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妖精の街へ

 世界樹の内部にある巨大な空洞に妖精族の住む街があった。

 外は夜だと言うのに、街は太陽の光に照らされているかの様に明るい。


 アルフレッドの話によると、昼間にレイヴン達が感じていた視線は、森に遊びに出かけていた街の子供達だったそうだ。

 昼間にいる筈の無い魔の気配が森の中にしていたのでレイヴン達の事を見ていたらしい。


 街の作りは、中央やフローラの国に比べると木材のみを使用した簡素な作りとなっていて、建物の殆どが一階建ての平屋。商店や役場もあるそうだが、やはりそういった建物も平屋になっていて、街の景観を壊さない工夫がされているらしい。

 ただし、今は客人を警戒してか、街にはレイヴン達以外には誰の姿も無い。


「凄っ!何これ⁈ 」


 妖精王の案内で街に入ってからというもの、ルナはずっと興奮した様子であちこち見回していた。


『これこれ、あまり走り回ると転ぶぞ』


「だって凄いよこの街!絵本でなら見た事があるけど、まさか現実に見られるだなんて思わなかったよ!」


『ふむ、妖精は精霊と同じで何処にでもおるが人間と接触する事は稀じゃからな。何処ぞで聞いたか、迷い込んだのか。いずれにせよ、この街を見聞きした人間が描いたのであろうな』


 精霊界でも妖精界でも時折、普通の人間が迷い込む事がある。

 魔物に追われている最中や森で狩りをしている最中に迷い込む場合が多い。大抵は記憶を消して人間界に戻してやるのだが、稀にぼんやりと記憶が残ったままの者がいるのだ。


「どうかな。人間って想像力豊かだから、本当に空想だったのかもしれないよ?人間の想像力が先で、それを元に精霊や妖精が形を成しているのかも。ほら、翡翠もアルフレッドも人間に近い姿だしさ」


『ほほう……。なかなか面白い事を考えるではないか。因みに根拠はあるのか?』


「大気中に漂っている魔力もだし、点や座標ってバラバラにある様に見えて実は全部繋がってると思うんだよね。精霊や妖精は何処にでもいるし、何処にもいない。だったら可能性はあるかもって。僕の勝手な仮定の話だけどね」


 ルナが今言ったのは世界の理に触れる真理の一つ。

 世界とは個の集合体であり、個は世界と繋がっている。けれど、誰もそれらが一つである事を認識出来ない。


 翡翠は無邪気に答えるルナに敢えて難しく答えず、ただ静かに笑って肯定した。


『ふふふ。そうやもしれぬな』



 レイヴンが、妖精がどうして商店や役場を持つ必要があるのかと疑問に思っていると、アルフレッドが補足を始めた。


「我々妖精は、人間の様に貨幣制度を持ちません。大抵の事は魔法で出来てしまいますし、食料に関しても森の豊かな恵みがあります。流通に関しても一応仕組みはありますが、この街の中にしかありません。そもそも、食事そのものが我々にとっては然程重要な物でも無いですからね。店の真似事をしているのも、役場を置いているのも、そして私が妖精王である事ですら、あると便利だという程度の認識なのです」


「それで良く、街という集団を管理出来るな」


 妖精王アルフレッドは少し間を置いて続けた。


「……あなた方人間には到底理解出来ないでしょうけれど、『必要だから誰かが役割を担わなければならない』という理由しか無いのですよ。集団として生活しているのも、それが我々妖精族にとって都合の良い事だからなのです。しかし、役割を担った以上は責任が発生します。それは、あなた方と“同じ” ですよ」


「なるほど……」


 妖精は妖精で事情があるらしい。

 自然を司る彼等が人間とは異なる思想や文化を形成している事は当然の事だ。

 同じ人間ですら思想や考え方は違う。国であれ、個人であれ同じだ。

 それを否定するつもりは無いが、妖精は人間が思っているよりも人間に近い存在なのかもしれないとレイヴンは感じていた。


「レイヴン!レイヴン!地面に魚の影が見えるよ!いっぱいいる!」


「魚?」


「あっ!上!上を見てレイヴン!」


 街の中でも特徴的なのは、空中に浮かぶ建造物だ。

 何の支えも無いのに階段があったり、地面に映った魚の影を見て頭上を見上げると、光に照らされて揺らぐ池や噴水があった。なのに空があるかの様に青空が広がり、ある筈の建物を透過して光が降り注いでいる。

