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赤い翼

 

 ルナが初動させた魔法は世界に存在する凡ゆる記憶の矛盾を破壊し尽くした。

 これでトラヴィスの魔眼の影響を受けた者は全員支配から解放される。


 ーーー筈だった。


 確かにカレンやランスロットは我に返った様に動きを止めた。ミーシャとリヴェリアの部下達も意識を取り戻した。なのにどういう訳か、白い翼を持った魔物達は止まらなかったのだ。


「レイヴン?何で俺……お前と戦って……?」


「これは……まさか……」


「惚けている暇は無いぞ。ミーシャ達を頼む」


 カレンとランスロットは状況が理解出来ないまま、ミーシャ達の援護へ向かった。



 レイヴンはもがき苦しむクレアと、その姿を異様に興奮した様子で眺めているトラヴィスへと向き直った。


 次第に変化していくクレアの体は徐々に大人の体格になり、魔物堕ちとは違う姿へと変貌していった。


「レイヴン……!レイ…ヴン……!」


「……」


 それでもレイヴンは動かない。

 あの時と同じ様にレイヴンに向かって手を伸ばす姿をジッと見つめていた。


 やがてクレアの体が完全に大人の姿へと変化し終わった後、背中が裂けて真っ赤な翼が生えて来た。


(クレア……)


 クレアの白い髪と肌が、まるで華が咲いた様に血に染まっていく。

 不案で泣き出したクレアを撫でてやった頭も、一緒にミートボールパスタを食べた小さかった手も真っ赤な血で汚れてしまった。

 魔剣として産声を上げたばかりのエターナルも今は魔力の輝きを失って只の棒切れの様に見える。


 クレアの異変に気付いたのは北のニブルヘイムで願いを叶える力を行使した時だ。

 その時はまさかという思いが拭えず、こっそりルナに相談した。ルナはレイヴンの魔剣の材料にされていた事もあって、呪いの類には特に抵抗力がある。




 ーーーーーーーーーーー



 ニブルヘイムを出発した後。

 森の中で野宿をしていた夜の事だ。


 ミーシャとクレアが仲良く一緒に眠っているの確認したレイヴンはルナを起こした。


「どう思う?」


 話を聞いたルナが動揺するかもしれないと思っていたのだが、返って来た言葉はレイヴンの予想を裏切る物だった。


「やっぱり……レイヴンも感じてたんだね」


 念の為に二人に睡眠効果のある魔法をかけさせた後、魔物が入って来られない様に周囲に結界張って連れ出した。


 目的地は中央大陸、中央冒険者組合。

 世界を隔てる壁は事後処理の為にニブルヘイムに派遣されていたユキノに頼んで越えさせてもらった。



 クレアの件は出来るだけ内密にしたいと考え、リヴェリアの部屋へは組合の屋根から入る事にしたのだが……。


「まったく、二人して泥棒の真似事でも始めたのか?」


 大きな枕を脇に抱えて仁王立ちしたリヴェリアが待ち構えていた。


「あれ?気付かれてたみたいだね……」


「当然だ。レイヴンの魔力くらい街の外からでも分かる。中へ入れ。話があって来たのだろう?」


 書斎にはリヴェリア、レイヴン、ルナの三人だけ。

 他の者には話を聞かれない様に人払いをしてある。


 レイヴンから話を聞いたリヴェリアは難しい顔をして唸っていた。


「成る程。急に戻って来たので何事かと思ったら、まさかな……」


「なんとなく違和感を感じていたけど、確証も確信も無かったんだ。だけど、レイヴンも違和感を感じてるって聞いて、それでリヴェリアに相談してみようと思ったんだよ。リヴェリアなら魔眼の影響は受けていないと思って」


「確かにな。私は“純粋な血統” の竜人だからな。呪いの類には生まれ付き抵抗がある。しかしだ、人の無意識を利用して支配する力か……クレアを通してとなると、思っていた以上に厄介だな」


 魔眼は突然変異の異能だ。

 リヴェリアも魔眼について調べはしたが、殆どがデマや空想に近いものばかりだった。


「取り敢えず僕の予想を聞いて欲しいんだけど良いかな?」


「勿論だ。私もクレアの事が心配だ。気になる事があれば何でも教えて欲しい」


 ルナの予想はクレアの人格が魔眼の力によって作られた偽物で、本当の人格がどの時点で書き変えられたのか正確には分からない。違和感を感じ始めたのがニブルヘイムに入ってからという事を考えれば、少なくとも中央大陸にいた頃のクレアは魔眼の影響下には無かったと思われる。


「俺はクレアの存在が全て嘘だとは思わない。初めてダンジョンの中で出逢ったクレアの印象は正直言ってあまり覚えていない。だが、一緒に旅をした記憶も、過ごした時間も全部本物だ。俺には分かるんだ」


