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精霊召喚

本日二話目の投稿です。

前話を読まれていない方はご注意下さい。

「な、何で……」


 それは出来ないと言った女の表情は纏っている柔らかな雰囲気とは対照的に、酷く冷たく見えた。

 唯一の望みであったツバメちゃんの力すらも借りられ無いのなら、もうルナには打つ手がない。


『この子は本来、風の最上位精霊じゃ。じゃが、今は力の殆どを失っておる』


「ツバメちゃんが風の最上位精霊……?」


 風の精霊である事は何となく分かっていた。けれど、風の最上位精霊となると理解が追い付かない。


 風の最上位精霊シルフィードは御伽話にも出て来る風の大精霊だ。

 精霊魔法を知らない子供でも、名前くらいは聞いた事があるだろう。


『如何にも』


 風、土、火、水の四つの属性を司る四大精霊の一柱が、まん丸モフモフなツバメちゃんだと言われても何がなんだか訳が分からない。

 一体どんな対価を支払えば、そんな強力な大精霊と契約出来るというのか。


(どういう事⁈ ミーシャって何者⁈ 想いが通じた相手が凄過ぎるって……)


 そんな困惑したルナの様子を察したのか、女はツバメちゃんについて話し始めた。


『この姿は代償。あの娘の願いに応える為に禁忌を犯した代償じゃ』


「禁忌?ツバメちゃんが?」


『そうじゃ。我等精霊は魔の者と交わることを固く禁じておるからな。それは魔物混じりでも同じ事。それでもこの子はあの娘の願いに応える為に妾にこう言った。“他の召喚には一切応じない。力を返す代わりに泣いている女の子の所へ行かせて欲しい” とな。故に妾は力を奪い鳥の姿へと変えた。そしてこの子は、あの娘の為だけの存在となった。それが、主がいかなる対価を払おうとも、この子の召喚だけは許可出来ぬ理由である』


「だ、だけど!そのミーシャを助ける為なんだ!だったら力を借してくれても!」


『残念じゃが、それも許可出来ぬ。理由は先に述べた通り。この子は他の者からの召喚を一切受け付け無い。精霊との契約は魂の契り。如何に妾とて、それだけは変えられぬ』


「なら……僕は一体どうしたら……」


 対価も払えず、結局最後の望みだったツバメちゃんの力も借りられ無い。

 せっかくのチャンスも不意にしてしまった。


『全部じゃ……』


「え……?」


『お前の全てを妾に差し出すなら、考えてやらぬ事も無いぞ?』


「分かった!それで良い!」


 一時の間も無く即答した魔物混じりの少女。

 その真っ直ぐな目を見た女は破顔し、腹を抱えて笑い転げた。


『あはははははは!全てとは文字通り全てじゃぞ?ふふふ……!それを即答とは!あはははははは!これが笑わずにおられるか!あはははははは!」


「もう!気が変わらないうちに早くしてよ!ミーシャを助けて!」


『ふふふ……。妾に向かって早くしろとは……面白い奴よ。主、名はなんと言う?』


「名前?ルナだよ。契約する訳じゃ無いんだから別にどうでも良いでしょ!」


『どうでも良い訳がなかろう。主の名は大切な者から貰ったモノ。魂に刻まれた名じゃ』


 女はそう言ってルナの頭に手をかざして呪文の様なものを唱え始めた。

 それはとても早口で微かに聴き取れた言葉も人間のものでは無かった。


(ああ……もう少しレイヴンと旅をしていたかったな……きっと怒るだろうなぁ。でも、ミーシャが助かるならそれで良いや……)


 魔剣の材料にされ、暗い遺跡の中に長い間体を封印されていた。思えば、氷の封印が解けた時に命を落としていても不思議ではなかった。

 レイヴンに救われた命。それを大切な友達の為に使えるのなら本望だ。


『ん?主、既に精霊と契約しておるのか?』


「そんな筈無いよ。僕が精霊魔法を覚えてからまだ数時間も経っていないし、使うのも今回が初めてだよ」


『ふむ……。少しだけ待つが良い。何、ほんの一瞬じゃ』


 女はそう言って何重にも広がった魔法陣を指でなぞった後、何やら一人で頷いていた。


「早くしてよ。あまり時間をかけられると怖くなるから……」


『ルナよ。妾の言葉を胸に刻んでおくが良い』


「言葉?」


『如何なる時空、次元、刻を超えようとも、主は世界に一人じゃ。そして、妾も。じゃが……きっと今回が最後の契約となる』


「最後?契約?何を言って……」


 女は再び呪文を再開して最後にこう告げた。


『契約者ルナ。汝の願いに応え、精霊の王たる妾がここに汝と魂の契りを結ばん』


(う、そ……王⁈ )


 視界が眩い光に覆われると、白い闇の世界が砕けた。



 頬を叩く強烈な風と流れる血の匂いが現実である事を教えてくれる。


(戻って、来た?)


