リヴェリアの願い
アルフレッドは小さな妖精の案内で客人のいる部屋へやって来た。
妖精の森には望まない来訪者が通り抜けられない様に魔法をかけてある。特に今は夜だ。魔物が発生した森を抜けるにはカレン達の様な実力者でなければ難しいだろう。
「なるほど。貴方でしたか」
「初めましてでは無いけど、初めまして妖精王。僕はマクスヴェルト。リヴェリアからの手紙を預かって来ているから受け取って欲しい」
「マクスヴェルト……もう、その名しか持てないのですね」
「……さてさて、何の話やら。僕はマクスヴェルト。“只の” 魔法使いだよ」
マクスヴェルトは戯けて見せたが、アルフレッドの方はそうはいかなかった。
妖精王としてでは無い、魔神アラストルとして確かめておく必要がある。
「……お前は本当にそれで良いのか?何も後悔していないというのか?」
「何の話かよく分からないけど、そうだなぁ。僕なりに答えるよ。
ーーー後悔も絶望もし尽くした。僕は僕で、僕は僕じゃ無い。僕は何処にでもいるけれど、何処にもいない。如何なる時空、次元、刻を超えようとも、僕と世界の真実は一つ。僕は一人で、僕は一人じゃないーーー
僕は今、後悔では無く、希望という名の未来に続く道の上に立っているよ。それが僕の在り方であり、選択なんだ」
「……そうか」
「なんてね。それより手紙の返事を聞かせて欲しいんだけど?」
それがマクスヴェルトの決意なら、これ以上何も言うことは無い。
おそらくリヴェリアも気付いていてマクスヴェルトの好きにさせている。
「……分かりました。このタイミングで手紙と共に貴方が来た。それだけで中身の見当はついています。此方へどうぞ。レイヴン達がいます」
妖精王アルフレッドに戻ったアラストルはマクスヴェルトを案内しようとしたが、マクスヴェルトはそれを拒んだ。
「僕が来ている事はレイヴンには伏せておいて欲しいんだ。此処にはあくまでリヴェリアの部下が来た。そういう事にしておいてよ」
「もう、そこまで?」
「レイヴンは何考えてるか分からない癖に勘だけは良いからね。僕が僕だと認識されたら困るし念の為さ。ああ、そうだった。手紙とは別に届け物があるんだ」
ーーーーーーーーーーーーーー
一先ず落ち着いたレイヴン達はトラヴィスの持つ魔眼とステラの動向について考察していた。
魔眼への対処法をフローラが知っているという話だったが、皇帝ロズヴィックは既に対処法を知っているらしかった。では、あの茶番は一体何だったのか。
皇帝を信用していないリヴェリアがわざわざあの場を設けてまで皇帝に敵意が無い事を示した理由、レイヴンにトラヴィスの地下研究施設の魔物を排除させた理由が見えて来ない。
ステラについても謎だらけだ。これについてはシェリルにも分からないという。
「ステラって、レイヴンの母ちゃん……シェリルとは姉妹なんだろ?なら、俺達のやろうとしている事を伝えて味方になってもらえないのか?」
「それは難しいでしょうね。ステラはレイヴンを救うというよりも、レイヴンの力を利用しようとしている節があるわ。シェリルもレイヴンもステラを救う気でいるけど、私はステラを許した訳じゃ無い」
『じゃが、結論だけ見れば、ステラがおらねばレイヴンの蘇生は無かった。手段の是非は別としても、全てはそこから始まった。最初の可能性を作ったのはステラじゃ。魔眼についても具体的な対処法は無い。対抗手段というより抵抗手段ならいくつかあるが、それも万全とは言えぬのう。近寄らぬのが一番じゃ』
翡翠でも具体的な対策を知らないとなると、フローラが知っているという対策もあまり役には立たないだろう。
「皇帝ロズヴィックについて何か知っている事は無いか?」
『ああ、あの変わり者か。これと言って無いのう。まあ、個人と見るなら信用しても良いと思うぞ。竜人という種族は基本的には善の存在じゃからな。じゃが、皇帝としてとなると話は別じゃ。人にはそれぞれ自分だけの正義がある。それが民を導く皇帝ともなれば、自分の正義を貫くだけでは立ち行かぬ』
(リヴェリアが危惧しているのはそれか……)
立場や権力は人を変える。
本人の意思に関わらず、良い方にも悪方にも簡単に傾いてしまう。
リヴェリアが気にしているのはロズヴィックでは無く、皇帝ロズヴィックという事の様だ。
ーーーコンコン。
扉をノックする音が聞こえた後、アルフレッドが戻って来た。
