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レイヴンの帰還

 東へ一直線に向かったミーシャとツバメちゃんは、冒険者の街パラダイムを出発して僅か数時間でレイヴンを見つける事に成功していた。しかし、廃墟となった街で子供達の相手をするレイヴンを見たミーシャは、声を掛けるのを躊躇い、少し離れた場所に隠れて様子を見守っていた。


 手紙を届ける仕事で偶然出会った魔物混じりが王家直轄冒険者レイヴン本人である事を知った今、魔物混じり達の中で憧れの存在であるレイヴンにまことしやか囁かれていた孤児院の噂。それは真実である事が分かった。

 そして、知ってしまった。王家直轄冒険者と呼ばれる救国の英雄が抱える苦悩。

 悲しい目をしていた理由の一端を……。


「どうしようツバメちゃん…。急いで帰らなきゃいけないのに…」


「くるっぽ……」


「約束は明日のお昼。リヴェリアちゃん、ランスロットさん、ごめんなさい。約束の時間までにはレイヴンさんを連れて帰ります。だから…今は……」


「くるっぽ……」





 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 ライオネットとガハルドの部隊と共に街の周囲に迫っていたSランクの魔物を片付けたリヴェリアは、一時壁の上に戻ると二人の部隊を四方の壁の守備に振り分けさせ冒険者達と合同の班を作って交代させながら魔物の対処に当たらせるよう指示を出した。

 周囲を囲う魔物の総数は今も増え続けている。追加の戦力として充分とは言えないかもしれないが、これで冒険者達の負担も減り、今しばらく時間を稼げる筈だ。


「うむ。二人共腕は鈍っていないようだな」


「最近は歯応えのある依頼が少なかったですからね。まだ本調子ではないですけれど、期待に応えてみせますよ」


「お嬢には悪いが、中央は退屈過ぎる。くだらない権力争いにはウンザリしていたところだ」


「そうか。ならば期待していよう。昼にはレイヴンが街に戻って来る予定だ。魔物の相手で物足りなければ、久しぶりに戦ってみるといい。退屈が懐かしくなるかもしれんぞ?」


「レイヴン? 見つかったのですか?」


「ああ。どうやら少し前からこの街に来ておったそうだ。今、ミーシャに探しに行ってもらっておる。とにかく状況の説明をせねばな。下にランスロットがいる。そこで話をしよう」


「お嬢。なんだか楽しそうですね」


「そうでもない。しかし、そう見えたのなら、中央は私にとっても退屈な場所だということだ」


「へへっ。流石お嬢。そうだと思ったぜ」


「ふふふ。声高には言えんがな。では行くとしよう」


「「はっ!」」



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 翌朝。

 いつの間にか眠ってしまっていたミーシャは魔物の声で目を覚ました。


 すぐ近くで人の声と魔物の悲鳴が聞こえる。どうやら誰かが魔物と戦っているらしい。

 崩れかけた教会の前にレイヴンがいるのが見えた。

 

 子供達を背に戦うレイヴンの姿は、素人のミーシャから見ても手を抜いているのが一目瞭然だった。どうしてそんなことをするのかと疑問に思って戦闘を見守っていたミーシャは、真剣な眼差しでレイヴンの戦いを見つめる男の子がいる事に気が付いた。


「もしかして、戦い方を教えている? そうか、だからとどめを刺さずに、あんなにゆっくりと同じ動作を繰り返しているんだ……」


 王家直轄冒険者である剣聖リヴェリアと同じ肩書きを持つレイヴンが弱い筈が無い。パラダイムの街に来た時も巨大な魔物を倒していた。ならば、やはりそういう事なのだろう。


 ミーシャはツバメちゃんにもたれかかり、急ぎたい気持ちに後ろめたさを感じつつ少しの間戦いの様子を見守る事にした。

 男の子の様子を確認しながら魔物が近づきすぎないように、ちゃんと動きが見えるように丁寧に同じ動きを繰り返していく。

 憧れの冒険者レイヴンは、想像していた通りの人物だ。街で会った時は、無口でぶっきら棒な印象だったけれど、何となく優しい人なんだろうなとは感じていた。それは間違いではなかったのだ。


(あんな優しい顔も出来るんだ……)


