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力の秘密

 

 シェリルの姿は当時の外見のままだった。

 真っ赤な髪に澄んだ青い瞳。

 おっとりとした柔らかい雰囲気は変わっていない。


 翡翠は言い難そうに何度か口を開けたり閉じたりした後、ようやく言葉にした。


『のう、シェリルよ。お主は……』


「誰も恨んでいませんよ。あれは私達が選んだ事ですから」


 何を聞かれるのか分かっていたのだろう。

 シェリルは優しく微笑んだ。


 本来、精霊や妖精は個人に対して特別な感情を抱く事はまず無い。

 翡翠がシェリルに対して特別な感情を抱いているのは、かつて共に旅をした仲であった事と、精霊王という立場上、手を貸してやれなかった事への後悔だ。


「こうしてまた元の姿になれるとは思っていませんでした。肉体は無いですけど」


『世界樹の力か。この地は聖の力で満ちておるからな。もっと早くその姿になれたであろうに、何故じゃ?』


「アラストルに合わせる顔が無いから……。それに、貴女にお願いがあって。事情はもう?」


『ああ、世界の記憶を辿り、眷族から大体の事は聞いて知っておる。それで、お主が頼みたい事とはなんじゃ?しかも、レイヴンでは無く、妾にか?』


「はい」


 翡翠の隣に座ったシェリルはゆっくりと話し始めた。


 最初は昔話を交えた他愛の無い話だった。

 いきなり本題を話すのは抵抗があるのだろう。そう思って翡翠もまた、当時の思い出話に花を咲かせた。


『リヴェリアとカレンは相変わらずの様じゃな。二人共竜人の血筋のせいか、真面目というか、変に自分を追い詰める癖がある。一番の驚きはマクスヴェルトの奴じゃ。妾もまんまと一杯食わされたわ。精霊王である妾をも欺くとは、あやつの魔法はとんでもない高みにある。いや、寧ろ詐欺師の才能があるのではないか?』


「ええ、私も気付いた時には驚きました。だけど、そうだと分かったら昔の事とか妙に納得しちゃって……」


『じゃが、あやつとの契約は解除した。世界に存在して良いのは一人だけ。そのくらいの覚悟はあるじゃろうしな。案ずるな。妾の見立てでも、今回は今までに無い良い条件が揃っておる。中でもレイヴンの成長が大きい。何も無い状態からよくぞここまで、というのが妾の素直な気持ちじゃよ……』