 これらは全て妖精族の魔法によるものだそうだが、維持に必要な魔力は世界樹から得ているそうだ。


『やれやれ、はしゃぎ過ぎるなと言っておるのに。……ところでレイヴン。主は魔法で作られた街を見るのは初めてか?』


 レイヴンは鎧を解き、ミーシャを背負って歩いていた。

 背中で小さく寝言を漏らすミーシャの顔は何とも安心し切った表情をしている。


「ああ。ルナの言う絵本とやらも知ってはいるが、見た事が無い。そういう物には縁の無い生活をしていたからな」


『そうか……』


 翡翠は会話をしながらレイヴンを観察していた。

 鎧を解いたレイヴンは無愛想な顔ではあるが、魔物混じりである事を除けば至って何処にでもいる普通の青年の様に思われた。

 付かず離れず。はしゃぎ回るルナに合わせて、ちゃんと歩調を変えているのも興味深い。

 更に興味深いのは、どんな場所を歩く時も体の揺れを最小限にして、背中のミーシャが起きない様にしている事だ。

 ルナとそれからもう一人、クレアという人物だけが特別なのかと思っていたが、どうやらそうでは無いらしい。


『なら、良い気分転換になるのではないか?何やら急ぎの事情がある様じゃが、少しは肩の力を抜かねば、周りの者まで疲れてしまうぞ?』


「肩の力を抜く……」


『そうじゃ。いざという時に手が届かぬ事の無い様にな……』


「そうか、試してみる。翡翠、感謝する」


『あ、ああ。それが良い。ゆるりと参ろうぞ』


 驚くほど素直に聞き入れた姿を見て翡翠は少し驚いていた。


 精霊王である翡翠ですら引いてしまう程の強大な力を持っているのだから、もっと高慢な態度や言動になっても何ら不思議では無い。まあ、多少ぶっきら棒な物言いをする面もあるが、高慢さや傲慢さといった類のもので無い事は、態度や言葉の節々から伝わって来る。

 一体どういう基準で相手の事や物事を捉えているのかサッパリ分からない。それでも、ツバメちゃんが背中に乗せたという事実だけで、レイヴンがどういう人物なのかが凡そ分かる。

 世界で起こった出来事は大抵把握しているが、それらを差し引いたとしても益々興味をそそられる存在だ。



 先頭を歩いていたアルフレッドに、何処からか現れた小太りな男が話しかけると、立ち止まってレイヴン達の方へ振り返った。


「レイヴン。貴方の仲間の方も到着した様です。私は迎えに行ってきますので、精霊王と一緒に此方の部屋で待っていて下さい」


 アルフレッドが手を翳すと、何も無かった場所に扉が現れた。


「……」


「そんなに警戒しないで下さい。もう何もしませんよ。ええ、認めますとも。私では貴方の力を抑えられない。例え世界樹の力を使ってもです。レイヴン……。誤解の無い様に言っておきますが、私は初めから“今の貴方” を敵に回すつもりは毛頭無いのですよ」


 アルフレッドは半ば諦めの様な溜め息を吐いて、来た道を戻って行った。



 翡翠は部屋に入るなりソファーを見つけると、一直線向かって行って感触を確かめていた。


『むぅ……妾が求めている物とは随分違うのぅ』


「どれも同じじゃないの?」


『たわけ!一体妾がどれ程の刻を寝そべって過ごして来たと思っておる!これは大事な事じゃ!』


 翡翠は物凄い剣幕でぐうたら宣言をした後、これまでと人が……精霊が変わった様に緩い表情をして、そのまま前のめりにソファーに突っ伏した。


『んー……違うのぅ……』


 文句を言いながら暫くもぞもぞと体勢を入れ替えていた翡翠は、どうにかしっくり来る体勢を見つけたらしく、グイッと猫の様に背伸びをして眠り始めた。


「速っ!もう眠ってる……」



 レイヴンはそんな翡翠には目もくれずに、ミーシャをそっと降ろしてソファーに寝かせた。


 ミーシャがここまで魔力を消耗する事態になったのはレイヴンが早々に話を終わらせようと動いた事が原因だ。

 ルナが無茶をしたのも、クレア達が魔物と戦っているのも全部そうだ。

 良かれと思った行動が仲間を危険に晒してしまった。


 会ったばかりの翡翠に肩の力を抜けと言われて気付く様では話にならない。


「レイヴン……」


 ミーシャの前で座っていたレイヴンの背中にルナがもたれ掛かる様にして抱き着いて来た。


「翡翠の言う通りだよ。何を焦っているのか何となく分かるけどさ、もっと僕達に相談してよ。僕達はレイヴンが望んでいる程強くは無いけど、レイヴンが思っている程弱くも無いよ。僕やクレアだけじゃ出来ない事も、ミーシャやランスロット、カレンや他の皆んなと協力すればなんとかなるからさ……。何も言ってくれないのは、置いて行かれるのと同じくらい悲しくて辛い事なんだよ……」


(ああ、そうだった……)


 いつだってそうだ。

 出来ている、出来るつもりで行動しても、結局皆に迷惑をかけている。

 今回だって迷惑をかけたく無くて動いたのに、このザマだ。


「すまん……」


「レイヴンがそういうの苦手なのは知ってるけどね……」


 翡翠はそんな二人の様子を横目で伺った後、口元に笑みを浮かべて再び眠りについた。




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