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壊れていく心。歪んだ想い。

 

 聖剣デュランダルは姿を変える事の出来る特殊な剣の様だ。

 エレノアは二振りのショートソードを手にクレアと対峙した。


「クレア!こんな事をしなくても貴女は強い!」


「嘘だ!私が強かったらレイヴンがもっと私を頼ってくれるもん!」


 二本に分かれたデュランダルを巧みに操ってクレアの攻撃をいなして行く。

 戦闘経験という意味でエレノアに勝る者はいない。数百年もの間延々と戦い続けて来たエレノアの経験はレイヴンやリヴェリアをも凌いでいる。どんな武器を持っても立ち所に使い熟す技と経験は他の追随を許さない。


「いいえ、本当の事ですとも!ですが、今の貴女の強さは歪んでいる。貴女は一体何の為に戦っているのか……私には何も伝わって来ない!あの時、私の前に立った貴女の目は力強い光を放っていた!真っ直ぐで、純粋で、勝ち負けなど関係無い。あの目の輝きには意地があった。貴女の本当の心は何処にあるのですか⁉︎ 」


「煩い!煩い煩い煩い煩い!!!私はレイヴンに必要とされたいんだ!私が強いって証明するんだ!」


「貴女が私を倒す事で強さを証明したとしても、人を傷付けるだけの力に意味などありませんよ!そんな物は本当の強さじゃない!レイヴンを間近で見ていた貴女なら分かる筈です!」


 クレアが一度見た技や動きを瞬時に習得してしまうのを知っているからだろう。双剣、刺突武器、槍など、戦闘の最中に何度も剣の形状を変化させて、クレアに主導権を渡さないように立ち回っていた。

 けれど、それももうじき徒労に終わる。

 大人の姿になった事で体重と筋力の増したクレアの攻撃は飛躍的に向上している。今まで再現し切れていなかった技や動きを完璧に自分の物にした今、エレノアの不規則な攻撃にも次第に順応し始めている。

 今はエレノアが優勢だが、このまま戦い続けてもエレノアの持つ膨大な戦闘経験をクレアに学習させるだけである事は誰の目にも明らかだった。


「何よ何よ!何よ!偉そうに!レイヴンの戦い方を真似して良いのは私だけなんだから!」


「くっ…!!!」


「私だけがレイヴンを理解出来る!レイヴンだけが私を必要としてくれる!!!私は敵を全部やっつけてレイヴンと旅を続けるの!ずっと……ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと!この先もずっと続けるの!レイヴンは私だけのモノなんだから!」


 本来の人格とクレアとして過ごして来た人格の境目があやふやになっているのだろう。クレアの言動は次第に支離滅裂な物へと変わっていった。

 感情の昂りと共にクレアの攻撃は苛烈になるばかりだ。


 その状況にレイヴンも黙ってはいない。

 再び間に入って二人を引き離した。


「レイヴン!邪魔をしないでください!彼女を正さなくては……!」


 エレノアはクレアが自分を倒す事で歪んだ強さを証明しようとするのなら、例え相討ちになったとしても、それを挫く事で否定する他に無いと考えていた。


「エレノアは下がってろ。クレアの相手は俺がする」


「しかし……!」


「良いから下がれ!敵はまだ来るぞ、皆を守れエレノア!」


 この時、エレノアはレイヴンが万全の状態では無い事に気付いていた。

 体には無駄な力が入ったまま。どんなに激しく動いても涼しい顔をしていたのに、赤い目からは怒りと不安の入り混じった焦りを感じるのだ。


「どいてよレイヴン!邪魔しないでって言ってるのに!」


 クレアの心にあるのはレイヴンに必要とされたい願望ばかりだ。

 闇黒に攻めて来るクレアの剣は鋭さこそ増しているものの、魂の篭っていない剣筋には重さがまるで無かった。


「お前に戦い方を学ばせたのは人を傷付けたり殺す為じゃない!生き抜く為だ!思い出せ!」


 本当ならクレアには戦ってなんか欲しく無い。けれども、魔物が跋扈するこの世界では、抗う力を持たない者に待っているのは死だ。

 最低限の力を持つことは生きる事に繋がる。だからこそ、クレアを冒険者にしようと決断した。しかし、レイヴンの予想を遥かに上回る成長を遂げたクレアは、一流の冒険者をも超える力を僅か一年という短い期間で手にした。

