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確かめたい事がある

 

 レイヴンがクレアを救った事がどうしてトラヴィスにとって有利な事になるのか?

 勿論クレアが生きていた事が理由なのだが、本当の事情は少し異なる。


 実験の途中で実験体を失ったばかりか、魔物堕ちまでしてしまった。普通ならそこで話は終わりだ。しかし、そうはならなかった。

 トラヴィスが当時掴んでいた中央大陸の情報では、王家直轄冒険者と呼ばれる三名の化け物が存在しているという事が判明していた。その内の一人で魔人の異名を持つレイヴンという名の冒険者が、魔物堕ちした実験体を元の人間に戻してしまったと三人組から報告が入ったのだ。


 一度魔物堕ちした魔物混じりが元の人間に戻るなどあり得ない事だ。それも魔物堕ちした状態からとなれば、それを成した者が超常の力を持つ実力者である証明にもなる。

 これはかつてトラヴィスがフローラと共に研究をしていた時に耳にした、“世界を滅ぼした魔人の話” に酷似していたのだ。とは言え、それはあくまでも過去の話。あれからも何百年もの時が経過している。


「一年前、トラヴィスはレイヴンからクレアを取り戻すのは無理だと分かってたんだ。だからせめて確かめる事にした。手を回してゲイルがクレアを拐って来るように仕向けたのさ。そして、実際に自分の“目で" 確認したんだよ」


「クレアの生存を、か?」


「いいや、“魔眼の支配はまだ有効なのか?” だよ」


「……なるほど」


 不完全な実験体が人間として活動出来ているという事実は、研究者としてのトラヴィスの好奇心を描き立てた。

 来る日も来る日も実験体を取り返す方法を考える内に、魔物堕ちした時の為にかけておいた魔眼の力の存在を思い出した。

 魔物堕ちは体の膨張から始まり、魔力の暴走、そして人間性の崩壊という風に段階を経て完結する。ならば実験体は既に原型など無く、殆ど生まれ変わりの様な状態であると予想された。


「そして、東の国に起きた出来事が、今のクレアを形成する最大の要因となった訳だね」


「そうか、エレノアか……」


 エレノアを魔鋼人形として蘇らせようとした時に先導していたのはトラヴィスだ。

 魔鋼人形と生身の人間の融合という悍しい実験は成功した。けれど、その後トラヴィスは自らの実験の完成を見届ける事は無かった。

 度を超したトラヴィスの行いは、国中の批判を浴び、フローラによって殆ど追放に近い扱いを受けて国を出た。


「エレノアは唯一の成功事例だったしね。そして、もう一つの実験を思い付いた。レイヴン風に言うならクソったれな胸糞悪い実験だよ。魔鋼人形と人間の融合は成功した。では、魔鋼人形と魔物混じりでは?でも、今はもうその必要すらも無いって考えているんじゃないかな?それが、レイヴンがクレアを救った事の僕達にとってのデメリット」


「ククク……いやはや、お見事です。流石は賢者、よくご存知だ。まるで実際に見て来た様に話すのですね」


 嫌味のつもりだったのだろう。

 言われた当の本人はそれも意に介さないといった様子でケロリとして言い返した。


「まあね。僕ってば、君と違って本物の天才だから」


「チッ……」


「更にもう一つ言ってあげるよ。レイヴンが救った魔物混じりは、人間や魔物よりも強靭な肉体と特殊な能力を持ってる。新たな実験は必要無くなったにしても、研究者として興味はある。だから本当は見届けたいんでしょう?ステラがどうなるか?」


「はあ……やれやれですよ。これでも私なりの感謝のつもりだったのですけれど。分かりました。とことんやりましょう。その方がシンプルで良い……」


 トラヴィスが闇に染まった目を見開くと、クレアの時間が唐突に針を刻み始めた。


「死んじゃえ偽者ーーーーーーーーーッ!!!!!!」


(クレア!)


 レイヴンはクレアの腕を掴んで、そのまま上空て動きを止めたままの魔物に向かって放り投げた。


 今度はもうレイヴンも黙ったままでは無い。

 理性を失った操り人形と化したクレアを救うには最早躊躇している場合では無い。


 レイヴンの纏う赤い魔力は周囲の魔物を屠り、クレアの白い肌を焼いて行った。

 それでも今度は止まらない。クレアがどんなに苦痛に顔を歪めても、戦う手を止めはしない。


「この……!偽者で偽物のくせに!どうして⁉︎ 」


 トラヴィスが確かめた様に、レイヴンにも確かめたい事がある。


「お前は覚えているか?」


 ーーードクン!


