昔話①
レイヴンが睡眠の魔法から目覚めてしまっては、もう皆を眠らせておく必要は無くなった。
そう思って翡翠が魔法を解除しようとした時、レイヴンが思いがけない提案をして来た。
「私達がどういう旅をして来たのか知りたい?」
『レイヴンよ、それは今でなくてはならぬのか?昔話も良いが、それは後からでも……』
焦っていると言ったのはレイヴン自身だ。
時間が無いのなら早々に問題を片付けて、少しでも有意義な時間が過ごせる様に努めるべきだ。
翡翠とシェリルが戸惑っているのを察したレイヴンが話を聞きたい理由を話した。
「出来れば今が良い。俺は皆と旅がしたいと言ったが、正直皆と旅をするという事がよく分からない。参考になればと思った」
「それは分かるけれど、今までだってごく自然な感じに旅をしていたと思うわよ?」
「そうなのか?この世界では他の街に移動するだけでも一苦労だ。竜騎を使って移動するのは旅とは違う気がするし、冒険者を雇って旅をするのは商人くらいのものだ。それも俺が知りたい旅とは違う。……参考に出来そうな相手が他にいない」
そもそも旅に決まったルールなど無い。
意気投合した者同士が一つの目的の為に旅をする事もあれば、特に目的などなくとも腕試しを兼ねて各地を巡って旅をするという事もある。
レイヴンの言う通り魔物が多くなった今の世界では気軽に旅をする者は皆無だ。
『ふむ……。まあ良いじゃろう。他愛の無い話しじゃが、少しは気晴らしになるやもしれぬしな。さて、何処から話すのが良いか……』
「なら、皆んなと出会うところから掻い摘んで話してあげる。旅って言っても、私の旅は殆どリヴェリアが行き先を決めてたし、冒険者という仕組みも無かったからつまらないかもしれないけど……昔話だと思って聞いてね」
「ああ、それで良い」
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シェリル達の年齢が十を数えた頃の話だ。
全ては中央大陸の西にある名も無き小さな村から始まった。
シェリルとステラは親のいない流民として村長に引き取られた。
村長と言っても実態は小さな村の顔役で、気の良い村長は行商人から流民の子供を引き取って育てていた。
そのせいもあって他の村人よりもむしろ生活は貧しかったが、他の子供達と直ぐに打ち解けた事と、物怖じしない二人の人懐っこい性格もあって、村の人達から可愛がられる存在となった。
冒険者という仕組みは無かったが村や町の掲示板には魔物退治や仕事の斡旋を行うビラが貼られていたので、多い時には村人の数よりも別の町や村から来た旅の人達で溢れていたりもした。そうして村にやって来た人達のもてなしを出会うのが二人のもっぱらの仕事だった。
現在で言うところの冒険者組合とその受け付けと仕事の斡旋。
その原型の様な事を各地の街や村といった場所で行なっていた訳だ。
それらは全て村の収入源となり、少しずつ移住して来る者が増えていった。
当然、立ち寄った人達が全員善人という訳では無い。村が少しずつ大きくなるにつれて、訪れる人も、依頼の数も増えていったのは良いのだが、中には盗みを働く者、騒ぎを起こす者など、厄介事を持ち込む者も多くいた。
二人はその日も、いつもの様に旅人達の話を聞きながら、村への滞在を世話していた。
「ステラー!早く新しい毛布持って来てってばー!」
「ま、待ってよ〜!そんなに速く歩けないってば!」
シェリルは動き回るのが好きで、魔物の話を聞いたり男の子に混じって狩りへ出かけるのが好きな活発な性格。
ステラは文字を教わったり、行商人の人達が置いていった本や、安い値段で売ってくれた本を読むのが好きな大人しい性格。
全く正反対の二人であったが、仕事はいつも二人一緒。互いに自分とは違う性格を羨ましがる少し変わった姉妹だった。
「良いなぁ……私もシェリルみたいに森で遊びたい。でも、本を読むのも好きだし……」
「私だってステラみたいにもうちょっと女の子らしくしたいよ。でも、男の子達と一緒に体動かすの楽しいし……」
「「ふふふ……」」
「さあ、仕事に行こっか」
「うん!」
今日の旅人は最近村の近くで発見された魔物の巣を掃除すると言って、貴族を名乗る男がいかにも屈強そうな一団を率いて村に滞在していた。
季節はもう時期冬になる。
食料の調達が難しくなるこの時期に金払いの良い大口の客が来た事で、一時は村人達も大いに喜んでいた。しかし、貴族を名乗る男は一向に村から出る様子も無く、日がな一日酒場に入り浸っては、酒を浴びる様に飲んでいるばかりだった。
