ドワーフと小人 ①
机の上には大量のお菓子と紅茶。そして、ユッカが持っていた大きな袋が置かれていた。
本題に入ろうと言った本人は菓子を頬張って御満悦といった表情を浮かべている始末だ。
ガザフも初めてみるユッカの体に浮き出ている不思議な模様に釘付け。マクスヴェルトの隣ではフローラが魔法を教えてくれと捲し立てて来る。
「いや、寛ぎ過ぎでしょ。早く本題に入ってよ」
マクスヴェルトの指摘はもっともだった。
リヴェリアは慌てて紅茶で菓子を流し込んでバツが悪そうに謝罪した。
「す、すまん……こういうゆっくりした雰囲気が久し振りだったので、つい」
ずっと缶詰め状態で張り詰めていたのだ。未だにどうなるか分からないシェリルの事もある。ゆっくりしたいのはマクスヴェルトも同じだ。それが十分理解出来るだけに、本気で怒るのは気が進まないというか、気が引けるのだ。
「……もう良いよ。で?その袋の中身は砕けたクレアの魔剣なんでしょ?ガザフがいるし、何となくやろうとしている事は分かるけどさ。曲がりなりにもそれはもう本物の魔剣と同格だ。そこまで砕けた魔剣を元に戻すのは難しいと思うけど?」
「そ、その通りだが……」
リヴェリアが説明しようとした事をマクスヴェルトが全部先に言ってしまった。
クレアの魔剣がガザフの作った最高傑作だというのは知っている。オリジナルの魔剣に最も近いとまで言われる名品。値段など付けられない貴重な品だ。
問題をややこしくしているのは、その人造魔剣をクレアが本物の魔剣へと成長させた事。しかも、名前が付けられているのも厄介だ。
「おお!そうだった!そいつを見せてくれ」
自分が作った砕けた魔剣を見るのはさぞかし辛いだろうと思ったのだが、ガザフは魔剣を見るなり感嘆の声を漏らした。
「流石レイヴンだな……見事だ」
「見事?私には粉々に砕けてしまっている鉄屑にしか見えないわよ?」
「ちょ、ちょっと、フローラ様!そんな言い方は」
「だって事実……むぐぐぐぐ!!!」
ユッカが慌ててフローラの口を塞いだ。
フローラも一応は一国の主なのだからもう少し品性を持って欲しいところだが、それもフローラらしいのかと思い直してみる。
(エレノアも苦労するだろうなあ……)
フローラの言った事はその通りなのでガザフも怒ったりはしなかったものの、見事だと言った意味が理解出来ないのはリヴェリアとマクスヴェルトも一緒だ。
「ガザフ、良ければ説明して欲しいのだが。どうしてそれがレイヴンがやったと分かった?まだ何も言っていないのに……」
ガザフは砕けた魔剣の一部をリヴェリアに渡して説明を始めた。
「この剣は虹鉱石っていう貴重な鉱石を鍛えた物だ。普通に鍛えても強度は一級品。斬れ味も申し分無い。だが、こいつが魔剣と呼ばれるのには、虹鉱石が持つ特性が大きく影響しやがる。こいつが癖もんでなあ……」
「前置きが長いわね……むぐぐぐ⁉︎ 」
「つ、続けて下さい!」
ユッカはフローラが逃げられない様に体を掴んで拘束してガッチリと口を塞いだ。
ユッカの実力は知らないけれど、レイヴンの力で変化した魔物混じりはその辺の冒険者よりも余程強い。小人のフローラではまず抜け出せないだろう。
「お、おう……。まあとにかくだ、その特性ってヤツは使う虹鉱石によって違うんだ。剣として形が出来上がるまで、どんな特性を持った剣になるかは運次第。剣としては一級品でも、特性によっちゃあ、魔剣として二級品と同じ価値しか無くなる。その砕けた部分にはレイヴン特有の癖があるんだ。あいつは昔、俺が作った剣を何百本も駄目にしたからな。壊れ方を見ればレイヴンがやったって直ぐに分かる」
ガザフが言っているのはレイヴンが魔剣を手にする前の話の様だ。
レイヴンの異常な膂力に耐えられる剣は、ドワーフ族の鍛治師でも作るのは難しいらしい。そうなると、二本の魔剣を魔神喰いへと作り変えたステラの研究の異常性が浮き彫りになる。
「成る程……。では、見事だというのは?」
「ここを見てくれ。虹鉱石の生命線ともいえる魔力が流れる道みてえな物があるんだが、レイヴンはそれを傷付けない様に砕いてやがるんだ。あいつは剣を壊しはするが、殺しはしない。修復し易い様に器用に壊しやがる。鍛冶屋の俺としちゃあ助かるんだが、鍛治師としちゃあ悔しいねえ……」
ガザフは目を伏せて砕けた剣を見ていた。
クレアの剣が砕ける様を見ていたマクスヴェルトには、レイヴンが感情任せに砕いた様にしか見えなかった。でも、本当にレイヴンが砕いたのはクレアの心と自分自身の心だった。この砕けた魔剣の姿がそのまま二人の心を表しているのだとしたら、ガザフが言う様に修復出来る可能性を残している事にもなる。
「悔しい?折れない剣が作れなかったからって事?」
「それもあるが、丁寧に加減して使われてるのが分かっちまう事がだよ。剣は命を守りもするが、本質は命を奪う武器だ。それを丁寧に加減して扱われただなんてよ……。言っとくが、乱暴に扱って良いって意味じゃねえぞ?壊れ方、壊し方にも癖が出る。それでも、持ち主の全力に応えられないってのはな……」
レイヴンの全力に応えられるのは本物の魔剣だけ。
それも、ステラが作った魔神喰いだけだろう。きっとレーヴァテインやデュランダルを使えたとしても、簡単に折ってしまうに違いない。
確信は無い。けれどマクスヴェルトはそう思うのだ。
「でもさ、戦った魔物の能力とか状況とか、仕方無く折れちゃう事もあるでしょう?絶対なんて事は無いと思うけど。んー、僕は短剣も持たないからなあ」
「そりゃあ、命を預けられ無いって言われてるのと同じだからよ。ま、レイヴンはそんな事微塵も考えちゃいないだろうがな」
レイヴンにとって剣とは命を奪う為の手段では無い。
あくまでも魔物素材を傷付けない為の道具だ。
レイヴンが実は、自分の力を加減する為に武器に頼っていたという話はガザフにはしない方が良さそうだ。素手の方が強いという話もだ。きっと落ち込んでしまう。
「リヴェリアはどう思う?」
「どうと言われてもな。私もずっと剣を使ってはいるが、レーヴァテイン以外の剣を使った事が無いのだ。少なくとも今回の件には有り難い。修復し易いと分かっただけでも助かる」
「そりゃ残念ながら無理だ。剣としては、まだ生きてる。けどな、魔剣としちゃあ、もう死んでる。こいつの心は主人から離れちまった」
ガザフは深い溜め息を吐いて天井を見上げた。
作った本人としては複雑なのだろう。
「可能性はあるんじゃないかしら?」
「あっ!いつの間に!」
どうやってかユッカの手から逃れたフローラが魔剣を光に翳しながら言った。
「いいや、無理だ。形だけ元に戻しても意味がねえんだ。素材は生きてるが、剣本人がそれを拒んでやがるのが分かる。というか、あんたは鍛治師には見えねえが、鍛治の事が分かるのか?」
「まあね。剣には詳しく無いけど、鉱物に関してなら少ぉし煩いわよ?」