表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
218/313

精霊王と妖精王

 ルナが精霊召喚に成功した頃。

 カレン達は増え続ける魔物を倒すのを諦め、最低限の戦闘を行いながら大樹へと向かって走っていた。


 三人ともが実力者である事もそうだが、世界を染めた暖かな光は魔物の動きを鈍らせた。そのおかげでかなり大樹に近付く事が出来ている。

 苦戦続きの中で、一番の収穫はクレアの成長だ。

 レイヴンを目指すクレアは個の力に秀でてはいても、集団での連携は苦手だった。カレンとランスロットは何度も一緒に戦っているから当然として、クレアが二人の動きに合わせて立ち回る事を覚えてからは、格段に戦闘が楽になった。


「今のすげぇ光は何だ?昼間みたいに明るくなったぜ?」


「多分、ルナちゃんだよ。魔物の感じじゃなかったから精霊魔法を使ったのかも」


「でしょうね。魔法使うなって言っておいたのに。私の加護も何故かルナだけ解除されてるのよね」


「じゃあ、ルナは精霊と契約したってことか?ホント、魔法に関しちゃ出鱈目な奴だな」


 レイヴンの力で魔物堕ちから生還した者は皆、常人よりも高い能力を有している。

 クレアやエレノアの様に特に戦闘に特化した者、ルナやレイナの様に知識に特化した者という風に、個々の潜在能力を最大限に引き出されている場合が多い。


 だからと言って精霊魔法は一日やそこらで使える様になる魔法では無い。精霊という相手が存在する以上、独りよがりでは駄目だ。


「精霊魔法も気になるところだけど、レイヴンを見つけられたのかが気になるわね……って!皆んな地面に伏せて!!!」


「おい、嘘だろ⁈ 」


 ランスロットは赤い閃光を微かに目視した瞬間、自分でも驚くべき速度で隣を走っていたクレアを庇う様にして地面に倒れ込んだ。


 ランスロットの髪を掠めた赤い雷は、木の間を縫う様に広がって森の中を徘徊する魔物に襲い掛かった。


「レイヴンか⁈ て事は……」


 こんな無茶苦茶な規模の攻撃はレイヴン以外にはあり得ない。


「うん!きっとルナちゃん達が見つけたんだよ!」


 夜を赤く染めるレイヴンの魔力は、カレンでさえ苦戦していた魔物の群れをいとも容易く屠ってしまった。

 抵抗すら許さない超常の力は魔剣の力に違いない。


「また力が増してる……。二人共無事ね。さっさと合流するわよ」


「賛成だ。またレイヴンの攻撃が来たら洒落にならねえからな」


 どんな魔物でも一撃で倒してしまう攻撃を受けては、人間など掠っただけで消し飛んでしまう。

 今回は運良く避けられたが、雷の様に不規則な動きの赤い魔力を次も避けられる保証は無い。


「ラ、ランスロット……」


 ランスロットの異変に気付いたクレアが目を丸くしていた。


「どうしたクレア?どこか痛めたのか?」


「ううん、そうじゃないけど……髪が」


「髪?……ああッ!お、俺の髪が……」


「に、似合うと思う……よ?」





 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「良し」


 森に向かって攻撃を放ったレイヴンは満足そうに頷いた。


「良し、って。森にはまだクレア達が居るんだよ?」


『無茶をする奴じゃ』


 無造作に放たれた攻撃は万を超える魔物の群れを幾度も殲滅して見せた暴力の塊だ。

 あんなものを受けたらまず無事では済まない。


「問題無い。空から見てある程度の位置は把握していた。特にクレアの位置には注意していたから大丈夫だ」


「カレンとランスロットもいるんだけど……」


「大丈夫だろう。魔物の気配だけを辿ったからな。何、ちゃんと加減してある。死にはしない」


「じゃあ、早く皆んなと合流しようよ。ミーシャもゆっくり休ませてあげたいし」


『そうじゃな。しかし、その前にもう一人、客人が来ておるぞ』


 翡翠の視線の先には息を切らして顔を真っ赤にした青年が立っていた。

 前髪を切り揃えたおかっぱ頭。端正な顔立ちに少し大きな眼鏡をかけている。


「わざわざ追って来たのか。それがお前の姿か。もう話すことは無いと言っただろ」


「誰?レイヴンの知り合い……な訳無いか」


 ルナはレイヴンの言葉から、結界で捕らえらていた間の出来事を想像する。

 レイヴンが話すことは無いと言ったという事は、結界の中にレイヴンを閉じ込めたのは、目の前にいる青年という事になる。しかし、青年は確かに不思議な力を持っている様な気配を纏っているが、とてもレイヴンを捕獲出来るだけの強者には見えない。