 当初はまだクレアが子供である事を考慮していたが、ニブルヘイムで見せた実力を見て考えが変わった。レイヴン自身が世界を滅ぼした元凶だと気付いてからは、もしもの時はクレアに殺して貰おうとさえ考える様になったのだ。


 それがいけなかった。

 曖昧な期待と中途半端にクレアを守ってやろうとした事が全部裏目に出てしまった。

 クレア自身も悩んでいたに違い無い。今の変わり果てた姿を見れば明白だ。


 トラヴィスの魔眼なんか関係無い。

 クレアを追い詰めたのは、レイヴンの身勝手な優しさと我儘だ。


「しつこいなあ!私が強いって証明出来ればそれで良いじゃない!そうしたらレイヴンだって私の事を認めるでしょ⁈ ねぇ!そうでしょう⁉︎ そうだって言ってよ!」


 それはほんの一瞬の出来事だった。

 レイヴンの体が僅かにバランスを崩した瞬間に、クレアの剣がレイヴンの鎧を破壊して脇腹を凪いだ。


「……ぐあぁ!」


 傷は深く無い。けれど、その一撃はクレアの不安定な精神を揺さぶるには十分過ぎた。


「あれ……?当たった?」


 ピタリと動きを止めたクレアは、レイヴンの体を斬った刃を指でなぞって首を傾げた。

 真っ黒に染まった目を見開いて立ち尽くす姿は不気味だ。

 人間でも魔物でも無い。ましてや神でも悪魔ですら無い存在。


「レイヴン!」


「来るな!お前達もミーシャの援護へ行け!」


 レイヴンは駆け付けようとしたルナ達を制して、不思議そうに剣を振って感触を確かめているクレアに再び向かい合った。


『ルナよ、マクスヴェルトも暫く動けぬ上、ルナの魔力も底を尽きかけておる状態では妾も満足に戦えぬ。魔眼の支配が解けてもあやつらがあの男に従うのは他の何かがある。ここはレイヴンに任せる他あるまいよ。アルフレッド!一旦下がる!援護せよ!』


「レイヴン……」


 一時は盛り返した戦況もクレアの変化とトラヴィスの用意した魔物によって劣勢に追い込まれていた。

 勿論、カレンとエレノアも全力で戦ってはいるが、やはり多勢に無勢。レイヴンの様な大規模な攻撃手段を持たない二人では捌ける数に限界がある。



(くそ!俺はどうすれば良い⁈ )


 トラヴィスを倒せば或いは魔眼の支配から逃れられる可能性もあるかもしれない。しかし、現状分かっている情報では、魔眼の影響は術者が死んだ後も残る可能性の方が高い。


「そんな筈無い……」


 レイヴンを真っ直ぐ見据えたステラがポツリと呟いた。


「クレア?」


「だってレイヴンは私なんかより強いもの……誰よりも強い最強の冒険者だもん。最強の魔人なんだよ?私なんかの攻撃が当たる筈無いよ。うん、絶対におかしいよ。何なのかなコレ。血?レイヴンの?そんな筈……無いよね?」


