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お節介

 

 カレンとステラの戦いは終始ステラが優勢に流れを運んでいた。

 特殊な手甲を巧みに操る接近戦得意とするカレンと互角以上に渡り合えているのは、やはり魔物堕ちによる肉体の強化の影響が大きいのだろう。

 単純な力ではステラが上回っているのに、一方的な展開になっていないのは、一重にカレンの戦闘経験と技術によるものだと直ぐに分かった。ステラの出鱈目な力押しの攻撃に難なく対処して見せている。


 そんな事はさておき、二人の会話を聞いていたレイヴンには思う所があった。


 互いの主張はよく分かった。

 ステラもカレンも“正しい”


 二人の立っている場所が違うだけで、どちらの主張が間違っているとは思わなかった。

 それは二人の境遇が逆だったとしてもカレンやステラが言った様な主張に近いものになっただろうと思うからだ。


 ーーー迷ってるの?


「ああ。だが、リヴェリアのメッセージを聞いておいて良かったと思っている」


 後悔を乗り越えられず、心の方が先に壊れてしまう者もいる。

 誰かが手を差し伸べても、誰かが光を照らしてくれたとしても、下を向いて目を閉じてしまうくらいに疲れ果てて座り込んでしまったなら、どうすれば良い?


「シェリル」


 ーーー分かってる。やって頂戴。


 レイヴンは願いの力が発動する寸前まで高めた魔力をそのままに、カレンとステラの間に割って入った。


「何をするレイヴン!ここは私に任せておけ!!!」


 レイヴンはぶつかり合う二人の攻撃を鮮やかに捌いてステラの前に立った。


「アハッ!レイヴンから来てくれるなんて!さあ、早く魔剣の力を発動させてよ!!!」


 ステラは暴走する気配も無く、一層魔力を放出させている。

 実験は終わったと言っていたが、自在に力を操っているあたり、どうやら本当に魔物堕ちを自分の力として使いこなしでいる様だ。


「カレン、事情が変わった。そこの肉の塊を少しの間抑えておいてくれ」


「ふざけるなよレイヴン!シェリルはどうする⁈ 」


「問題無い。少し手間が増えただけだ」


「手間⁉︎ 何の話だ⁈ 」


 ステラが現れるだろう事は予想していた。まさか自分の体に魔核を埋め込むだなんて無茶をやっているとは思わなかったが、おかげで少しやり易くなった。


 レイヴンはルナの返事を待たずにステラに向かって攻撃を開始した。


 ステラが得た魔物の力は確かに凄まじい。腕に装着した魔具の能力なのだろうか。ステラが自分では避けきれない攻撃に反応して自動的に魔法の障壁を展開している。


 二人の気持ちがレイヴンの胸を騒つかせる理由は酷く単純だ。決してどちらの主張が優っているという話では無い。

 どちらも正しく聞こえてしまうのだ。


 何故?


 それは結局のところ、どちらの主張もシェリルとレイヴンの存在を言い訳にしているだけだからだ。


「流石ねレイヴン!これでもかなり無茶をしたのだけれど、まるで歯が立たないわね!アハハハハハハハ!!!」


 ステラは戯れる様に攻撃を繰り返すばかりで一向にレイヴンの急所を狙って来なかった。

 それどころか、楽しんでいる様にすら見える。


「随分楽しそうじゃないか」


「ええ、楽しいわよ。昔からそうだった。私はいつも活発なシェリルに憧れていた。体を動かすのがこんなに楽しいだなんてね!!!」


 やはり狂っている。

 ステラはずっと過去に囚われたまま抜け出せないでいる。


「俺は、ここまで生きて来られた事を自分の力だけだとは思っていない。どうにもならない事も、胸糞悪い事も沢山あった。俺にとって毎日が綱渡りだ。何処へ行っても、生きているだけで疎まれる。何もしていないのに理不尽な目にばかり合う。だったら何の為に必死になって生きようとしているのか、いっその事死んで楽になれば……そんな事を考えて過ごしていた」