「けっ!どうして男爵位を持つ私が、こんな辺境の村で魔物退治などせねばならんのだ!おい!そうは思わないか⁈ 」
「へ、へい。ですが、貴族の旦那。俺達もそろそろ報酬を受け取って次の村へ行きたいんですがね」
「何だ?金の無心か?なら、とっとと魔物の巣でも何でも掃除して来れば良かろう!」
「そうしたいのは山々なんですがね。俺達は前払いでしか仕事を受けないんでさぁ」
「はん!金なら今は無い!ここの飲み代に全部使ってしまったわ!あははははは!!!いいからさっさと行って来い!このクズ共が!誰のおかげで生活出来ていると思っている!貴様等の飼い主は誰なのか、その小さな脳みそでよく考える事だ!あははははは!!!」
これがいけなかった。
男達は確かに雇われただけの流れ者の一団ではあった。しかし、元は西の村々では知らない者のいない盗賊としても知られていたのだ。
貴族の支払いの良さを信用してコネ作りに来ていた男達にとって、酒に酔っているとしても貴族の男の振る舞いは看過出来ない事だった。
「さっさと失せろ!酒が不味くなる!」
「……へい」
男は顔を真っ赤にして貴族の男を睨みはしたが、その場は大人しく引き下がった。
その夜。
危険を察した酒場の主人と、その様子を見ていた村人が数人で村長の家に相談に来ていた。
「成る程。話は分かった。しかし、相手は中央の貴族だ。儂らの話をどこまで信用してくれるか……」
「何かあってからじゃ遅い!ダメ元でも何でも救援を頼んでおいた方が良いんじゃないか?」
「そうだ!せめてあいつらが馬鹿な事をしない様に手を打っておくべきだ!」
問題が頻繁に起こる様になってからというもの、これまでにも街の衛兵に仲裁を求めてはどうかという話が度々あった。しかし、小さな村でのいざこざだ。中央の役人が重たい腰を上げる事は一度も無かった。
「皆の言いたいは分かった。しかし、明日の朝まで考えさせてくれ。あまり事を大きくしたくは無いんだ。それに盗賊と思しき男が大人しく引き下がったのなら、まだ猶予はある筈だ」
結局、話し合いは平行線のまま。落とし所として、朝を待って中央へ戻る行商人に村の現状を伝えて貰うことで一応の対策とした。
当然、その話はシェリルとステラの耳にも入っている。
「ねえ、ステラ。さっきの話どう思う?」
「お義父さんは明日の朝って言ってたけど、多分……」
「だよね……」
二人は皆が寝静まるのを待ち、その時に備えて動き始めた。
ステラは覚えたばかりの簡単な封印魔法で各家の扉を施錠して周り、シェリルはその間に出来る限りの武器を村の倉庫から掻き集めていった。
「シェリル!こっちは終わったよ」
「私も今終わったところだよ。弓はあまり得意じゃないけど、無いよりは良いよね」
ステラの予想が外れていれば悪戯で済む。
しかし、万が一予想が当たっていた場合、被害を被るのはあの貴族の男だけでは済まない可能性がある。
「皆んなを守らなくちゃ」
「いっぱい優しくしてもらったもんね」
二人には村長にずっと内緒にしていた事がある。
シェリルは一流と言って差し支えのない剣の腕を、ステラは魔法の才能を持っていた事。そして、村長に引き取られる前に魔物退治の手伝いをさせられていた事だ。
自分達を優しく迎え入れてくれた村の人達の手前もあって、これまで明かす事無く黙っていたのだ。
夜明け前。
二人は村で一番見晴らしの良い宿屋の向かいの家の屋根から男達の様子を伺っていた。
「やっぱり来た。ステラの予想通りだね」
太陽の光が昇り始めた頃、村の広場に集まる集団の影が貴族の男が止まっている宿へ押し寄せて行くのが見えた。
「嫌な予想が的中した……。数は二十と数人……もしかしたら他にも仲間がいるかも。だけど、やらなきゃ」
「あの貴族の人には悪いけど、下手に散らばられちゃうと私達二人じゃどうにもならないものね。やろう!」
「じゃあ、先ずはコレだね」
シェリルが手に取った矢の先端には矢尻の代わりに胡椒をたっぷり詰めた袋を取り付けてある。男達を殺すのが目的では無い。無力化して衛兵に突き出すのだ。
シェリルは男達が強引に宿屋の扉を破壊したのを確認してから、限界まで弾き絞った弓矢を放った。
「いけない!シェリル、駄目!待って!」
「うえぇ⁉︎ 今⁉︎」
ステラが急に矢を放つのを止めようとしたが、もう遅い。
矢は一直線に宿へ押し入ろうとする男達……では無くて、通り掛かった茶色の髪をした少女の頭を直撃した。