昔話③
村人達が騒ぎに気付く前に男達を縛ったシェリルとステラは全てを片付けた後、こっそりと家に帰ってベッドに潜り込んだ。
あのリヴェリアと名乗った少女が何者だったのかは分からない。
けれど、おかげで盗賊の男達を一網打尽にする事が出来た。後は意識を取り戻した宿屋の主人や貴族の男がどうにかするだろう。
村に被害が出なかった。
それだけで二人の目的は達成されたのだから。
ベッドに入った二人は流石に寝付けずに、横になったまま天井を見上げていた。
「ねえ、ステラ。あの子何だったんだろう?」
「私に聞かれても分かんないよ。でも、きっと人間じゃ無い。あんな魔力おかしいもの」
「だよね……」
煙幕の中で見た赤毛の美女はリヴェリアと同じ剣を持っていた。それに、異常に大きな魔力の発生源は煙幕の中からだった。
俄には信じられない事だが、リヴェリアと赤毛の美女は同一人物である可能性が高い。
特に最後の慌てようは不自然だった。
眠れないまま二人で話しているうちに朝が来た。
「ねえ」
「うん……」
そろそろ起きて着替えようと思っていた頃。にわかに家の外が騒がしくなって来た。
誰かが宿屋の前に繋いでおいた盗賊達を発見したらしい。
今起きて来ましたよという風を装って家の外に出た二人は、見た事の無い大きな鳥の様な生き物が何匹も村の広場に集まっているのを見て驚きの声を上げた。
「ま、魔物⁈ 」
「何で⁈ 」
二人の存在に気付いた村長と宿屋の主人が近寄って来た。
「お前達起きて来たのか。安心しなさい。あれは中央の警備隊の乗る竜騎だよ。獣の様な姿をしてはいるが、ちゃんと躾られているから人間を襲ったりはしないんだ」
「今日は仕事は無いからゆっくりしていると良い。他の子達にも伝えておくれ」
「さあ、危ないから家の中に入っていなさい」
大人達は少しピリピリとした雰囲気で、警備隊の人達の視線を気にしている様だった。
「うん……分かった」
「行こ、シェリル」
二人は家の中へ入るとそのまま二階へ駆け上がって、窓から様子を伺う事にした。
中央へ手紙は出していない筈なのに、一体どうして警備隊の人達がいるのか分からなかった。
夜の内に誰かが中央へ向かったのだとしても、夜の森は魔物が彷徨いているので危険だ。それに、村から中央までは大人の足でも丸二日はかかると旅人から聞いた事がある。
「一体誰が連絡したのかな?旅人さん?」
「でも、それなら竜騎にでも乗らないと間に合わないんじゃないかな。もしかしてリヴェリア?」
「まさか……流石にそれは無いんじゃない?来たばかりみたいな事言ってたし」
「じゃあ、通りすがりとか?」
「こんなにタイミングよく来るかなぁ……」
いくら考えても答えは出ない。
やはりリヴェリアが事前に連絡していたのかもと思ったりしたのだが、あの美女がリヴェリアだという確証がある訳でも無く、子供が一人で森を抜けて来たと考えるのは無理があるように思われた。
窓を開けてこっそり様子を見ていた二人は予想以上に事が大きくなっている事と、やけに準備と手際が良い事に違和感を感じていた。警備隊は中央から来たとの事だが、盗賊の男達を移送する為の荷馬車がきっちり人数分揃えられているのは変だ。竜騎が中央まで一日掛からないのだとしても、馬車を使うならどんなに速くても丸一日はかかる。
「あ!あそこ!さっきの子がいる!」
「え?何処?」
「ほら、あそこ!木の陰だよ!」
宿屋の直ぐ近くの木の下でくしゃみをしているリヴェリアの姿を見つけた。
大人達は盗賊や何やら喚いている貴族の男への対応で手一杯といった様子で、リヴェリアには気付いていない様だった。