「レイヴン、そして義姉上。話があります」
アルフレッドの後から入って来た人物は大きな荷物を肩に担いだまま丁寧に頭を下げた。
「皆さんお久しぶりです。先の件では大変お世話になりました」
「エレノア……どうしてお前が此処にいる?」
カレンとミーシャの二人も何も聞かされいなかった様だ。驚いた表情を浮かべている。
「エリス……いえ、レイヴン。それが本当の姿なのですね。私はフローラ様と竜王様に頼まれて、ある物を届けに来ました。先ずはこちらのカードをどうぞ」
「竜王?カード?」
『リヴェリアの事じゃ』
レイヴンはエレノアから、何も書かれていない一枚のカードを受け取った。
「レイヴンさん、ほら。メッセージカードですよ。あの時のと同じ物です」
「あの時……ああ、確かミーシャの両親の……」
「わわわわわわ!両親のことはいいですから!とにかく魔力を流してみて下さい!」
皆が見守る中、ゆっくりとカードに魔力を流すとリヴェリアの声が聞こえて来た。
ーーー私だ。リヴェリアだ。私は今、中央から動く訳にはいかない。先ずはこの様な形でしか言葉を伝えられない事を詫びさせて欲しい。
エレノアには魔核を埋め込んだ魔鋼人形を届けて貰っている。
用途は一つ。シェリルを復活させる為だ。
「「……ッ!!!」」
シェリルの復活という言葉に全員が息を飲んだ。
魔鋼人形と同化した人間を魔物堕ちから救う事はエレノアとユッカの件で可能だと分かったばかりだ。
ーーーこれは人の道からはみ出た行いだ。罪は私が背負う。勝手は重々承知している。突然こんな話をして戸惑うのも分かっている。判断はレイヴンと、私の声を聞いているだろうシェリルに委ねたいと思う。
「正気か……?」
「待って下さい……まだ、続きがあるみたいですよ」
ーーー正直迷った。私は私の後悔を理由に過ちを犯して良いのかと。……私の我儘な願いだ。二人が納得出来ないのなら、それは仕方のない事だと思う。当然だ……その時は素直に受け入れる。
無茶を言っているのは分かっているんだ。……マクスヴェルトからシェリルの話を聞いて、私なりに考え抜いた末での結論だ。
少し間が空いた後、深呼吸をする様な息遣いの後にリヴェリアは続けて言った。
ーーー戻って来い、シェリル。
全てが片付いたら、また一緒に旅をしよう。また一緒に笑おう。……一緒に泣こう。それから沢山喧嘩をしよう。
世界は広い。世界にはまだ私達の知らない場所が沢山ある。
あの村があった場所をまだ覚えているだろうか、私達が初めて出会った場所だ。戦いの決着が着いた後、私は風鳴きの街でシェリルの帰りを待っている。
シェリル、これはやり直しなんかじゃ無い。もう一度始めるんだ。私達の旅を。
もし叶うなら、どうか私の我儘を聞いて欲しい。
カードに記録されたメッセージはそこで終わっていた。
リヴェリアのやろうとしている事は世界の理に触れる禁忌だ。けれども、翡翠もアルフレッドも口を挟むつもりは無いのか、じっとして沈黙を守っていた。
「だ、そうだ……」
レイヴンは“どうする?” とは聞かなかった。
皆が押し黙った部屋で一人、シェリルは泣いていた。
必死に声を押し殺して、子供がする様に何度も何度も溢れ続ける涙を拭っていた。
リヴェリアは自分の後悔に折り合いをつけて、一つの結論を導き出した。
後はシェリルがリヴェリアの想いにどう応えるのかだ。
ーーードクン。
(そうだな。お前もそう思うか)
シェリルの魂を宿していた魔剣魔神喰いも思う所がある様だ。
「「レイヴン……」」
「レイヴンさん……」
クレア、ルナ、ミーシャの三人が泣きそうな顔をしてレイヴンの名を呼んだ。
(分かってるさ……)
レイヴンは立ち上がって、涙を拭い続けるシェリルの前に手を差し出した。
「それがリヴェリアの願いだと言うなら、俺が叶えてやる。だが、望むのは……手を掴むのはシェリルだ」
「レイヴン……私は、願っても良いのかな……」
「リヴェリアが、親友が待っているんだろう?罪はリヴェリアが背負うと言った。ならば俺は、世界の歪みを引き受けよう」
「だって……こんな贅沢な願い……私はもう諦めてたのに……」
「問題無い。いつだったか、願いの力は背中を押す力だと言っていたな。俺がシェリルの背中を押してやる。誰にも文句は言わせない。言わせるものか。全部俺に任せろ」
「うん……!」
シェリルは震える手でレイヴンの手を掴んだ。