『妖精族の長にして王。確か名はアラストル。じゃったか?久しいな。何千年振りか』


「ええ、久しぶりですね精霊王。ですが、そのアラストルという呼び名は辞めて頂きたい。わざとなら嫌味が過ぎますよ。今はアルフレッドと名乗っていますので」


『ふん、相変わらずくだらぬ体裁を気にする奴じゃ。ありのままの自分で生きた方が生き易いであろうに……』


「私がありのままでいられない事くらい分かっているでしょう。名は重要なのです。特に妖精王という立場上、アラストルと名乗る訳にはいかない。名を持たない貴女には分からないでしょうね」


 精霊王と妖精王。

 どちらも自然を司る存在に変わりないのだから、二人が知り合いだったと知っても然程驚く様な事では無い。寧ろ、王と王の会話にしてはどうにも妖精王の方が立場が弱い様に感じられた。


『ふふふ、名乗る真名ならある。妾の名は翡翠じゃ。我が友、ルナが付けてくれた名じゃぞ?どうじゃ?羨ましいであろう』


 幼女の姿をした翡翠がルナを指差しながら、アルフレッドの前で誇らし気に胸を張っていた。


 だが、それを聞いたアルフレッドは驚愕の視線をルナへと向けた。


「名前⁈ 名前だって⁈ 精霊王である貴女が人間から、それも魔物混じりの少女と契約したと言うのですか⁈ 」


『如何にも。そこにおるルナは妾と魂の契りを結んだ。これで妾も呼称などでは無い、真の名を手に入れたということじゃ。故に、こうして姿ある形で顕現しておる。まぁ、ルナの魔法に対する適性がズバ抜けて高いのも一因であるがな』


「そんな馬鹿な……」


 聖の存在である精霊が魔の力を持つ者と契約することは禁忌だ。それを精霊王自ら破るなどあってはならない。

 精霊界の秩序のみならず、聖の力を持つ者全てに対する重大な裏切りだ。


『案ずるな。正当な対価は貰っておる。ルナの中にある魔の力は妾が浄化して貰い受ける。代わりに聖の力で体を満たせば良いのじゃ。これまで以上に魔力が高まるのだから文句はあるまい?なあ、ルナよ』


「え……ああ、うん……。約束だからね」


 ルナの体を流れる魔の力はレイヴンとの大切な繋がりでもある。

 契約の対価として全てを支払うと約束したものの、いざ助かってみると途端に失う事が恐ろしくなって来た。虫の良い話だが、どうしたって怖いものは怖い。

 命よりも大切な繋がりを失う事は、死ぬ事よりも尚恐ろしい。


 レイヴンは俯いたルナの頭に手を置いて言った。


「詳しい事情は分からないが、お前の身に何があろうとも、お前はお前だ。そんな事で俺とお前との繋がりは無くなったりしない。姿形は問題じゃない」


「レイヴン……そうだよね。ありがとう」


『レイヴンとやら、主は益々訳の分からぬ奴じゃな。本当に摩訶不思議な存在である。しかし、主の言う通りじゃ。血の繋がりだけが人と人を繋ぐ絆では無い。もっと本質的な部分の繋がりという物は心の中にある。それを見失わない限り、人は独りではないのじゃから』


 レイヴンの一撃で森に漂っていた魔物の気配は殆ど消え失せた。

 そんな凶悪極まりない魔の力を持つ者が、他者との繋がりを大切に思っている事は、精霊王である翡翠には違和感でしか無かった。

 ルナと魂の契約をした今、ルナの感じている事は翡翠にも伝わってくる。ルナの抱く痛みや寂しさといった感情の中にも確かな温もりを感じられる。そして、その温もりを感じさせているのはレイヴンと言う名の魔物混じりだ。

 聖と魔という本来相容れない筈の二つが、奇妙な事に上手く同調して一人の人間としての程を保っているのだから、これは非常に稀有な事例と言えるだろう。


 言うなればレイヴンは世界の特異点とでも言うべき存在だ。

 存在そのものが善であり、悪でもある。


 妖精王アルフレッドが血相を変えているのも頷ける話だ。


「翡翠もありがとう。少し気持ちが楽になったよ。ごめんね……あんな事言っておいて……」


 友の為に全てを投げ打つ覚悟は本物だった。そしてまた、今ルナが感じている後悔も本物だと分かる。

 強い心を持ちながらも、酷く脆い一面を持ち合わせている。しかし、そうでなければ嘘だ。

 完璧な人間など存在しない。人間とは、そうでなくては面白くない。


 翡翠は申し訳なさそうに目を伏せるルナを見て微笑んだ。


『良い良い。主が落ち込んでおると妾まで気持ちが暗くなっていかん。まあ、立ち話もなんじゃ。其方らの仲間もじきに合流するじゃろう。何処かゆったりと寝そべる事が出来る場所へ移動しようではないか」


「何で寝そべる前提なの……」


 ふよふよと宙を漂う様にしているのに、翡翠はどうしても横になりたいらしい。

 ルナは、『そういえば出会った時もソファーで寛いでいたな』と思い出したところで、それ以上追及するのを止めた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