 力を貸して貰う代償として全てを差し出した筈のルナは元の世界に戻って来た。


 腕の中には気を失ったミーシャの姿もある。

 何がなんだか分からないルナであったが、地面は直ぐそこまで迫っている。


(ヤバッ……!)


 唱えるべき呪文は既に心に刻まれている。

 後は言葉にするだけだ。


「我が声が聞こえるなら応えよ!我が名はルナ!汝と契約せし、汝の“友” なり!開け、精霊界の門!四大精霊を統べる精霊の王!汝の名は翡翠ヒスイ!我が呼び声に応えて顕現せよッ!!!」


 ルナが精霊界の門が開く様を幻視した次の瞬間、世界に暖かな光が満ちた。


 落下していた勢いが止まり、優しく何かに包まれている様な温もりを感じながらゆっくりと地上へと降りて行った。


「た、助かった……。ありがとう、翡翠」


『ふふん。妾が自ら力を貸すなど、そう滅多にある事では無いぞ?もっと深く感謝するが良い。ところで、その翡翠という名の響きはなかなか良いな。もう少し可愛らしい名前でも良かった気もするが……』


「もしかして、ツバメちゃんみたいな名前が良かったの?」


『そういう訳でも無いのじゃが……、この子がやたらに自慢するのでな。まあ、翡翠という名も悪くない。気に入ったぞ』


「くるっぽ!」


 魂に刻まれた名前。

 ふざけているのかとさえ思ったツバメちゃんという名前にもちゃんと意味があった。

 “ツバメ” それは大空を自由に、力強く、そして速く翔る鳥の名だ。

 ミーシャは風の大精霊だとは知らなくても、ちゃんとツバメちゃんの本質を理解していたのだ。


「そっか……。それにしても、まさか精霊王だとは思わなかったよ」


『最上位精霊の力を奪ったと言った時点で分かったと思っておったがな。殆ど言ったような物だったではないか』


「そんな余裕ある訳無いじゃん……あれ?翡翠ってば、そんなに小さかったっけ?」


 翠色のドレスを纏って、ふわふわと浮いている少女は先程までの妖艶な美女の姿とは比べ物にならない程に幼い印象だった。


『たったあれっぽっちの魔力で本来の姿のまま顕現出来る訳がなかろう?それに、仮に本来の姿で顕現したなら、この世界の調律が狂ってしまう。それこそ世界が崩壊しかねん』


「げっ、それは困るなぁ……。あ、そうだ!対価を払わなきゃ」


『今更何を惚けた事を言っておる。主と妾は既に契約を結んだのじゃ。対価ならもう貰っておる。……おっと、その話は後じゃ。迎えが来たようじゃぞ?』


「迎え?」


 翡翠の視線に釣られて振り返ると、魔剣を手にした鎧姿のレイヴンが立っていた。


「レイヴン!」


 嬉しさのあまり駆け寄ろうとしてよろめいたルナの体をレイヴンが優しく支えた。


「すまなかった。かなり無理をさせてしまった。だが、そいつは一体……」


「話せば長い様な短い様な。友達になった精霊王だよ。名前は翡翠って言うんだ」


「そうか。ルナとミーシャが世話になった。感謝する」


 翡翠は黒い鎧に身を包んだレイヴンを見て背筋が凍る思いだった。


 内包する圧倒的な力は人間の領域を遥かに凌駕している。

 兜から覗く赤い目は魔物混じりである証。これ程の力を持ちながら正気を保っていられるなど有り得ない事だ。

 それもルナとミーシャという純粋な心を持つ人間が全幅の信頼を寄せているとなると、益々意味不明である。


『お主が保護者か。成る程、主の力は異常じゃな。しかも、酷く歪じゃ。それでよく正気を保っていられるものだな』


「別に。それが俺の願いの一つだからだ。俺からすればお前も十分、非常識な力を持っていると思うがな」


『願い?そうか、お主が……。そうか、やはりこの出逢いは巡り合わせであったか』





 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 中央冒険者組合にあるリヴェリアの書斎。


 リヴェリアとマクスヴェルトは相変わらず大量の書類に埋もれていた。


「ん?どうした?今日中にその書類を片付けないと、また今夜も徹夜だぞ」


「いやぁ、それがさあ。契約してた精霊にいきなり契約破棄されちゃった」


 リヴェリアは手を止めて窓の外を眺めるマクスヴェルトへ視線を向けた。

 契約とは魂の契りだ。それを破棄するとはただ事では無い。


「契約破棄?一方的にか?」


「うん。これで僕は精霊魔法が一切使えなくなっちゃったよ。もう賢者だなんて名乗れないなあ」


「……その割には随分と嬉しそうな顔をしているな」


「まあね。さ!書類整理片付けちゃおうか!」


 妙に機嫌の良くなったマクスヴェルトは渦高く積まれた書類に向かって筆を走らせた。



次回投稿は2月12日を予定しています。

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