「……ッ!!!」


 魔剣が鼓動し、赤い雷が空を覆い尽くした。

 トラヴィスが慌てて魔物を動かそうとした様だが、もう手遅れだった。


 荒ぶる暴力の化身と化したレイヴンの攻撃は地上にも降り注いだ。全ての敵を灰へと変えるべく、抗いようの無い暴力を遺憾無く発揮して魔物を灰へと変えていく。それは次第に範囲を広げてルナ達をも飲み込んだ。



『皆、動くな!不用意に動いてアレに触れたら骨も残らぬぞ!』


 何者をも討ち払う超常の力は、レイヴンが敵と判断した一切合切の魔物を滅ぼし尽くしても止まらない。


「これはまさか結界……?これもレイヴンの力か……⁉︎ 」


 蜘蛛の巣の様に張り巡らせられた赤い魔力は触れた者を滅ぼす凶悪極まりない結界となってその場に留まり続けた。


「す、凄えけど、出来るなら最初からやってくれよな……」


 ランスロットの呟きは、その場にいた者全員の心中を代弁した物であったが、正解では無かった。


「多分ですけど、レイヴンさんはわざと魔物を倒さなかったんだと思います。あ、いえ……私の勘なんですけど……」


「いや、おそらくミーシャの予想は当たっている。レイヴンが倒した魔物をよく見てみろ」


「見ろったって、灰しか残ってねえよ……」


 赤い魔力が焼き尽くした後には灰となった魔物の残骸があるだけで、これといった違いは無い。


「……そっか!餌だ!」


「餌だあ?」


 よく見てみると、魔物の死骸は灰が残っている物とそうで無い物がある。あれだけの大群がいたにも関わらず、灰すらも残っていないのはレイヴンが喰らい尽くしていたからだ。


『そうか、あやつの魔剣は魔神喰いであったな。消耗した魔力を補ったのじゃろう。それを攻撃と同時にやってのけるとは無茶を考えるのう……』


 魔剣『魔神喰い』はその名の通り倒した相手から力そのものを喰らって奪う。

 その力は魔剣だけで無く、主人であるレイヴンにも供給されるのだ。


「じゃあ、レイヴンさんのあの白い翼もその影響だったって事ですよね」


「ああ、ニブルヘイムでは神の秘宝を喰らったらしいからな」


「マジかよ…そんな物まで……」


 頭上では白い翼を携えたレイヴンが赤い翼を携えたクレアと戦っていた。

 さっきまで防ぐのがやっとだったのに、今は圧倒している。


 レイヴンの神の力の一端だと言うなら、クレアの赤い翼は一体何を表しているのか。



「クレア、まだ思い出せないか」


「黙れ偽物!気安く私の大切な名前を口にするな!この名前はレイヴンが付けてくれたんだ!私の宝物なんだ!!!」


「そうだな」


「分かった風に言うな!私は偽物を倒して本物のレイヴンに証明するんだ!私がレイヴンの隣にいる資格があるって!強いんだって証明するんだ!!!」


「なら、やってみろ。お前の言う本物のレイヴンは俺より強いんだろ?」


 レイヴンがこれまで抑えていた殺気がクレアを襲う。


「ヒィ……」


 顔を痙攣らせたクレアは小さく悲鳴を上げて体を震わせた。

 抗いようの無い力の差を本能で感じ取ったクレアは、どうにか逃げようと試みるが、空中に張り巡らされたレイヴンの赤い魔力の結界に阻まれて身動きが取れない状態にまでなっていた。


「どうした?向かって来ないのか?」


「く、来るな!近寄らないでよ!!!あっち行け!」


 レイヴンはすっかり怯えてしまったクレアを見てもまだ攻撃の手を緩めなかった。

 クレアが構えた剣に狙いを絞って追い詰めていく。


「うぅ……!あっち行け!行けったら!」


 子供の様に剣を振るクレアにエレノアと戦っていた時の様な剣技はもう無い。


「思い出したか?それが恐怖だ。だが、あの時の様に手加減はしない。さあ、お前の強さを証明してみせろ。お前の言う強さを俺に証明しろ!戦えクレア!!!」


 レイヴンの振り下ろした剣がクレアのエターナルを砕いた。

 魔力の強さに応じて強度を増すエターナルも、主人であるクレアの魂の籠もっていない状態では只の棒切れだ。


 ところが、エターナルが砕けた事で怯えきっていたクレアに変化が現れた。


「よくも……よくも……よくも、よくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもッ!レイヴンに貰った大事な剣なのに!やっと私に応えてくれたのに!!!」


 しかしーーー


「砕けたのは、お前の弱さのせいだ」


 レイヴンはそう冷たく言い放って、激昂するクレアを斬った。


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