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眠り

すみません。

書きながら寝落ちしていました。

「何がどうなってんだ……」


 ランスロットの呟きはその場にいる者全ての内心を代弁したものだった。


 アルフレッドの用意した部屋に案内されたクレア、ランスロット、カレンの三人は、ソファーで仲良く眠るレイヴン達を見て呆気に取られていた。


 魔力が底をついたであろうルナとミーシャはともかくとしても、レイヴンまで熟睡していたのには驚いた。

 レイヴンが熟睡するだなんて事はランスロットとカレンの知る限り一度も無い事だ。


 おまけに見た事の無い幼女がミーシャの体の上で猫の様に丸くなって寝息を立てているのも謎だ。明らかに人間では無い様に思われたが、カレンが珍しく引き攣った顔をしているのを見てしまっては、ランスロットも正体を聞くに聞けないでいた。


「むう!私も頑張ってたのに、ずるい!」


 クレアは頬を膨らませながらレイヴンの隣を陣取ると、自分も一緒に寝るのだとばかりに目を閉じた。


「お、おい、クレア……」


 ランスロットが、そんなに気が立った状態で眠れる訳が無いと言う前に、クレアは一瞬で深い眠りに落ちてしまった。


「本当に何なの……。アルフレッド、この部屋に魔法でもかけたの?」


 カレンに問いかけられたアルフレッドにも訳が分からない。


 部屋には何の魔法もかけたりしていなかった。そんな事をして、またレイヴンに出て行かれては話が進まないからだ。

 しかし、心当たりならある。


 アルフレッドは犯人の前に立って激しくまくし立てた。


「何を余計なことをしてくれたのですか!今すぐ彼等にかけた魔法を解いて下さい!呑気に寝ている場合ではありませんよ!」


 体を揺すられた翡翠が不機嫌そうに片目を開けてアルフレッドを睨んだ。


『……今は夜じゃぞ。妾の睡眠の邪魔をするでない。其方らも眠るが良い。夜は寝るものじゃろうて』


 それはもう至極当然な主張で、言っている事は生物として当たり前の筈なのに、睡眠という欲望を隠しもせずに全面的に主張した物言いは、戦い疲れていたカレンとランスロットの二人に異変をもたらした。


