造られた命
ミーシャに続いてモーガンまで落ち着かせる羽目になるとは思わなかった。
こんな事になるなら初めからリヴェリアを紹介しておくんだったと思う。
ともあれ、一刻も早く魔物を引き寄せている原因と思われる少女の所へ向かわなければならない。
「なるほど、そんな実験が。分かりました。直ぐにでも診療所に向かいましょう!」
「待て。ミーシャには頼みたい事がある。当初は私の部下の所へと思ったのだが、予定変更だ。ミーシャは今からレイヴンを探しに行ってくれ。私の予想が当たっていれば、奴の手を借りねばならん。もう直ぐ日が暮れる。今から出発して明日の昼までに帰って来られるか?」
「リヴェリア、そりゃ幾ら何でも無茶だ。レイヴンは明日の夜には帰って来る予定だが、何処に行ったのかさっぱりなんだ」
「いや、ミーシャの使役する精霊ならば可能だろう。頼まれてくれるか?」
ミーシャの使役する風の精霊ツバメちゃんは、この街へ来るのにレイヴンの匂いを辿って来た。
その能力があればレイヴンの元へたどり着けるかもしれない。だが、街の外は魔物の匂いで充満している。魔物混じりであるレイヴンの匂いを嗅ぎ別けるのは難しいだろう。
ミーシャもどうしたものかと考え込んでいる。
(明日の夜、レイヴンが自分で戻って来るのを待つしかないか)
「あの……」
(やっぱ無理か……)
「レイヴンさんに会うのに、私の格好って変じゃないですか?」
「「は?」」
リヴェリアとランスロットは、揃って間抜けな声を出した。
「だって、憧れの人だって分かったんですよ⁈ もっとちゃんとした格好で……」
「さっさと行け!!!」
「は、はいですーーーー!」
「くるっぽ!」
「あははは! 気をつけて行くのだぞーーー!」
東の空へ飛んで行ったミーシャを見送った俺達は改めて診療所へ向かう事にした。驚くほど短時間でリヴェリアを連れて来たミーシャなら大丈夫だろう。
「さっさと運び出すよ!」
「お前も手伝えよ!」
「何言ってんだい! 大の男が女の子一人抱えるのに腑抜けた事言ってるんじゃないよ!しっかりしな!」
「んなこと言ったって、何かこの子前より重たくなってんだよ!」
見た事の無い連中が、あの女の子を運び出そうとしている場面に遭遇した。
冒険者に見えなくも無いが、とても戦えそうには見えない。
「お前ら何やってる!」
「しまった! 見つかった!」
「お前達はこの街の者では無いな? 事情を聞かせてもらおうか」
モーガンとその部下が不審な三人組を捕えようと動き出す。
ここは本職のモーガンに任せるのが良いだろう。
背の高い男が担いでいる女の子に目をやると、気を失ったままなのか、ぐったりとした様子だった。
(ん? あの子、俺が連れて来た時より……)
痩せ細っていた筈の女の子の体には生気が戻り、一見体調が良くなっただけの様に見える。しかし、いくらなんでも回復が早過ぎる。
「ランスロット。あの少女、やはり……」
「ああ、当たりだ。けど……」
魔物混じりと呼ばれる者は異常な回復力を持っている。レイヴンが傷を負ったのを一度だけ見た事があるが、傷はその場で治り始めていた。つまり、もしあの少女が魔物混じりであるなら、レイヴンと同じ速度では無いにしても、ランスロットが診療所へ着く頃には回復の兆候が見られた筈なのだ。
「う、うああ……」
少女が呻き声を上げて僅かに動いた。
「おい! やべえ! 始まっちまった!」
「薬が切れちまったのかい⁈」
「どどどどどどうする⁈ もうあの薬は無いんだ!」
「仕方ないねぇ…。そいつは諦めな! 逃げるよ!!!」
「逃すな!!!」
「これでもくらいな!」
女の投げた閃光弾が部屋に強烈な光を撒き散らす。
「いかん! 追え! なんとしても捕らえるのだ!!!」
「追うな!」
逃げようとした三人組を追いかけようとしたモーガンをリヴェリアが制止した。
「し、しかし!」
「どうせこの街からは出られはしない。見失わないようにだけせよ。黒幕を突き止めねばならん」