 クレアは長い舌で刃についたレイヴンの血を舐め取って、また首を傾げた。


「恐れながら姫……」


「……なあに?」


 クレアの横で跪いたトラヴィスは気色の悪い満面の笑みを浮かべて言った。


「それはあの者が偽者だからでございましょう。レイヴンの名を語る偽者。あの者達は卑怯にも姫の純粋な御心を誑かそうとしているのです」


 主君に仕える卑しい下僕の様にわざとらしい態度だ。


「そっかあ……やっぱりそうだよね。うん、決めた。レイヴンと私の邪魔をする奴は皆んな殺す。そんな悪い奴、いない方が良いもんね。レイヴンだって、もう自分を犠牲にしなくても良くなるもんね。ね?」


「ああ……何とお優しい。仰る通りにございます。慈悲深いレイヴンの教えを受けた姫は慈愛の心も学ばれたのですね」


「うん!レイヴン凄く優しいの!とっても強くて、私なんかじゃ全然敵わないの!魔物もズバーーーンって!あれ?魔物?何で魔物?まあ良いや……だから、偽者は殺しちゃうね。生きてても私達の旅の邪魔だもの!」


 無邪気な笑顔を浮かべていたクレアは一転して冷酷な表情を浮かべてレイヴンに襲い掛かった。


「……ッ⁈ よせ、クレア!俺はお前と戦うつもりは無い!」


「黙れ!お前がその名を口にするな!偽者の癖に!よくも私を騙したな!大好きなレイヴンの姿を真似して私を騙した!許さない!殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!お前なんか死んじゃえ!アハハハハハハハハハ!!!」


 どんどん様子がおかしくなっていくクレアを前に、レイヴンはなす術も無いまま防戦一方だった。

 トラヴィスの暗示にかかっているのだとしても、下手に出て命令しないのは何故なのか?クレアを支配下に置いた今も姫と呼び続ける真意が見えて来ない。


「この……ッ!」


 思わず反撃しまったレイヴンの剣がクレアに迫る。


「レイヴン……痛いのは、嫌だよ……」


「くっ…!」


 幼いクレアが重なって見えた。

 剣はクレアの白い肌を僅かに触れるギリギリで止まっていた。


「アハハハ!バーカ!甘いんだよ!」


 レイヴンはクレアの蹴りをまともに喰らって苦悶の表情を浮かべた。

 力だけならまだまだレイヴンに分があるにも関わらず、クレアであってクレアでは無い存在に翻弄されっぱなしだ。


 ーーードクン。


(何だ⁈ まさか、お前まで俺にクレアと戦えと言うのか……!)


 レイヴンの意に反して魔剣は鼓動を始めて魔力を蓄え始めた。


 確かに今ならまだクレアを倒す事は出来る。

 それでもレイヴンは決断出来なかった。


 クレアが偽りの人格だったのだとしても、レイヴンにとっては大切な家族だ。

 あの日の涙も触れた温もりも、過ごした時間と記憶の全てが本物なのだ。

 本当のクレアを救いたくてわざとトラヴィスの自由にさせた。殺したい訳じゃ無い。


(何か……もっと別の方法がある筈だ。ある筈なんだ!考えろ……考えろ…!)


 ーーードクン。


 魔剣はレイヴンを催促する様に再び鼓動した。



「レイヴン!貴方は私に教えてくれたではありませんか!」


 それはエレノアの叫びだった。

 魔物と戦いながらレイヴンに呼びかけていた。


「我儘になれと!手を伸ばせと背中を押してくれたのはレイヴン、貴方です!大切な存在を守る為に戸惑っているだなんて貴方らしくもない!迷っている場合ではありませんよ!」


(エレノア……)


「良い事言うじゃねえか。レイヴン!無茶、無理、無謀はお前の専売特許みてえなもんだって言ったろ!クレアを連れ戻しちまえ!」


「同感だ!このままでは消耗するばかりで、私達も長くは持たない。やってしまえレイヴン!」


 後ろで好き勝手な事を言い始めたランスロット達の言葉を背中で受け止めたレイヴンは、それでもまだ迷っていた。


「ククク……茶番もここまで来るとシラけますね」


 トラヴィスはニヤけた笑いを浮かべてクレアの隣に立った。



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