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演技と推測

 

 トラヴィスが発言したのと同時にクレアは動きを止めた。

 糸の切れた人形の様に俯いて、先程までの異常性は嘘の様に消え失せた。


「もう止めませんか?どうして本性を偽るのですか?」


 トラヴィスはいやらしい手付きでクレアの白い髪を触って匂いを嗅いだ。


『い、いかん!ルナよ、結界じゃ!今直ぐ結界を張るんじゃ!』


 何かを感じ取った翡翠が取り乱した声を上げて結界を張る様に指示した次の瞬間に、レイヴンの魔剣が激しく鼓動した。


 ーーードクンッ!!!


 途端にレイヴンの魔力が異常に膨れ上がった。


 クレアと対峙していた時とは比べ物にならない強烈な魔力の波動。

 暴風の如く吹き荒れる魔力に終始優勢に攻めていた魔物達の動きが止まった。


 神の使徒にも等しい魔物の群れは怯え恐怖して後ずさる。

 それはもう異様な光景で、精霊王翡翠と妖精王アルフレッドも顔を痙攣らせている程だ。


「クソがッ!汚い手でクレアに触れるな!」


「だったら奪えば良いではありませんか。怒り狂った貴方を止められる者など、この世界に存在しないのですから。簡単な話です」


 トラヴィスはレイヴンを挑発する様にクレアに触れる手を止めなかった。


 一方のレイヴンも怒りを露わにしてはいるものの、トラヴィスの行いを睨んでいるだけで動かない。


「……それですよ。以前にも教えて差し上げたでしょう?怒りにすら余計な感情を持ち込むのは非常に愚かで救い難い。それは貴方の弱さだと。大切な存在をいいようにされているにも関わらず、それを目の前にして躊躇する。そうでは無いでしょう。貴方の本質は……」


「何が言いたい……」


 魔剣から漏れ出す赤い雷の様な魔力はレイヴンの怒りに呼応して周囲の地面を削り、一層激しくバチバチと音を立てた。


「貴方の言葉を聞いていると反吐が出ると言っているのですよ」


 トラヴィスはクレアの肩に手を回して首筋をなぞる様に舌を這わせた。


 それでもレイヴンは動かない。

 いや、動けなかった。


 その様子を見ていたランスロット達も動かないレイヴンを見て違和感を感じていた。


 これまでのレイヴンであれば、クレアに危険が及ぶ事にとても敏感に反応していた。それは単純な怒りでは無く、見守る者としての立場から来ているのであろう、過保護とも言える過剰な反応だった。

 ここまで好きにさせるなど、怒りに任せてトラヴィスを斬っていてもおかしくない。


 トラヴィスはクレアから手を離して大袈裟な身振り手ぶりで話し始めた。


「仲間の為、他人の為、大切な存在の為、果ては世界の為?一体それは何の冗談ですか?貴方は何処にも居ないではないですか。貴方という存在はこれ程までに大きな影響力と力を持っていると言うのに……不思議な事に貴方という人間の気配が何処にも無い。まあ、貴方が変わり者である事は承知していますよ。……にしてもです。どれもこれも人の為などと……虫唾が走るんですよ。貴方と貴方のお仲間の仲良しごっこを見ているとね」


「……」


「私はステラさんの事を邪魔だと言いましたけれど、嫌いではありませんでした。欲望、願望といった感情に素直である事を、私は美徳であると考えています。事の正否は問題ではありません。あくまでも己の感情に素直である事。背徳に染まっていく感情と理性を押し殺しても尚、欲望に忠実である事はとても尊く美しい……。それが儚い物であればある程、美しいのです!」


 恍惚とした表情を浮かべるトラヴィスに対してレイヴンは、やはり何も言い返さなかった。


 これにはルナも声を荒げた。

 魔眼の支配は術者を倒しても継続する可能性がある以上、迂闊に手が出せない。そうレイヴンが考えているのだとしても、ここまで好き放題に言われて黙っている道理はない。


「何で何も言い返さないんだよ!そんな奴ぶっ飛ばしてクレアを返せって言ってやれば良いのに!」


『ルナ、よさぬか。レイヴンを刺激するでない!』


「嫌だ!僕はレイヴンもクレアも好きだ!大好きだ!僕にとって二人はこの世界で唯一の家族なんだよ!クレアが本当はどんな存在だったとしてもそれは変わらない!変わらないんだ!」