「はっ! 畏まりました」
モーガンは部下に追跡だけ命じるとリヴェリアの前に跪いた。
「何をしている?」
「……は? 何、とは?」
「レイヴンにも言われなかったか? 礼節は大事な事だ。しかし、肩書きとは役割にしか過ぎん。私は只の冒険者だ。二度と私の前で跪く事は許さん。お前はお前の役割を果たせ」
衝撃的だった。
剣聖とまで謳われる人物がレイヴンと同じ事を言ったのだ。
レイヴンの発言にも度肝を抜かれた思いだったが、それは中央を離れ、各地を転々としている故の事だと思っていた。しかし、リヴェリアは滅多に中央からは出ない。であれば、その思考は中央の人間と同じだろうと勝手に思い込んでしまった。
腐っていたのはドルガだけでは無い。いつの間にか、自分自身も腐っていたのかもしれない。
モーガンは立ち上がりリヴェリアに詫びた。
「……も、申し訳ありません。以後、肝に命じます」
「それで良い。ランスロット、少女の様子はどうだ?」
「これを見てくれ」
少女のはだけた服の間から胸に埋め込まれた魔核が見える。
リヴェリアは少女の服を破いて胸元を見ると、その有様に表情を歪めた。
「下衆供め…! この魔核は体と完全に癒着しておる。取り出すのは不可能だ。待てよ、これは……」
「何だ? その目で何か見えたのか?」
リヴェリアの持つ金色の目は竜眼と呼ばれ、常人には見る事の出来ない魔力の流れを見る事が出来る。
今回見たのも魔核から漏れ出す魔力の流れを確認する為だ。
リヴェリアは少女の体に手を当て、ゆっくりと確かめるように動かしている。
「本当に何処までも……。ランスロット、この少女は人間では無い。いや、正確には人間としての機能を持ってはいるので人間と変わらん。しかし、どの臓器も人工的に造られたものだ」
「ちょっと待ってくれ! 人間を造るだと⁈ 命を人の手で作ったってのか⁈ そんな事出来るのか⁈ 」
「こうして目の前に成功事例があるのだ。可能なのだろう……。とにかく外へ連れて行こう。モーガン、何が起こるか予測出来ない。周囲に誰も近付けるな」
「それは……お言葉ですが、その少女が魔物を引き寄せる原因だと分かったのです。今ならその少女をーーーぐあっ! ラ、ランスロット殿、な、何を⁈」
モーガンが喋るよりも早くランスロットがモーガンを殴り飛ばした。
息を切らして肩で息をするランスロットの顔は怒りに満ちており、普段の飄々とした雰囲気は微塵も感じられない。
「テメエ!今、何言おうとしやがった! この子はまだ人間なんだよ!!! 俺達に人殺しをしろってのか!!!」
ランスロットの怒りはもっともだ。しかし、モーガンは引き下がるつもりはない。
街を囲む魔物の大軍を引き寄せている原因が目の前にある。
たった一人、たった一人の命で街に住む者全員が助かるのだ。
モーガンとて、人殺しなどしたくも無い。けれど、今は大勢の命がかかっている。
例え人殺しの汚名を着たとしても、やらねばならない。
「分かっています……」
「分かってねぇ! この子は人間だ! それをーーー」
「分かっていないのは貴方の方だ! 今、その少女を殺せば、街に住む者全員の命が助かるのです! 私はこの街を預かる者の一人として、皆を守らねばならないのです!!! たった一人の命で何千という命が助かるのですよ!!!」
「ぐっ…! テメエ…!」
「止めよッ! 双方の主張は正しい。しかしな、モーガン。その、たった一人を救う道を模索するのも我々の役目ではないか? たった一人、されど一人の人間なのだ。まだ、諦めるのは早い。統治を預かる者であるならば。いや、そうであろうとすればこそ。安易な解決策に飛びついてはならん。それがどんなに険しい苦悩の道であってもだ」
「……」
リヴェリアの言っている事は理解出来る。けれども、それは何かしらの方法があっての事だ。救う方法も無いままに理想を振りかざしても、ただの詭弁にしか過ぎない。