「何の話?どうしたの?昔話だなんてレイヴンらしく無いじゃない!」


 レイヴンはステラと剣を交わしながら、ステラの本当の心が何処にあるのか探していた。


「必死にその日を生き延びて、得られる物と言えばほんの僅かな生の実感。それもまた次の日には、明日という日を迎える為に死と向かい合う。その繰り返しだった」


「意味が分からないわ。そんな事は“知ってる”わよ!何で今更……」


「そんな時だった。エリスとリアーナという双子の姉妹と出会った。二人共孤児で、俺と同じ魔物混じりだった」


「……」


「珍しい事じゃない。この世界ではよくある事だ。その二人はとにかくお節介だったんだ。最初はしつこく付き纏って来て鬱陶しくて仕方なかった。勝手に住む場所を決めて、勝手に食事を作って、勝手に俺の帰りを待っていた。朝が来ると俺が居なくなっていないか二人して確かめに来るんだ。でも、どれも嫌じゃ無かった。俺は多分、その時初めて人間の事が好きになったんだと思う。俺も人間でいたいと、生きていたいと思わせてくれた。俺にとって二人は特別な存在だった」


「だった?」


「姉のエリスは俺が殺した。当時の俺には魔物堕ちしたエリスを救う力が無かった。苦しみや痛みから解放してやるには、それしか方法が無かったんだ」


「さっきから何なの?そんなの…仕方がないじゃない……」


「ああ、仕方がない。他に方法が無かった。殺す事でしか……命を絶つ事でしか終わらせる方法が無かったんだからな。他に方法があったのならやっている。でも、何も無かった。俺は、無力だった」


 もっと強ければ、もっと力があればと自分を呪いもした。初めてクレアを魔物堕ちから救った時、あの時にこの力があればと思った。


 あれは間違いなく後悔だった。

 手の届かない、過ぎてしまったどうにもならない後悔。

 世界から音が消えて頭の中が真っ白になっていく感覚と、現実に引き戻したリアーナの泣き声は今でも鮮明に焼き付いて離れない。


「レイヴンも私に割り切れと言うの⁈ それが出来ない人はどうすれば良いの⁈ 全部やり直すしか無いでしょう⁈ 」


「やり直さない。後悔しているからこそ、割り切れないからこそ、やり直さない。同じ事を繰り返さない為に、俺は手にした力を振るうと決めた」


 生き抜く為に望んだ力は、あの時から後悔しない為の力になった。

 それが、レイヴンが強さを求めた理由であり、覚悟だ。


「そ、そんなの!そんなのレイヴンが強いから……!!!」


「いいや。俺は…僕は、昔からどうしようもなく弱虫なんだよ、ステラお姉ちゃん……」


「レイヴン……ッ⁈ 」


 ステラの目に幼い頃のレイヴンが重なって見えた。

 活発な両親とは正反対の大人しくて臆病な子だった。ルナを造ったのも、レイヴンの遊び相手になってくれれば良いと思ったからだ。

 幸せな日々だった。こんな暮らしも悪くないかもしれない。そう思わせるほどに穏やかで温かい毎日だった……。


 でも、駄目だった。

 魔剣の完成が近付くにつれて心は軋みを上げて崩れていった。

 そして、偽りの幸福を自覚した時に全てが終わったのだ。


 自分が欲しかったのは虚構に満ちた時間じゃない。

 本当はあるはずだった幸せを返せと世界を呪った。


 ーーードクンッ!!!


 発動の時を待ち侘びていた魔剣の鼓動が妖精の森に木霊した。


「カレン!」


「うおおおおお!!!」


 肥大化した魔物の肉に覆われた魔鋼人形の頭を鷲掴みにしたカレンが突進して来た。

 ステラの動きが止まった一瞬の隙をついて、魔鋼人形ごと世界樹の幹へとステラを押し付ける。


「くっ、カ、カレン!邪魔をするな!!!」


「文句なら生きてレイヴンに言うのだな。ステラ……もう一度始めよう。それでもまだ死にたいくらい辛いなら、今度こそ私がお前を殺して楽にしてやる。レイヴン、やれ!!!」


 ーーードクンッ!ドクンッ!!!


 鼓動の高まりに合わせてレイヴンの目が赤い輝きを増した。

 姿勢を低くして魔剣を構えて狙いを定める。


「止めさないレイヴン!その力はこんな事の為にあるんじゃ無いわ!!!」


「悪いな。俺もお節介が好きなんだ。勝手に救わせてもらう。シェリル準備はいいな?」


 ーーー任せて!


 シェリルの力強い承諾を得たレイヴンは、魔鋼人形ごとステラの体を貫いて叫んだ。


「魔と世界の歪みを喰らって力に変えろ!!!ステラ、生きて抗え!自分なりの答えに辿り着けたお前なら出来る筈だ!生きるんだ!もう一度人間として!その為になら俺は!お前の背中も押してやる!さあ、手を伸ばせ!!!」


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