 戦いが終わり、子供達に別れを告げたレイヴンに声を掛ける。

 今となっては少し緊張する。けれども、いつも通りでいる方がきっと良い。


「レイヴンさーーーん!!!」


「……ミーシャか。何故こんな所にいる?」


「リヴェリアちゃんのお使いで迎えに来ました! 街が魔物の大軍に囲まれて大変なんですよ!」


「魔物の大軍? 詳しく話してくれ。いや、移動しながら……」


 魔物の襲撃を知ったレイヴンは一瞬厳しい表情を見せたが、直ぐにいつもの仏頂面に戻った。


「は、はいです! では、ツバメちゃんにどうぞ!!!」


「くるっぽ!」


「……」


 ツバメちゃんは姿勢を低くしてモフモフの背中に乗るように催促している。しかし、レイヴンはツバメちゃんをじっと見つめたまま微動だにしない。


「どうしたんですか? ツバメちゃんの背中はふかふかのモフモフですよ? 乗り心地最高ですよ?」


「くるっぽっ」


「あ、ああ。分かった」


 渋々ツバメちゃんに乗ったレイヴンは、やはりどこか落ち着かない様子でそわそわしていた。




 ミーシャは街へ向かう途中、レイヴンが居なくなってからの出来事を詳細に説明した。


「そうか。あのリヴェリアがよく動いたな」


「そうなんですか? なんだかやる気満々って感じでしたけど」


 レイヴンの知るリヴェリアという冒険者は油断のならない人物だ。

 中央では珍しい人格者。実力も人徳もある。文句の付けようの無い人物である事には違いない。ただ、何を考えているのかが分からない。詮索する気も無いし、周りにいる皆が受け入れているのならそれで良いとは思う。

 ただ、レイヴンにはリヴェリアの金色の目はどこかもっと別の遠い場所を見ている様な気がする。



「リヴェリアはいろいろと行動を制限されているからな」


「あ、そう言えば元老院の爺共がどうとか言ってたような……」


「見えて来た」


「え? うわっ! また増えてる⁈ 」


 魔物の群れはミーシャから聞いた話よりもずっと多かった。

 空の上からでも群れの果てが見渡せない。こんな事態はイレヴンも初めての事だった。


「先に街へ戻れ。少し掃除をしてから戻る」


「で、でも! 直ぐにーーー」


 レイヴンは剣を抜くと魔力を込める。

 ドクンという音と共に魔剣が目を覚ました。


 狙いはSランク以上の魔物が密集している場所。強力な個体が集まる場所というのは例え屋外であっても濃い瘴気が溜まる。そうなれば更に強力なレイドランクの魔物が発生する原因になるのだ。


「遠慮はいらん。時間が惜しい。必要なだけ喰らえ」


 レイヴンの言葉に応える様に、再びドクンという音が響いた。

 

 レイヴンの魔力を喰らい、大量の魔物を屠るべく魔剣『魔神喰い』が本来の姿へと変貌する。

 ブチブチと気味の悪い音を立てて黒い刀身が巨大な刃へと()()していく。


「わわわわわ! 何ですかその剣⁈ それに、その姿……」


 異変は剣だけでは無かった。

 レイヴンの目が魔物のそれへと変わっていた。

 

 魔物混じりの瞳の色は赤。しかし、レイヴンの目は全体が赤く染まり顔には黒い筋の様な血管が浮き出ている。


「魔剣『魔神喰い』だそうだ。よく斬れるので重宝している」


「重宝って、そんな包丁やナイフみたいに言わないで下さい!」


「ふむ……難しいな。では、行って来る」


「え? あ! ちょ、ちょっとまさか⁉︎ 」


 レイヴンはツバメちゃんから飛び降り魔物の大軍目掛けて突っ込んで行った。


「ちょとーーー!!! どうして皆んな飛び降りちゃうんですかーーー!」


 レイヴンには先に行けと言われたが、そういう訳にもいかない。

 ミーシャはレイヴンを追走するように空からレイヴンの戦いを見守る事にした。

 だが、その判断は間違いだった。


 レイヴンが魔剣を一振りする度、赤い魔力の閃光と共に数百もの魔物がまとめて吹き飛んで行く。相手がレイドランクの魔物であろうと関係無い。レイヴンの通った後には魔物の死体すら無かった。おまけにレイヴンはとんでもない速さで走っており、とても魔物を倒しながらのスピードとは思え無い。


「嘘でしょ⁈ リヴェリアちゃんも凄かったけど、レイヴンさん無茶苦茶過ぎですーーー!!! って、もうあんな所に! ツバメちゃん! レイヴンさんを見失っちゃ駄目ですよ!」


「く、くるっぽ!」




 レイヴンが街へ向かいながら魔物を倒している頃。街でも異変に気付く者が現れていた。

 先ず東の周辺警戒を担当していた冒険者が声を上げる。男が覗いていた望遠鏡に映ったのは、真っ黒で巨大な剣を振り回す、真っ赤な目をした何かだった。

 何か巨大なものが倒れる轟音と東の果てまで続く土煙はとんでもない速度で街へ近づいて来ている。


「ヤバイヤバイヤバイ! 緊急伝達!!! 東より何者かがとんでもない速さで接近中!!! 警戒されたし!!! 」


 物見役の男から発せられた異常を知らせる声に他の冒険者達も壁から身を乗り出すようにして確認する。


「なんだありゃあ⁈ け、警報! 警報を鳴らせー!!!東の壁に増援を送らせろ!」


「うわっ! こっちへ真っ直ぐ突っ込んで来るぞ!!!」


「魔物が吹き飛んでる。レイドランクの魔物どころの強さじゃねぇぞ……」


「何なんだよ……せっかく助かると思ったのに!」


 まさか魔物の群れを突っ切っているのがレイヴンだとは気付かない冒険者達は恐慌状態に陥り、東の壁は大混乱となっていた。悲鳴を上げる者。持ち場を離れ逃げ出す者。蹲り震える者。誰も戦おうなどとは微塵も思っていない有様だ。