連れて行かれる男達を見て満足そうに頷いたリヴェリアは、何食わぬ顔で大人達の横を通って村の直ぐ隣にある池へと向かって歩いて行った。
「池の方に向かったね」
「追いかけてみる?」
頷き合った二人は他の子供達に声をかけて、裏口からこっそり抜け出した。
村に隣接する池は小魚が取れる以外には畑に使うくらいで、特にこれといって変わったところの無い野池だ。
そんな場所に一体何の用があるのだろうと興味をそそられた二人は、リヴェリアの背中を見失わない程度の距離を保ちながら慎重に後をつけて行った。
リヴェリアが腰に下げている剣は明らかに身長よりも長い。あれでは地面を擦って鞘を痛めてしまいそうなのに、器用な事に左手を添えて地面スレスレの位置まで浮かせてあった。
「あ、着いたみたい」
「あんな所で何してるんだろう?」
「「って、えええええッ⁉︎ 」」
リヴェリアは池に着くなり、服を着たまま助走をつけて豪快に池へ飛び込んだ。
二人は水飛沫が上がったのを見た瞬間に走り出した。
「ヤバイヤバイヤバイ!ヤバイって!凍死しちゃうよ!」
「ど、どどどどどどうしよう⁈ どうしたら良いの⁈ 」
季節はもうすぐ冬だ。
太陽が昇ったとは言え朝の水温は低く、ましてや服を着たまま飛び込むだなんて自殺行為だ。
夏には水浴びに丁度良いのだが、リヴェリアが飛び込んだ辺りは急激に深くなっているので危険なのだ。
「ね、ねえシェリル。さっきからあの子浮かんで来ないんだけど……」
溺れたのだとしても暴れて水飛沫を上げる筈だ。けれど水面は元の静かな状態へと戻りつつある。
「な、何かロープを!私が潜って助けて来る!」
「ロ、ロープ⁈ そうだ!この木に巻き付いてる蔦を使えば……!」
服を脱いだシェリルにステラが木の蔦を巻き付いて、いざ飛び込もうかという段になって、少し離れた対岸の水面にブクブクと泡が立った。
「ス、ステラ……あれってまさか」
「魚か何かでしょ⁈ ほら、早く服脱いで!」
ゆっくりと岸に近付いて来た泡が大きくなると茶色の髪をした頭が岸に近付いていくのが見えた。
「ぷはあ!!!……うー、参ったのだ。まさか剣が重くてちっとも体が浮かないとは……おまけにあんなに急激に深くなっているなんて。おかげで元の岸に戻れなかったではないか。うう、寒い。水底を歩いて彷徨う羽目になってしまった……ん?」
「「……」」
対岸の岸に上がったリヴェリアと目が合った。
身体中に絡まった藻に気付いたリヴェリアは、少し視線を泳がせた後、何事も無かったかの様に振る舞い始めた。
「き、奇遇だな!屋根の上以来だな!」
「え、うん……そうだね、奇遇だね」
「えぇー……シェリルあの子に合わせるの?」
「だ、だって何だが凄く恥ずかしそうだよ?見なかったフリしてあげないと可哀想だし……」
リヴェリアは極めて自然な素振りを装いながら、いそいそと絡んだ藻を取り払って二人の元へ歩いて来た。
「どうして服を脱いでいるのだ?もう冬が来るというのに、こんな所で服なんか脱いだら風邪をひいてしまうぞ?」
リヴェリアは全身ずぶ濡れで唇を青くしている癖に、どうしても何も無かった事にしたいらしい。
二人はそんなリヴェリアを見ていて思わず笑い出した。
「あははははは!変なの……」
「こんなに笑ったの久しぶりかも」
「え?わ、私は何か変な事を言ったのか?あ、あれ……確か下界も意思疎通は変わらない筈なのに……」
「下界?」
「な、何でも無いのだ!」
「ふーん……」
「シェリル、そのままじゃ風邪ひいちゃうから、リヴェリアにも家に来てもらったら?」
二人は戸惑うリヴェリアの手を握って村へと歩き出した。