つレーヴァテインのように意思を持つ魔剣も存在する。レーヴァテインは私の意思を汲んではくれるが、独立した一つの個としての自由意思を持っている。例えば……レーヴァテイン、封印術式を全解除せよ」


『封印術式の解除申請を拒否します。我が王、今は必要の無い処置です』


「な?この様に必ずしも持ち主の意に沿うものでは無いのだ」


『無闇に封印を解かれては竜化現象が抑えられません。自重して下さい』


「……」


 ガザフが目を輝かせてレーヴァテインへ手を伸ばそうとしたところで、フローラがそれを遮った。


「だけど私は、この砕けた魔剣にはまだ意思が残っていると思うのよ。これは私の仮説だけど、レイヴンは意図的に魔剣を砕いて意思を守ろうとしたんじゃないかしら?なら、この魔力が流れる道をもう一度繋ぎ合わせる事が出来れば、この魔剣の意思は蘇る可能性があるわ」


「レイヴンがわざと砕いた……。ならば、そこに何か意図があるという事か?」


「ええ、私の憶測だけどね。多分、レイヴンはどんなに感情的になっても、本能的に守りたい存在を認識している節があると思うの。技術者の私が言うのもおかしいけど、“レイヴンなら” って思っちゃうのよね……」


 フローラは素材そのものの可能性を示した。ガザフは自分とは違う視点からの切り口に感心した様に頷いていたが、口から出たのは別の言葉だった。


「それはそうかもしれんが、俺に言わせればそれでも無駄だろうよ。こいつからはもう呼吸を感じねぇ。素材の持つ可能性を否定する訳じゃねぇが、修復するにしても新しい繋ぎとなる素材を混ぜなきゃならねぇんだ。仮にこいつの意思が残っていたとしても、こいつは虹鉱石で作られた剣だ。生半可な素材じゃ話にならねぇよ」


 最高級の虹鉱石は入手が難しい。修復に使う素材が同じ虹鉱石だったとしても、新たに加えた虹鉱石の特性が邪魔をするかもしれない。それでは出来上がった時に全くの別物になってしまう。


 重たい空気が流れる。


 結論としては修復は可能。フローラの言うように魔剣の意思が蘇る可能性もある。

 しかし、別物になってしまうのなら、修復する意味は無いと言えるという事だった。


「……とある遠い場所で聞いた話なんだけど、万物には八百万の神が宿るという思想があるんだ。どんな物にでも意思が宿っているという信仰の中の考え方だよ。その研究をした人もこれに近い思想を持っていたのかもしれないね」


「ふむ、面白い考え方だな。万物に宿る意思か。我々には思いも付かない」


 この世界には神話は存在しても、信仰心という物は存在しない。

 それは神話の多くが、神や悪魔が世界を滅ぼした事に加担していたと語られているからだ。


「まあね。今までいまいちよく分かっていなかったけれど、フローラの話を聞いて何となく分かった気がする。この魔剣はクレアが自分で“本物にした” 魔剣だ。きっとまだ主であるクレアを待ってる。どんな姿になったって持ち主の意思に応えてみせた魔剣なら、そう簡単に終わったりしないよ。僕はそれを信じたいと思うんだ。やってみよう。フローラ、持って来てるんでしょう?」


 マクスヴェルトの言葉を受けて、ユッカが召喚した荷物の中から魔鋼の塊を取り出した。

 魔鋼人形の主となる素材。鉱石の加工技術がドワーフ達とは違う形と理論で進化した物質だ。


「これは?見た事も無い石だな……」


「これは魔鋼石。あらゆる鉱物を混ぜ合わせた物を、魔法を使って加工したものなの。私が見た所、強度はその魔剣に使っている虹鉱石より少し劣るかもしれないわね。けど、この魔鋼には魔力を通し易い特性がある。それから……」


「は、はい。魔法による回路を刻む事で、魔力そのものに方向性を持たせる事が出来ます。それは加工を加えて形を変えても消えません。武器に使った事は無いですけど、元々の素材が持っている特性を邪魔せずに魔力にある種の指向性を持たせる事が出来れば、バラバラになった魔剣の意思も一つに纏める事が出来るんじゃないかと思います。あ、あくまでも仮説ですけど……」


 魔鋼石について説明を受けたガザフは真剣な眼差しで魔鋼を吟味し始めた。

 部屋の空気がピリつく程の張り詰めた緊張が流れる。


 修復を担当するのはガザフだ。

 この世界にガザフ以上の鍛治師はいない。そのガザフが魔鋼を使っても修復は不可能だと判断すれば、この話はそこで終わりだ。


 どのくらいの時間が経ったのだろう。

 息が詰まりそうな緊張感の中、ガザフが魔鋼にテーブルに置いて深呼吸をした。


「良いだろう。やってみる価値はあるかもしれん」


「おお!引き受けてくれるか!」


「ただし!俺一人じゃ魔鋼の加工は無理だ。そこのお嬢ちゃん達には付きっ切りで修復に立ち会ってもらう事になるが、良いか?」


 否などある筈も無い。


「ええ、勿論よ!」


 フローラとガザフは手を取り合い、クレアの魔剣の修復に取り掛かる事になった。

 勿論、それにはユッカの魔法回路の知識も必要になる。魔鋼を混ぜる事で少し毛色の違う仕上がりにはなるだろう。意思を一つに統合出来るのなら今まで以上の力を発揮させられる。


「後はレイヴンとクレア次第だな」


「うん、そうだね。……それじゃあ、僕はそろそろセス達の所へ行くよ」


「良いのか?」


「君が言い出したんじゃないか。……もう本物にはなれないかもしれないけど、僕は僕になってみるのも悪くないかもしれない。だけど、やっぱり返事は少し待って欲しい。……ありがとうリヴェリア」


 マクスヴェルトは戸惑った様な苦笑いを残して転移魔法を発動させた。



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