「しかし、根拠は無い…か」


「ああ。俺の勘だ」


「ふむ、これは私の予想なのだが……」


 リヴェリアはあくまでも予想だと断った上で一つの推論を話した。




 ーーーーーーーーーーーーー




「ああ、なんと美しい……」


 赤い翼を携えたクレアを見たトラヴィスが感嘆の溜め息を漏らした。


 クレアは妖艶な美貌を兼ね備えた美女へと変貌し、魔物混じり特有の赤い目はトラヴィスと同じ闇に囚われた様な黒色になっていた。


「レイヴン……どうして助けてくれなかったの?」


 壊れた人形の様に首を傾げたクレアが黒い目でレイヴンを覗き込む。

 手には輝きを失ったエターナルを持っている。


「……」


「そっか、やっぱり私が弱いのがいけないんだね」


「違う」


「じゃあどうして⁈ 私はレイヴンの役に立ちたいだけなのに!私は強いのに!」


「クレア。俺は……」


「聞きたく無い!」


 クレアは息を切らしてレイヴンの言葉を遮った。

 背後では魔物を従えたトラヴィスがニヤついた顔で様子を見守っている。


 ゆっくりと天を仰いだクレアは渇いた笑いをした後、真っ赤な翼を広げて言った。


「アハハ……良い事思いついちゃった。待っててレイヴン……私が強いって証明するからッ!ちゃんと役に立てるんだって証明してあげるから!!!」


「クレア⁈ 」


 翼が羽ばたいた衝撃で巻き上がった土煙りで一瞬クレアの姿を見失った。


 クレアが向かった先は上空で魔物と戦っているエレノアのところだ。

 エレノアに対して異常な執着を見せてクレアはエレノアに勝って強さを証明するつもりの様だ。


 真下からの不意打ちを受ける事になったエレノアはクレアの攻撃を躱し切れずに地上へ落下して来た。


「うぐ……一体何が⁈ 」


「エレノア!上だ!」


 レイヴンが叫ぶと同時。

 無表情なクレアが間髪入れずに急降下して来た。


 どうにか回避が間に合ったが、クレアの動きはレイヴンでも追うのが難しい程に速い。

 変化した体と翼に慣れていない状態でこの速さとなると、クレアの力はレイヴンの予想を上回る強さになっている。


「あれ?おかしいな?今のは殺せたと思ったのに……」


「クレア、俺の話を聞け!」


「クレア⁈ あれがクレアだというのですか⁈ 」


 上空で魔物の大群と戦っていたエレノアにはクレアの悲鳴は聞こえてはいても、どうなっているのかまでは確認している余裕が無かった。

 目の前に立つ妖艶な雰囲気を漂わせる美女が、あの可愛らしい少女だったクレアだと言われても信じられないのも無理は無い。


「レイヴンは黙っててよ。心配しなくてもちゃんと私が強いって証明するから。エレノアさんを殺したら私の方が強いって分かるよね?そうしたらまた一緒に旅が出来るよね?」


「クレア……」


「レイヴン、これは一体?……ッ!」


 剣のぶつかり合う音が響いた時にはエレノアの目前でレイヴンがクレアの攻撃を受け止めていた。


「アハッ!流石レイヴン!今のは結構速く動けたと思ったのに簡単に止められちゃった!でも……邪魔しないでよ。またエレノアさんを殺し損ねたじゃない」


 クレアは簡単と言ったがとんでもない。今の攻撃を防げたのは本当にギリギリだった。


 一度魔物堕ちしたクレアが再び魔物堕ちする事は無い。だとすれば、これはクレア本来の力だ。

 リヴェリアの推論と検証を元にルナが導き出した“クレアは存在しない” という結論は正しかった。凶暴で攻撃的な性格の人物こそが本当のクレアなのだ。


「下がれエレノア!体力を消耗したお前では今のクレアには勝てない!」


「何それ……エレノアさんなら私に勝てるみたいに聞こえたんだけど?……なんか、ムカつく!」


 不快感を露わにしたクレアの姿がブレて見えた次の瞬間、ぶつかり合っていた剣からフッと消える様に力が抜けた。


(これは……⁉︎ )


 鍔迫り合いで膠着した状態から次の攻撃へと移る足の運びは、前衛で魔物を押し留める役割を担うランスロットがよく使う体技だ。


 レイヴンがバランスを崩した隙にクレアはエレノアへ向かって剣を振り下ろした。


「チッ!また避けた!どうして避けるの!!!」


「舐めないでもらいたい!クレア、私はもうあの時の私では無いのです!さあ、デュランダル!私達の力を見せますよ!」


 エレノアの声に応える様に輝いた聖剣デュランダルが再びその姿を変化させた。



誤字報告ありがとうございます。

怒涛の報告数に震えております……。

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