「確実とは言えんが、レイヴンならばどうにか出来るかもしれん。まだ、希望はあるのだ。もしもの時は、私が始末を付ける。ミーシャが戻って来るまで堪えてくれモーガン」
「リヴェリア殿……」
モーガンは反論どころでは無かった。自分を見つめるリヴェリアの目はまだ諦めてなどいない。
たった一人、されど一人の人間。リヴェリアはこの事態を予測し、少女を救う方法を模索していた。対して自分はどうだ? 街に住む人間の命と一人の少女の命を天秤にかけ、目の前にある安直な解決策しか頭になかった。
ましてや人工的に創られた命。街の住民達の命と比べてどちらを選ぶべきか、十人いれば十人が自分と同じ選択をするだろう。それでもリヴェリアは可能性を信じている。
「何の真似だ? 二度とするなと言った筈だ」
「これは私がそうしたいからするのです。けれど、私は、私の判断が間違っているとは思っておりません」
「……ほう」
「貴女という人間の器の大きさを思い知らされた思いです。統治を行う者の一人としてリヴェリア殿のお考えに感服致しました。貴女に頭を下げるのはこれで最後です」
「モーガン、お前……」
リヴェリアは、モーガンの言葉に満足そうな表情を浮かべる。
「そうか。ならばモーガン、頭を上げろ。皆を導く者がいつまでも頭を下げておるものでは無い。前を向いておらねばな!」
「はい!」
少女の具合は悪くなる一方だ。レイヴンならば救えるかもしれないと言ったリヴェリアの思惑は分からないが、もうあまり時間が無い。このままではいつ魔物堕ちしてしまうか分からない。
「おお! 来たか! 良いタイミングだ」
リヴェリアが見上げた先には竜騎に乗った一団が此方を目掛けて飛んで来ていた。
あの紋章には見覚えがある。リヴェリアの部下である事を示す物だ。
「お嬢! 」
「フィオナか! 丁度良いタイミングだ! 直ぐに降りて来てくれ!」
竜騎の一団は上空で二手に分かれると、一方は街を取り囲む魔物の大軍を攻撃し始めた。ライオネットとガハルドの部隊だろう。
突如として空に現れた救援部隊に、街の住人と冒険者は大いに湧き立った。
「すげえ! 竜騎の一団だ!」
「一体何処の部隊だ⁈ 」
「助かる……俺達、助かるぞ!」
街中へと降り立ったのは、ユキノとフィオナの部隊だ。
素早く展開するなり、補給物資の配給と怪我人の治療を始めた。
「よく来てくれた。ユキノ、フィオナ。いきなりですまんが、この少女が魔物堕ちせぬように明日の昼まで結界で封じておいてくれ」
「お嬢。この娘……まさか」
「その、まさかだ。ランスロットはもう少し思慮深い男だと思っておったのだが、存外抜けておってなぁ」
「お嬢、だから言ったじゃないですか。ランスロットは馬鹿だと」
「そうですよ。馬鹿は死んでも治らないんです。不治の病なんです」
「聞こえてんぞ、こら!」
「あら、いたの?」
「お嬢! 馬鹿がうつります! 離れて下さい!」
「こぉんの!!!」
「あははは! やはりランスロットはからかい甲斐があるな! だが、茶番はここまで。ユキノ、フィオナ。頼んだぞ」
「「はっ!」」
少女の事は二人に任せておけば問題無いだろう。
後はミーシャがレイヴンを連れて来るまで街を守る必要がある。
「ランスロット、ここからが正念場だぞ。補給物資の中にお前に合う武具がある筈。今宵は寝る間は無いぞ」
「有り難え。これで少しはマシに戦えるぜ!」
「あ、言い忘れておったが。その武具を使うという事は私の部下になるという事じゃからな?」
「まだ言うか! 黙って渡せ! この野郎!」
「あははは! 冗談だ。急いで支度せよ!」
ランスロットが補給物資を取りに行ったのを見たリヴェリアは愛剣レーヴァテインに静かに語りかけた。
「今のままでは力が足りぬ事態になるやもしれない。どこまでならば耐えられそうだ?」
『第四。それ以上は……』
「分かった。やれやれ、不便な体よなあ。後はレイヴン次第か……」
リヴェリアはそれだけ言うとライオネット達に加勢するべく走り出した。




