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人の無意識

本日二話目の投稿になります。

前話を読まれていない方はご注意下さいませ。

願いの力を発動させた後、レイヴンは引き抜いた魔剣を支えにして膝をついた。


「レイヴン、大丈夫か⁈ 」


「……大丈夫だ。少しフラついただけだ」


魔力の消耗以上にレイヴンの体は限界だった。

これまでは何ともなかった魔剣の制御も、たった一度発動させただけで反動に耐えられずに全身が悲鳴を上げてしまう。

分かっていた事とは言え、ここに来て大き過ぎる自分の力に体が耐えられなくなって来ているのを実感していた。


(まだだ……まだやれる。相棒、もう少し俺に時間をくれ……)



魔鋼人形とステラ。そして魔剣から乗り移ったシェリルは、光に包まれた繭の中で蠢いていた。時間が掛るかもしれないが、後はシェリルが上手くやるだろう。

ステラに一番必要なのはレイヴンでもカレンでもリヴェリアの言葉でも無い。ずっと一緒にいたシェリルの言葉こそが必要だ。


「や、やった……」


「何という力だ……これならば本当に世界を……」


その様子を見ていた他の面々も目の前で超常の力が振るわれた事に驚いていた。

無理も無い。上空で戦っているエレノアも大概だが、レイヴンの見せた強大な力は人間では到底太刀打ち出来ない次元にある。



「素晴らしいッ!」


手を叩く乾いた音と共に、レイヴンが予想していたもう一人が姿を見せた。

周りに敵などいないかの様に堂々と皆の前を横切って歩いて来たトラヴィスは、振り返って姿勢を正し優雅に一礼した。


相変わらずいちいち仕草が鼻につく嫌な男だ。


「トラヴィス……」


「勿体無い。また人助けなどくだらない事に力を使っているのですね。私には理解不能ですよ。ステラさんは私の研究にも大いに役立って下さったので少々惜しい気もしますが……どちらにしても邪魔でしたので大変助かりました。そうそう、私の研究施設を掃除したそうですね。あれも処分に困っていたので助かりましたよ」


「……この状況で随分な余裕だな。今回は本体なんだろ?」


トラヴィスはレイヴンの言葉に頷くでも無く、周囲を見回して興味深そうに目を細めた。


「そうですねぇ……妖精王、精霊王、エレノア、カレン……そして、あちらにいる冒険者の方々も普通では無い力を感じます。いやあ、皆さんお強い。まさか、妖精王と精霊王まで繋がりをお持ちとは正直驚きました。怖い怖い……。怖くて震えてしまいそうなので私も援軍を呼ぶとしましょう」


片手を軽く上げる動作に合わせて天井の土が一気に崩落して、白い羽の生えた魔物の大群が押し寄せて来た。


「そんな⁈ どうして急に⁈ 」


地下世界の上空を埋め尽くす大群を前に流石のエレノアも押され始めた。


「密集隊形!バラバラで戦うな!一箇所に固まるんだ!」


ランスロットの指揮で我に返った冒険者達が応戦し始めた。


「ラ、ランスロットさん!これって!」


「ああ!考えたくもねえけど多分……」


ミーシャの予想は的中していた。

襲って来た魔物の何体かはトラヴィスの背後に降り立ち、服従を示す様に頭を垂れた。

強大な力を持つ魔物が飼い慣らされた犬猫の様に振る舞う様は異様でしかない。


『なんじゃと⁈ まさか……』


「ああ…流石、精霊王ですね。一目で分かりましたか。私一人では皆さんに対抗出来そうにありませんので、魔眼の力を使って神と悪魔の皆さんに協力して頂く事にしました。それから……」


状況が飲み込めずにいたレイヴン達の目の前を、ゆっくりとした足取りで目の焦点の合っていないクレアが通り過ぎた。


「くそ!いつの間に!戻れクレア!!!」


「クレアちゃん!」


「動くなミーシャ!」


意外な事に連れ戻そうとしたミーシャを止めたのはレイヴンだった。


俯いたままのクレアは剣も抜かずにトラヴィスの前に立った。

トラヴィスはレイヴンを見てニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべた後、クレアの前に跪坐いた。