「な、なんだ⁈ 急に体が……」


「嘘でしょ……ちょっとこれ、洒落にならないんだけど……」


 謎の幼女の『夜は寝るもの』という言葉を聞いた途端に溜まっていた疲労が一気に押し寄せて来た。

 カレンは幼女の言葉が魔法発動の引き金になっていると気付いた時には、既に睡魔に抗えない状態にまで意識が朦朧としていた。


 ーーー竜人の娘よ。流石に大した抵抗力じゃと認めてやるが、今は眠るが良い。レイヴンの体力が全快するのを待て。話はそれからでも遅くは無い。


 頭の中にぼんやりと響いて来た声を最後に、カレンもまた深い眠りに落ちた。



「何が夜は寝るものですか!貴女は昼夜問わずに年中どころか数百、数千、数万という単位で寝てばかりいるでしょう!」


 レイヴン達が全員眠りに落ちた事でアルフレッドは怒りが頂点に達した。

 いつだって精霊王が動いた時にはアルフレッドの事情など御構い無しに引っ掻き回される。だが、今回ばかりは流される訳にはいかない事情というものがある。


『煩いのぅ……数万は言い過ぎじゃ。良いからお主も寝ろ。話は明日じゃ明日。ふあああ……』


「起きて下さい!話はまだ終わっていませんよ!ようやく始まる所だったのです!この……起きろクソ精霊がッ!!!」


 アルフレッドはクッションを抱いて丸くなった翡翠を掴んで、空いている方のソファーに向かって投げた。

 それはもう目一杯、全力で。


 幼女が宙を舞う不思議な光景。


 ソファーの弾力で弾んでいた翡翠は、面倒臭そうな態度で体を起こすと、怒りで顔を真っ赤にしたアルフレッドに向かって言った。


『その短気は直らぬな。この程度で地が出るとは、もっとどっしりと構えぬか。魔神と呼ばれていた頃の主の方が今より余程堂々と、そして毅然とした態度であったぞ』


「ふざけるな!“俺は” そんな話がしたいのでは無い!!!貴様は今の状況が理解出来ていないのか⁈ 」


『おお、それじゃそれじゃ。そっちの方がしっくり来るぞ?“らしさ” という物がある方が良い』


 翡翠が妖精王アルフレッドの正体を口にした事で一気に一触即発といった雰囲気になって来た。


 精霊王と妖精王が衝突すれば世界中の気候に異常を来たす。天候は荒れ、生気を失った森や大地には今以上に魔物が溢れる事になる。


「精霊王……貴様がどういうつもりであの娘と契約したのかは知らないが、邪魔をしないでもらおう。俺には果たすべき義理がある。本来なら世界がなどと、兄者と義姉を見殺しにした俺には語る資格など無い事だ。それでもあの日の誓いだけは果たす。それが俺の負った罪であり、責任だ」


 アルフレッドの手は震え、白く血の気の引いた拳から、込み上げる感情を必死に抑え込もうとしているのがよく分かった。


『……妾もあの場にいた。罪を背負っているのは妾とて同じじゃ。妾達は竜人の娘に全て押し付けて目を逸らした。本当にアレが正しい事だったのか、今でも答えは出ない。しかし、しかしじゃ。やり直す事は出来なくとも、繰り返さない事は出来る。その可能性がレイヴンの存在なのじゃからな』


「だが、レイヴンは……」


 レイヴンの力が異常なのは分かっている。しかし、このままでは魔物堕ちのリスクは高まるばかりだ。

 今のうちに手を打っておかなければ取り返しのつかない事になる。


『レイヴンはレイヴンじゃ。妾達の後悔はレイヴンには何の関係も無い。言っておくが、レイヴンはまだ本来の力では無いぞ?』


「何を言っている?もう限界の筈だ……。俺とてレイヴンの事を自分の後悔の捌け口にするつもりは無い。だがあの様子では……」


『レイヴンの力が安定しない理由の一つとして寝不足が挙げれられる。馬鹿馬鹿しいと思うじゃろうが、レイヴンはこれまでまともに睡眠を取っておらん。それが何故か分かるか?」


 本当に馬鹿馬鹿しい話だ。


 アルフレッドは翡翠の真剣な表情を見て言葉を飲み込んだ。


「……恐怖か」


『そうじゃ。魔物混じりと呼ばれる者達にとって、いつ来るともしれない魔物堕ちは恐怖でしか無い。それがレイヴン程の力の持ち主ともなれば、その恐怖は想像を絶するじゃろう。本人は何でも無い様な顔をしておるが、相当な疲労が蓄積しておったのであろうな。妾の魔法でぐっすり眠っておるわ』


「まさか、その為に?」


 翡翠はソファーに横になって天井を見上げながら、独り言のように言った。


「眠気に襲われて完全に瞼を閉じた瞬間に魔物堕ちするやもしれん。何気ない日常生活の中、ふと気が緩んだ瞬間に魔物堕ちするやもしれん。次に目を開けた時、自分が自分で無いやもしれんのだ……』


「……」


『まともに睡眠を取る事が出来ず、魔物堕ちせぬ様に常に気を張り詰めておらねばならぬというのは、生きながらに地獄におる様なものじゃと思わぬか?妾にはとても耐えられぬよ……」


 レイヴンに初めて会った時、“それで良く正気を保っていられるな” という問いかけに対して、願いだと答えた。

 願いの力は望みを叶えただけ歪みを発生させる。

 それはやがて巡り巡って自らを苦しめる荊となる。


「まったく……三日ですよ。それ以上は待ちませんからね」


 アルフレッドは毛布を取り出すとレイヴン達にかけて部屋から出て行った。


 暫くの沈黙の後、翡翠はまた話し始めた。


『嘘も方便、と言いたいところじゃが、実際レイヴンがまともに睡眠を取っておらぬせいで余計な力を使っておるのは本当じゃ。それに、久しぶりにお主と話してみたかったのじゃ』


「気付いてたんですか……」


『当然である。世界で起こった出来事なら眷族達に聞けば全てでは無いが大抵の事は分かる。久しいな、シェリル』


 翡翠は懐かしそうに目を細めて自分と同じ霊体となったシェリルに向かって微笑んだ。



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