「何事だ!」


「あ、あんたは! 良かった! こっちへ来てくれ! とんでもない化け物が現れたんだ!!! どうにかしてくれ!」


 警報を聞き駆けつけたリヴェリアは東の大地を確認してほくそ笑んだ。

 間違いない。レイヴンだ。

 リヴェリアも久しぶりに見る。魔剣の力を解放した姿は正に魔人と呼ぶに相応しい。

 圧倒的な力でもって魔物を薙ぎ払い、振り返る事もしない。ただ真っ直ぐ目標に向かって走っている。


「おお! ようやく帰って来たか! それにしても随分と派手な帰還だな」


「お嬢。あの姿……」


「ああ、そうか。お前達は見るのは初めてか。驚く事は無い。アレが奴の本来の姿なのだ。普段は魔物の力を抑えて人に近い姿に寄せているだけだ」


「アレが本来の姿……参ったな。なんて出鱈目な強さだ。まるで勝てる気がしませんよ」


 ライオネットの知る限り、レイヴンは普段の依頼で本気を出さない。

 受ける依頼も本当の実力に見合わない簡単なものばかり。それでも圧倒的な成果を上げるレイヴンに嫉妬した事もあった。だがこれはもはや嫉妬などというレベルでは無い。ライオネットが尊敬する最強の冒険者の一角である剣聖リヴェリアが絶大な信頼を置く冒険者、魔人レイヴンの圧倒的な強さを目の当たりにしてしまっては、同じく尊敬の念を抱かずにはいられなかった。



「おーい! こっちだ! 上がって来い!」


 リヴェリアに気付いたレイヴンは勢いをそのままに体を深く沈みこませると壁の上を目掛けて跳躍した。

 壁の上に立つレイヴンは、あれだけの魔物を倒しているにもかかわらず、返り血を全く浴びた様子はない。


 常人ではあり得ない跳躍力で壁の上に降り立ったレイヴンを見た冒険者達は悲鳴を上げてリヴェリアの背後に避難していた。


「お前達……冒険者が揃いも揃って、女の背中に真っ先に隠れて恥ずかしいと思わないのか?」


「馬鹿野郎! 俺達全員よりあんた一人の方が強いだろうが!」


「それはなんとも潔い事だが、堂々と言うことか…? やれやれ。そう思わないか? レイヴン」


「強さに男も女も関係無い」


「ふふ…そうであったな。来い、お前に見てもらいたい者がいるのだ。それと、その姿のままでは皆が怯える。いつもの姿に戻っておけ」


「ふん……」


 レイヴンが魔剣から魔力を抜くと、剣は元の黒剣に、目はいつもの無愛想な瞳に戻った。そこでようやく、冒険者達はレイヴンである事を認識した。


「あ、あんただったのか⁉︎ 」


「駄目だ。腰が抜けちまって……」


「びっくりさせんなよ! あ、駄目だ。俺も腰が……」




 リヴェリアに案内された先には見覚えのある顔がいくつかあった。


(ランスロット、リヴェリア、ミーシャ、ユキノ、フィオナ、ライオネット、モーガン、それから……分からん)


「おい! 今、俺だけ分からんという顔をしたな!」


「覚えている。ガ…ガ……ガーハル…。それで、俺に見せたい者とは誰だ?」


「テメエ! やっぱり覚えてねぇじゃねぇか! ガハルドだ! ガハルド!」


「ああ……覚えていた」


「嘘つけ! 忘れるならランスロットにしておけ!」


「ふざけんな! 最近やっとまともに名前覚えられたばっかだっつうの!」


「あははは! その辺にしておけ。忘れていたのが一人だけとはレイヴンにしては上出来だぞ?」


「お嬢。そろそろ本題に……」


「ああ、すまん。こっちだレイヴン」


 案内された一室にダンジョンでレイヴンが拾った少女がいた。

 どうやら弱っていた体はかなり回復したらしい。今は結界で覆われ眠っている様だ。

 

(この少女…確か俺がダンジョンで拾った時は普通の人間だった……)


 少女の胸元には禍々しい光を放つ魔核が寝息に合わせて鼓動しているのが見えた。


「いつからだ?」


「分からねえ。この子の所に来た時、変な三人組がいたんだけどよ、薬が切れたとか言ってたんだ。多分、俺達が見つけた後、その薬ってやつが切れて症状が進行しているんだと思う。医者の先生も治療した時にはこんな物無かったって……」


「そうか」


 少女の胸に埋まっている魔核は魔物の物とは少し違う形状をしている。

 根が体の奥深くまで入り込んでいて切り離すのも無理なようだ。


(手遅れだ…。この少女はもう保たない。魔物堕ちしてしまう。ならばいっそ……)


 ならばいっそ命を絶つ。

 それが少女にとって一番苦しまずに済む方法だ。

 昔の俺ならそうするしかないと、それしか無いと言っただろう。


(エリス……俺は………リアーナ)


 何も出来ずにただ命を絶つ事しか出来なかったあの時とは違う。

 レイヴンは魔剣「魔神喰い」を力強く握りしめて決断を下した。


「結界を解け。この少女を()()()()()()()



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