「姫……お迎えに上がりました」


そう言ってトラヴィスが暗闇に染まった目を見開いた瞬間、クレアが絶叫を上げでもがき苦しみ始めた。


「うぐぐ……あああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!」


只事では無い苦しみ方にカレン達が一斉にクレアを救出する為に動き出したのと同時、そうはさせまいと魔物達が襲い掛かって来た。

エレノアは数の増えた魔物を相手に身動きが取れず、ランスロットを始めとする冒険者達は魔物に動きを封じられた。そしてアルフレッドが魔法の準備態勢に入っているルナと翡翠を守る形になった。


「レイヴン何故だ!」


レイヴンはカレンの動きを阻んで立ち塞がった。


「動くな。今、クレアに手を出す事は俺が許さない」


本気なのだという事は直ぐに分かった。

レイヴンの魔剣は激しく鼓動し、赤い魔力がバチバチと音を立てている。


「……ッ!気でも触れたのか!まさか、魔眼の影響を……!」


もしも、レイヴンが魔眼の支配を受けていたらカレン達が束になっても勝ち目は無い。

これまでと同じ、世界は滅びを迎える事になる。


「違う。クレアの変化が終わるまで誰にも邪魔はさせない。大人しく見ていろ」


カレン達にはレイヴンが何を言っているのかさっぱり分からなかった。

クレアの事を一番心配していたのはレイヴンだ。それなのに、クレアをトラヴィスにいいようにされて平然としているだなんて明らかに変だ。


「うぐああああ……い、痛い……苦しい……助け、て……レイヴン……レイヴン……!」


「……」


クレアが助けを求めて手を伸ばしても、レイヴンは動かなかった。

怒りを露わにしたカレンをジッと睨んだままだ。


「ちくしょう!何やってんだレイヴン!!!クレアが苦しがってるだろうが!」


我慢出来なくなったランスロットが、クレアの元へ駆け付ける為に魔物の群れを強引に突破して突っ込んで来た。


「よせ!死ぬ気かランスロット!」


「うるせえ!レイヴンが動かねえなら、俺が行くしかねえだろ!」


途中で避け切れなかった魔物の牙や爪が体を引き裂いても、ランスロットは止まらない。

一直線にクレアを目指して駆け抜けて行く。


だがそれもあと少しという所でまたしてもレイヴンが立ち塞がった。


「邪魔をするな」


「何が邪魔だ!クレアが苦しがってるだろうが!何でそんな平気そうな面してやがんだよ!」


クレアはランスロットにとっても妹の様な存在になっていた。

そのクレアが目の前で苦しんでいるというのにレイヴンは助けに向かうどころか、一向に道を譲ろうとはしない。


「無駄だランスロット!レイヴンは聞く耳を持たん!私が抑えている間に行け!」


「フフフ……ハーハッハッハッハッハ!!!」


トラヴィスの高らかな笑い声が響いた。

戦いの騒音の中で、それはもうはっきりと響き渡った。


「何がおかしい!今直ぐクレアを解放しやがれ!」


「なかなか良い見せ物ではありませんか。真実に気付いていたのはレイヴン一人。いえ、もう一人、そこのお嬢さんもですか……」


ルナはトラヴィスの舐める様な視線に、肩をビクリと震わせた。


『集中せい!もう少しじゃ!』


「わ、分かってるよ!」


翡翠から送られて来る膨大な量の情報を元に魔法を構築して行く。


最初にクレアの異変に気付いたのはレイヴンだった。

疑念でしか無い可能性という前置きを聞いたルナは、それを時間をかけて慎重に検証した。何気ない普段の言動から周囲の人達の反応に至る迄、可能な限り自然に観察と検証を繰り返して違和感を一つ一つ探していった。


トラヴィスの魔眼の厄介さは、対処の難しさ以上に“人の無意識” を利用する所にある。

それは雛鳥が初めて見た対象を親鳥だと錯覚してしまう様な擦り込みに近い物だ。


例え魔眼の支配による状態を説明されても、絶対にそれが正しい事だと認識出来ない。

木や森を見て、それが空だと認識してしまったが最後。誰が何と言おうと、それは空として認識されて真実となる。


「まだ分からないのですか?いいえ、分かる筈も無い。一部の例外を除いてね。それが私の力。魔眼の力ですよ。まだ理解出来ないでしょう?あなた方は全員、姫の目を通じて私の魔眼の支配を受けていた事に……クククク、アハハハハハハハ!!!」



そして、ルナは一つの結論に辿り着いた。


クレアは、存在しない。



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