『……お主』


 動かないレイヴンに向かって必死に叫ぶも、今のレイヴンにルナ達の声は届いていない様だった。


 レイヴンとて言い返したいのは山々だ。

 けれど今はトラヴィスに喋らせておいた方が良いと判断した。


(まだ時間がかかるか……)


 シェリルとステラのいる光の繭はまだこれと言った変化は無い。

 そう簡単にいかない事は承知していたし、分かった上でシェリルに託したのだが、一筋縄ではいかないようだ。


「ほら、お仲間がああ言っていますよ?」


「今更お前と口論するつもりは無い。そんな事より、どうやってクレアに魔眼を使った?」


「……」


 トラヴィスは、どれだけ挑発しても喋らなかったレイヴンがようやく口を開いたと思ったら、どうにも何も気付いていないらしい事に憤りを感じていた。


 乱暴にクレアの髪を掴んで引き寄せたトラヴィスの顔からは表情という物が抜け堕ちていた。


(クソが……)


 レイヴンの中に激しい怒りが湧き上がる。

 けれどここも堪える。今は少しでも時間を稼ぎたい。


「……言っておきすが。コレは元々私の物です。人工的に生み出した人間擬きに魔物の血を混ぜたらどうなるのか?そういう実験の途中だったのですよ。それを貴方が私から奪った。私は私の所有物を取り戻したに過ぎません。お分かりですか?盗人は貴方の方なのですよ?」


「それはつまり……」


「世界を隔てる壁にも抜け穴はあった……か。随分と時間をかけて改良はしてたんだけどねえ。ステラの魔法は本当に厄介だなあ」


 いつもの調子でレイヴンの隣へ立ったマクスヴェルトは、自分の推測だと断った上で話し始めた。


「結界のせいで中央大陸の状況を正確に把握仕切れなかっただけで、魔眼は最初から使っていたというのが真実だろうね。もう知ってると思うから言うけど、レイヴンが無意識に起こしていた世界の歪みは中央大陸に魔物の発生を促す事になった。外界に比べて魔物の質の高い中央大陸はトラヴィスにとって良い実験場だったのさ。……どうやって知り合ったのか知らないけど、トラヴィスはステラという協力者を得た。今まで不明瞭だった中央大陸の情報がトラヴィスに流れたんだ。後はタイミングを見計らってクレアを回収すれば良い。しかし、そこで問題が発生した」


 マクスヴェルトのお喋りは時間稼ぎには持ってこいだ。


 レイヴンは初めてマクスヴェルトのお喋り好きが役に立ったと思って話に乗る事にした。

 勿論、怒っている演技も忘れていない。


「それが何だと言うんだ。ちゃんと説明しろ!」


「……レイヴン、大根役者って言葉を知ってるかい?」


「……?」


「単語しか喋らなかった頃を思えば、随分進歩したとは思うけどね。ま、そんな事は良いや。多分、結界を通り抜けられる事が皇帝の耳に入ってしまったんだ。そうなると隠し通すのは不可能だ」


 トラヴィスはこの時初めてほんの微かに眉を顰める素振りをみせた。

 おそらく自分でも意識してはいなかっただろう。つまりマクスヴェルトの話は大方当たっているという事。


「帝国は貴族社会だ。中央大陸を利用して、己の利益に走ろうとした愚かな貴族がいたって不思議じゃ無い。何しろ、北と南への領土拡大を皇帝が許可しなかったみたいだからね。手柄を立てたい貴族には、未開の中央大陸が打ってつけだったのさ」


 スラスラと喋るマクスヴェルトはトラヴィスの反応を確かめて確証を得ると、更に話を続けた。


「先走った貴族のせいで、逆に外界の存在をレイヴンに気付かせてしまった。これが一番の失敗だろうね。手を打たなかった訳じゃ無いだろうけど、帝国全土を魔眼で掌握しているならともかく、一騎士団長では奔放な貴族の行動までは縛れない。結果、レイヴンが帝国までクレアを連れ戻しに来る事に繋がった訳だ。……ただ、こちらにとっても誤算はあった」


「ほう……なかなか面白い話をするじゃあありませんか、賢者マクスヴェルト。それで、一体私に何の得があったと?貴方の話では私が損ばかりしている様にしか聞こえません。事実その通りでなのですけどね」


 余裕を見せるトラヴィスは、それがどうしたと言わんばかりの態度だった。

 けれども、その余裕はマクスヴェルトの一言で消え失せた。


「レイヴンがクレアを魔物堕ちから救った事だよ」


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