「良い出逢いが沢山ありましたから……」


『その様じゃな……』


 レイヴンの寝顔を見つめるシェリルは優しい母親の顔をしていた。


 一度も我が子を抱く事無く命を落としたシェリルは、赤ん坊の頃のレイヴンを知らない。

 目的はともかくとして、レイヴンを蘇生させたステラのおかげで、こうして成長したレイヴンを見ている事が出来る事に幸せを感じていた。


「それで、あの……」


 ようやく本題を話す決心がついたらしいシェリルが口を開いた。


『遠慮は要らぬぞ。妾に出来る事であれば何でもしよう。もう腹は決まっておる』


「ステラの事なんですけど……」


『確か姉妹であったな』


 やはりシェリルの頼みとはステラの事だった。

 翡翠はそれ以上の事を喋らず、続いて出て来るであろう言葉を待った。


「ステラを助けてあげて欲しいんです」


 シェリルの言葉を聞いた翡翠は目を丸くして驚いていた。


『……助ける?』


 眷族からの情報によれば、悪戯に事態を悪化させているのはステラだ。

 いくらシェリルの肉親とは言え、レイヴンにとって障害でしか無いステラを助ける意味が分からない。


「知っていると思いますけど、ステラは本来優しい子です。今は自分を見失ってるだけだと思うんです。何をしようとしているのかは分かりません。だけど……」


『待て待て!少し待つのじゃ。いくら主の頼みとて、今回の元凶じゃぞ?主が助けて欲しいと思っていても、レイヴンが何と言うか……』


「問題無い。ステラも助けるつもりだ」


 抑揚の無い低い声が聞こえて来た。


「レイヴン⁈ もう起きたの⁈ 」


『なんと……妾の魔法が効かなかったのか?』


「いや、効いた。少しだけだが久しぶりに寝た気がする。だが、もう良い」


 レイヴンは両腕をクレアとルナにがっちりと抱かれたままで身動きが取れない状態だが、意識ははっきりしており、翡翠のかけた魔法も完全に効力を失っているのが分かった。


『じゃが、それでは……』


「良いんだ。気持ちだけ貰っておく。それに……俺の体はもう、半分以上魔物化している。下手に今の状態を崩して残り少ない時間を浪費したく無い」


 レイヴンの口から出た言葉に翡翠とシェリルは目の前が真っ暗になった。

 限界なのは分かっていた。しかし、既に魔物堕ちが始まっていたなどとは夢にも思わなかった。


「い、いつから……」


「多分、魔剣の力が使える様になってからだと思う。それに、もう傷の回復が上手く出来ない。見た目は治っても痛みが消え無い。魔物化を抑えるのに随分力を割かれているからかもしれないな。そうか、ステラが狙っていたのはコレか……」


『何を悠長な事を……』


「そうでも無い。これでも焦っているんだ。まあ、おかげで願いの力の扱いにも慣れた。ステラは俺が願いの力を扱える様になるのを待っていたんだろう。何もかもやり直す為にな」


 レイヴンがいずれ魔物堕ちするのは避けられないという事はステラも知っている筈だ。

 魔剣の力を制御出来る様にして、願いの力を扱える様にしたのはおそらく、絶望したレイヴンに世界を作り変えさせる為だと思われる。

 しかし、ステラの計画で誤算だったのは、レイヴンが人間性を獲得した事だ。

 とっくに魔物堕ちしてもおかしく無い筈のレイヴンが未だに人間として理性を保っている状況はステラにとって望ましく無い。

 必要なのは感情を揺さぶる事。だからこそ、ステラはトラヴィスと手を組んだ。

 そう考えれば、ステラが急変してしまった事の説明がつく。


「世界の歪みとやらは全部俺が引き受ける。やり直しもさせない」


「待ってレイヴン!だったらアルフレッドの提案を受けるべきよ!そうすれば魔物化だって……!」


 レイヴンは首を横に振ってシェリルの提案を退けた。


「歪みを取り除いたところで、魔物化し始めた体は元には戻せない。それは俺が一番よく分かっている」


 魔物堕ちを元の人間の姿に戻すには、一度完全に魔物化する必要がある。

 でなければ体が安定せずに失敗してしまう。


『主の力が異常に高まっておる理由はそれか……それにしても、なんという……』


 レイヴンの力が短期間のうちにあり得ない程に高まっていった本当の理由が魔物堕ちだと知って、流石の翡翠も狼狽した様子だった。


 正気を保ったまま、外見すら変わらない。

 魔物堕ちの概念を尽く否定してレイヴンは人として存在している。であるなら、レイヴンは睡眠が取れないばかりか、全身を襲う激痛にも耐えていた事になる。

 そんな状態で他人の為に力を使って来たなどと、狂っているとしか思えない。


「この事はクレア達には内緒にしておいて欲しい。もう少しだけ……ほんの少しの間で良いんだ。俺はまだ皆と旅をしていたい」


「死ぬつもりじゃないでしょうね……」


「……まさか。ただ、保証は無いというだけの話だ。俺は皆に随分心配をかけていた事にも最近まで気付かなかった。俺は俺に出来る事をして恩を返したいだけだ」


『もしや、願いの力で世界を変えるつもりか?馬鹿な……随分と分の悪い賭けじゃ。いや、賭けにすらなっておらん』


 これまで曲がりなりにも自我を保って来た。世界樹の力を借りて治療すれば、もう無茶な事をしない限り、寿命まで生きる事も出来るかもしれない。ゆっくりと過ごすという選択肢もあって良い筈だ。


「……かもな。それでも、俺が生き残る可能性はゼロじゃない。なら、それで十分だ。賭ける価値はある」



 いいや、価値のある無しの話では無い。


 翡翠はクレアとルナの寝顔を眺めるレイヴンの顔を見て言葉にするのを止めた。



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